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平日の夜⑬

「ふぅ……なんか怖いなぁ」


 会社帰りに直美に電話したら妙にご機嫌だった。

 さらにまるで笑いをこらえているような声で早く帰るように言われてしまった。


(絶対何か企んでるよなぁ……)


 前に直美から貰った腕時計を見ても時刻はまだ十時にもならない。

 俺が帰宅するにしては早い時間だ。

 おまけに今日は金曜日、明日はお互いに休みで夜更かしできる。


(絶対に絡まれる……変なことに付き合わされる……)


 俺は不安半分、楽しみ半分でドキドキしながら自宅へと入った。


「ただいま~」

「お、おかえり~……ぷぷ……」


 案の定、二階の俺の部屋から声が聞こえた。

 嫌な予感しかしない。

 急いで部屋へ向かい、深呼吸してからドアを開いた。


「直美ちゃ……うぉおおおおいっ!?」

「あ、あはは……お、おじさんこれなにぃ?」


 ベッドの上で笑い転げながら、直美は俺の黒歴史ノートを開いていた。


(お、俺が授業中に暇つぶしに書いてた暗黒小説ぅううっ!?)


 夢中でページをめくっていた直美だが、不意に顔を上げると真剣な表情で俺を睨みつけた。


「深淵の闇よりも暗く漆黒をも塗りつぶす夜の化身である我が愛刀、究極無滅(アルティメット・ゼロ)の錆と消えるかっ!?」

「や、止めてっ!! 直美ちゃん本当に止めてぇええっ!!」

「やっだぁ~、これかっこいーっ!!」


 一転して笑顔に戻る直美だが俺はそれどころではない。

 心が痛い、ものすごく痛い。

 息苦しい、勘弁してほしい。


「お、おじさん面白すぎぃ……これおじさんが書いたのぉ?」

「本当に止めて、本当に死んじゃう……本当に苦しいの……忘れさせてぇ……うぅ……」

「あ、ご、ごめん……そんなに落ち込むなんて思わなくて……いや、面白いと思うよ本当に……」

「いいからぁ……うぅ……どこでこんなの見つけ出してきたのぉ……」

「お掃除してたら出てきた……あ、駄目っ!! 破いちゃ駄目ぇっ!!」


 取り上げて破き捨てようとしたら直美が飛び掛かってきた。

 

「こ、こんな負の遺産は消滅させなきゃ駄目なんだぁああっ!!」

「そ、それも小説に書いてあった台詞じゃんっ!! ほんとーは気に入ってるんでしょっ!? 笑って悪かったからぁっ!!」


 ノートを奪い合い、揉み合っているうちにバランスが崩れてベッドになだれ込んだ。


「お願いだから返してぇえっ!! もう忘れたいのぉおおっ!!」

「だぁめぇえええっ!! こんな傑作消しちゃ駄目ぇええっ!!」


 ベッドの上で転がり合う俺たち、気が付いたらノートはどこかへ飛んで行っていた。


「はぁ……はぁ……」

「ふぅ……ふぅ……」


 直美の身体にのしかかる形になりながら、荒い呼吸でお互いに見つめ合う。

 俺の顔を見上げる直美の瞳が潤んで見えるのは、涙が零れそうなほど爆笑していたからだろうか。


「おじさぁん……いいよぉ……」

「あ、な、何が……」

「笑っちゃったお詫びに……タダでしていいよ……エッチ……」

「っ!?」


 ニコリと笑った直美が動けずにいる俺に手を伸ばし、顔を抑えて逃げられないようにした。

 そしてゆっくりと顔を近づけてくる。


「おじさん、す……」

『ピリリリリリ……』

「な、直美ちゃん携帯鳴ってるよ?」


 携帯電話の音で何とか正気を取り戻した俺は身体を離そうとする。

 しかし直美は両手に力を込めて俺を押しとどめようとしていた。


「そんなのいいからぁ、続きしよぉよおじさぁ……」

『ピリリリリリリリリリリリリリリリリリリリリ……』

「ね、ねぇ続き……」

『ピリリリリリリリリリリリリリリリリリリリリ……』

「あぁあああああああもぉおおおおおおおおおおおっ!!」


 鳴り続ける携帯電話についに耐え切れなくなった直美は怒声を上げながら俺を離して起き上がった。

 そして苛立ちを叩きつけんばかりに電話に出るなり怒鳴りつけた。

 

「今良いところだったのにぃいいいいいっ!! みなかーのばぁああああかああああっ!!」


 どうやらお友達らしく、露骨にののしりながら廊下へと消えていく直美。

 

(助かったぁ……いや惜しかったのかなぁ……)


 安心したようなもったいなかったような不思議な気持ちを抱きながら、俺は力なくベッドに横たわるのだった。


「終わったよぉ~おじさん、今度こそエッチしよぉ~」

「……疲れてるから勘弁してください」

「もぉ、伝説の聖騎士の血筋でありながら悪魔の洗礼を浴びて光と闇の力を兼ね備えし男がそんなことでどーするのぉ?」

「ぐはぁっ!! も、もうやめてぇええええっ!!」

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― 新着の感想 ―
[良い点] スピンオフ、来るか!?
[一言] いや、玄歴史って浅いから恥ずかしいだけで、遠い過去になると懐かしくなるものなのです。
[良い点]  やっぱり思うよねえ…… 「読んでみたい!」
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