史郎と亮とオタク少女な直美ちゃん㉖
「さてと、俺もそろそろ帰りますかねぇ……」
「えぇ~……一緒に晩御飯食べて行かないのぉ?」
パーティチャットも終わらせたところで、亮もまた身体を軽く伸ばしつつ立ち上がろうとする。
そこへトイレから戻ってきていた直美が窓越しに未練がましく見つめながらそんなことを口にした。
「うぅむ……直美ちゃんみたいな可愛い女の子に手料理をご馳走してもらえるともなれば是非ともご一緒したいところなんだけど……」
「んぅ? ご飯作るのはしろーおじさんだよぉ? もしくは亮おじさんでもいいけどぉ……」
「直美ちゃん……自分で作る気ないのに誘うのはどうなのさぁ……まあでも、亮さえよければ食べてっても構わないけど……」
思いっきり我儘を言っている直美を窘めつつ、俺もまた亮にそう声をかけた。
直美が望んでいるからというのもあるけれど、それ以上に俺も久しぶりに亮と駄弁りながら食事をしたいと思えたからだ。
(それこそ前は良く三人で食べてたもんなぁ……それどころかそのままお泊りすることだって多かったし……)
尤もその場合は盛り上がり過ぎて、例外なく徹夜でのゲーム大会になってしまっていた。
そして次の日、俺も亮も死んだ目で仕事に行く羽目になって……直美に至っては学校を休むと我儘を言うから色々と大変だったのを覚えている。
(毎回後悔して、もうお泊りも徹夜でゲームも止めようって何度も誓って……だけど楽し過ぎてついつい性懲りもなく繰り返しちゃって……あの時みたいに直美が辛いことを忘れて一晩中笑っててくれるなら……俺も直美と亮と過ごす楽しい時間をもっと堪能したいし……)
そう思っての発言だったが、亮は寂しそうに微笑みながらもゆっくりと首を横に振った。
「いや、真面目にありがたい提案なんだけどなぁ……ほら、俺これでもまだ無職だから帰って履歴書書いたりやることあるんだよ……」
「えぇ~……きょぉぐらいいいじゃぁん……とぉるおじさんはゆーしゅーだから幾らでもお仕事見つかるってばぁ~……」
「はは……そうだと良いんだけどねぇ……不景気だからかこれがなかなか……お仕事決まったらその時は夕食どころかまたお泊りして遊んであげるから今日のところは勘弁してくれ……」
「むぅ……約束だからねとぉるおじさぁん……」
流石の直美もこう言われては引き留めるわけにはいかないのか、不機嫌そうに頬を膨らませながらもそれ以上我儘を言うことはなかった。
(直美ちゃんも最低限、我儘を言う線引きは出来てるみたいだな……その点はまだ精神的に追い詰められきっていない証拠なんだろうな……だけどこれから悪化しないとも限らないし、ちゃんと見守ってあげないと……)
その事実に少しだけ安堵したせいか、むしろ俺は亮の現状の方が気になってしまう。
「……亮、さっきも言ったけど俺の会社なら多少は口利けるから……本当に困った時は言ってくれよ?」
「ああ、分かってるって……だけどまあ何とかなるって……せっかく時間があるんだから、色々と焦らずゆっくりと考えていくよ……」
俺の問いかけに亮は直美をチラリと眺めつつ、意味深な言葉を洩らした。
それが仕事に関することなのか、それとも直美の周りの環境についてなのか……あるいは両方かもしれないが、とにかく亮は就活しつつもこの時間を利用して色々と考えるつもりらしい。
「そっか……確かに社会人になったらそうそう休めないからなぁ……少し休んでみてもいいかもなぁ……」
「そうだよとぉるおじさぁんっ!! なんならしろぉおじさんと直美と三人でゲーム大会を……っ!?」
「あはは……まあそのうちね……さて、遅くならないうちに今度こそ帰りますかね……」
「あ……」
改めて身体を伸ばした亮がそのまま俺の部屋のドアに手を掛けるのを窓越しに見つめた直美は、少しだけ辛そうな声を洩らした。
そんな直美に亮はドアを閉める前に振り返り、にっこり笑って口を開いた。
「……また明日ね、直美ちゃん」
「あ……う、うんっ!! また明日っ!! ぜ、絶対だかんねっ!! 約束したからねっ!! 来なかったら膨らませたハリセンボン丸呑みのけーなんだからねぇっ!!」
「そ、それは無理じゃないかなぁ直美ちゃん……」
