史郎と亮とオタク少女な直美ちゃん⑲
「史郎おじさぁ~ん……直美行ってくるねぇ……うぅ……」
「き、気を付けて行っておいで……はぁぁ……」
涙目で何度も振り返りながら家を出ていく直美。
正直、本当に大丈夫なのか心配で仕方がないし……休ませたいとすら思ってしまう。
(俺も子離れしないとなぁ……ああ、だけどすごく心配だぁ……学校で泣いたりしないかなぁ? ご飯ちゃんと食べれるかなぁ……おトイレ一人で行けるか……うん、俺も病気だな……)
「美瑠ぅ~、陽花ぁ~……わざわざありがとぉ~」
「全く、直美ちゃんは甘えん坊なんだからぁ……」
「まあ直美には散々お世話になっているからな……それに事情が事情のようだし、気にすることはない……」
しかし直美の方はすでに外で待っていたお友達二人に笑顔であいさつを交わしていて、彼女達と手を取って歩き出していた。
(あの二人が付いてるなら大丈夫だろ……下手したら俺よりちゃんとしてるし……直美ちゃん、頑張ってね……無理しちゃ駄目だよ……)
去っていく背中を未練がましく見つめる俺……をチラリと振り返った三人がそれぞれ別々の眼差しで見つめてくる。
直美は俺と同じく未練がましそうな眼差しでこちらを見ていて、陽花は呆れた様子でジト目を向けていて、美瑠はしっかりしろとばかりに睨みつけていた。
そして三人は……何だかんだで直美から事情を聞いているらしい二人も含めて同時に俺の家をきつく睨みつけてから、学校へと向かって行った。
(本格的に嫌われてるなあいつ……まあ無理も無いか……)
俺もまた彼女たちが去った後に自宅を見つめて……軽く呼吸を繰り返して気持ちを切り替えると、改めて会社に行く支度を済ませるためにその中へと入っていく。
「あ……お、お帰り史郎……あ、朝ごはん……た、食べる?」
「……いや、隣で直美ちゃんと食べてきたから……俺の分は気にするな」
途端に居間の食卓に座り、小さくなりながらも何事か作業をしていた霧島が俺に気付き駆け寄ってくる。
ずっと変な男に囲われていた霧島は、当たり前だが住む場所は愚か貯金すらありはしなかった。
そんな彼女の両親……すなわち直美の祖父母のうち父親は浮気相手と共に住んでいて音信不通、そして母親に至っては精神病院に入院中であり、その際のトラブルで親族とも縁を切られている。
結果として霧島には俺の家の隣にある霧島家以外に行く先はなかった……が、直美は泣きわめきながら彼女との同居など死んでもごめんだと叫んだのだ。
だけど法律的に考えても行く先の無い霧島がこの家に住むと言えば拒絶なんかできやしない……だからこそ俺は直美の意志を尊重するために霧島を自分の家で一時的に養うことにしたのだ。
(それも凄く嫌がってたけど……俺が霧島家で一緒に住むってことで妥協してくれたし……だけどまさかあそこまでべったり俺に依存し始めるなんて……それに霧島も……)
「そ、そう……な、直美は……その……ちゃ、ちゃんとご飯食べてた?」
そっけなく申し出を拒絶されたにも関わらず、霧島は気にすることなくむしろ直美のことを気に掛けるように尋ねてくる。
再会してからの霧島は別れたころとはまるで別人のようであったが、更に直美の泣きわめくところを見てからは、このようにより一層しおらしくなってしまった。
今更ながらに自らの行いがどれだけ愚かなのを悟ってしまったのか、或いは単に俺たちの機嫌を損ねて生活の基盤を失うことを恐れているのか……それはわからない。
(再会した直後はまだ自分は悪くないというか被害者染みた態度が残ってたのに……だけどこれはこれでやりずらい……いや、怒りづらいって感じてしまう……)
「……どうだろうな……まあ一応平らげては居たから栄養は問題ないだろ」
「そ、そっか……あ、ありがとうね史郎……ほ、本当は私が……私のことまで……本当にごめん……あんなことしておいて、今更こんなことしてもらえる義理なんかないのに……」
「……」
肩と共に視線も落として、申し訳なさそうに呟く霧島に俺は何も言えなかった。
気にしなくていいと言ってやることも、その通りだと罵倒することも……。
(気にしてないつもりだったんだけどなぁ……もうとっくに振り切れたと思って……実際に殆ど忘れてたんだけど……)
こうして実際に霧島を目の前にすると、当時に感じた嫌な記憶がよみがえり……あの頃感じていた屈辱も思い出してしまう。
しかしそれ以上に直美への不義理と、こいつのせいで直美があんな風に弱々しくなってしまったことを怒鳴り付けたくなる。
だけど仮にも反省している……態度を見せている以上、俺が怒るわけにはいかないのだ。
(いっその事、屑のままだったり自己中な態度を見せてくれてれば感情的に……はぁ……やっぱり情けないなぁ俺は……こんなんだから当時の霧島にふられるんだよ……いや、まあ告白すらできてなくて付き合っても居なかったけど……)
「あっ……ご、ごめんね史郎……会社行く時間だよね? 今、支度を……」
「……俺のことはいい……それよりお前、仕事は見つかりそうなのか?」
「……」
はっと気づいたように顔を上げた霧島が、居間に用意してあるスーツと鞄を取ってこようとする。
しかしそんな彼女に俺はあえて淡々と尋ねると、途端に霧島はまた俯いてしまい無言で力なく首を横に振って見せるのだった。
(そりゃあ、学歴は高卒でその後は経歴に掛けないことしかしてなかったとなると履歴書に空白が目立つし……真っ当に就職するのは困難だろうなぁ……)
尤も居間の食卓を見れば、書き損じと思われる履歴書が何枚も置いてあり、決してサボっているわけではないと分かってしまう。
「……お前は人のことを気にする前に、とにかく働いて自分の生活費ぐらいは稼げるように成れ……自分の面倒も見れないのに、人のお世話なんかできるわけないだろ……」
「……うん……頑張る……頑張るから……史郎……お願い、見捨てないで……自分勝手な言い方だけど、もう私貴方しかいないから……」
そう言って顔を上げた霧島は涙目でじっと俺を見つめてくる。
髪の毛を染め直し、落ち着いた格好になっているからか……その姿がどこか今の弱っている直美に重なって見えてしまう。
「……行ってくる……出かけるなら施錠と火の始末だけはしっかりしろよ」
そんな霧島にやっぱり俺は何を言うべきかも分からず、ごまかすように告げるとササっと支度をして家を飛び出そうとした。
「あ……わ、わかったよ……い、行ってらっしゃい史郎……気を付けて……」
「ああ……お前も、無理はするなよ……倒れられたら……迷惑だからな……」
「う、うん……だけど大丈夫……もっと酷いスケジュールで働かされてたし……それにあの子の苦労に比べたら……」
「……」
最後に玄関先まで見送りに来た霧島へ振り返らないまま……彼女がどんな顔でその返事を言っているのかを確認しないまま俺は今度こそ家を後にするのだった。