途端に直美は窓から身体を乗り出し笑顔で手を振り始めた。
どうやら直美は亮が居なくなるとまた会えなくなるのではと気にしてしまうようだ。
(だから毎日亮は会いに来てくれてるのかな……直美がもうどこにもいかないって安心するまで……或いはそれまで就職しないつもりかもなぁ……助かるけど悪いよなぁそれは……)
友人の献身的な行動に感謝しつつも、やはりこのままではいけないという思いも湧き上がってくる。
しかしどうすればいいかは全く思いつかないまま、俺は直美と共に亮を見送ることしかできなかった。
俺の部屋から出て……ちょっと妙に時間が掛かりながらも家から出てきた亮は、再度俺たちを見上げて手を振りながら駅に向かって歩いて行った。
「ばいば~い、とぉるおじさぁあんっ!! また来てよぉおっ!!」
「じゃあな亮……」
そんな亮の姿が見えなくなるまで俺は直美と共に手を振り続けた。
「……はぁぁ……とぉるおじさん行っちゃったねぇ……」
「そうだな……」
亮が見えなくなったところで、室内に身体を戻した直美が俯きながらそう呟いた。
その声はやはり寂しそうで、俺は気遣うようにそんな直美の頭を撫でてあげようと手を伸ばした。
「……ぐふふ、これで直美と史郎おじさんは二人っきりぃっ!! ひとつ屋根の下ぁっ!! ぉなったらやることは一つだけだよねぇっ!!」
「えっ!? ちょ、ちょっと直美ちゃ……ちょぉっ!?」
そんな俺の手をサッと両手で握りしめた直美は、そのまま俺に体重を乗せて来てその場に押し倒そうとする。
「さぁさぁああっ!! きょぉというきょぉこそ史郎おじさんルートに入って見せるんだからぁっ!! そして直美と史郎おじさんは永遠に幸せになりましためでたしめでたしエンドへちょっこぉなのぉっ!!」
「あ、あのねぇっ!! こんなやり方、どう考えてもバッドエンドルート直行でしょうがぁっ!! ちゃんとした選択肢を選びなさいってのぉっ!!」
「やぁんっ!! 直美は最短攻略(十六歳で結婚)を目指すんだからぁっ!! こんなところで止まるんじゃねぇぞなのぉっ!!」
「そこに永遠は……じゃなくて幸せはないよぉっ!!」
アニメだかゲームだかの台詞を引用し合いながら、俺は何だかんだで笑顔で襲い掛かってくる直美を前にこちらも笑顔になりながら行動を制そうとするのだった。
(色々思うところはあるけど……やっぱり俺は直美ちゃんの笑顔を見てる時が一番幸せだな……ああ、そうだ俺がかつて幼馴染に初恋したときもその笑顔を見てからだったっけなぁ……)
ここにいる直美は年が離れすぎていて関係性も特殊だけれど……それでも一緒に居て感じる心地よさと……胸の高鳴りは或いはあの頃の霧島と共に居た時以上かもしれない。
だからこそ俺は直美にだけは真っ当な幸せを掴んでほしい……霧島の二の舞にだけはなってほしくないと強く思ってしまう。
(俺みたいなおっさんじゃなくて、もっと歳が近くて素敵な男の子と恋愛してほしい……周りから後ろ指差されてきた直美だからこそ、周りの誰が見ても祝福するしかないぐらい幸せを掴んでほしい……今まで曇らされてきた分、笑顔で過ごせるようになってほしい……その為なら俺は……っ!?)
『ピンポーン』
「っ!?」
「だ、誰だこんな時間にっ!?」
しかしそこで霧島家のインターホンが鳴る音がして、突然の来客の訪れに人が苦手な直美はびくりと身体を震わせてしまう。
その顔に浮かんでいた笑顔も瞬く間に消えて、一転して怯えた様子で俺にしがみ付く直美。
(くそっ!! せっかく直美ちゃんが楽しそうにしてたのにっ!! どこの誰だっ!! 悪戯だったら犯人を見つけて二度としないぐらいきつく怒鳴りつけてやるっ!!)
そう決意しながら俺は窓からそっと顔を出して入り口の方へと視線を投げかけて……そこでお鍋を抱えて立ち尽くしている霧島の姿を見かけるのだった。
「き、霧島……どうしたんだ?」
「あ……し、史郎……あ、あのね……ば、晩御飯まだ食べてないんでしょ? わ、私作ってみたけどちょっと量が多かったから……も、もしよかったらお裾分け……い、いやならすぐ持って帰るからっ!! た、ただちょっと……その……つ、作り過ぎたから……す、捨てるのも勿体ないから……それだけだから……」




