史郎と亮とオタク少女な直美ちゃん⑱
「史郎おじさぁ~ん……直美お腹ペコペコぉ~」
「はいはい……今何か作るからね……」
霧島家の一角で今後の予定を立てている俺の背中に、べったりくっつきながら耳元で囁く直美。
本来なら小言の一つも言うところだけれど、先日の取り乱しっぷりを覚えている俺はどうしても甘やかしてしまう。
「ほら、目玉焼きとウインナー焼いたよ……本当はお野菜も食べてほしいけど……」
「やぁん、直美これだけでいいのぉ~……それよりアーンして食べさせてぇ~」
直井は食事が出来ても俺にくっついたまま離れず、お口をアーンと開けて俺が食べさせるのを待っている。
はっきり言ってもう高校生にもなるのに異常過ぎる甘え方だが、やっぱり俺は何も言うことが出来ず素直に食べさせてあげてしまう。
(これはやっぱり幼児退行の一種何だろうな……よっぽど霧島との再会がストレスだったんだな……)
あの日、霧島に向かって散々喚いた直美は、慌てて駆けつけた俺の胸に縋りついて涙を流し……そのまま泣きつかれたのか眠ってしまったのだ。
それでも目が覚めるころには普通に受け答えができる程度に落ち着いたように見えていた。
しかしそれからというもの、何かにつけてこうして俺に必要以上にくっついて甘えるようになってしまったのだ。
(最初は前みたいにふざけているだけかと思ったけど……俺が少しでもきついことを言うと笑ってごまかしたりせずにすぐ涙を零して蹲っちゃうんだもんなぁ……)
初めてそんな対応をされた時は心臓が止まりそうな衝撃を受けて、必死に慰めて何とか直美に笑顔を取り戻したところで安堵の余り俺の方まで崩れ落ちそうになった。
もうあんな思いをするのは二度とごめんだ……だからこうして自由時間はほぼ直美にくっついたまま言いなりに近い状態で生活しているのだった。
「あーん……んぅ……えへへ、直美幸せぇ~……」
「それは良かったねぇ……」
言葉通り本当に幸せそうに微笑んでくれる直美の姿にほんの僅かに心が安らぐが、それ以上に彼女の将来に対する不安が募っていく。
(ただでさえ非社交的だったのに、これじゃあ将来社会人としてやっていけないよなぁ……かといって人見知りのせいで病院にも掛かれないし……どうしたらいいんだか……)
「むぐむぐ……はぁ……ご馳走様ぁ~……」
「お粗末様……それで今日は学校はどうするの?」
「んぅ……陽花と美瑠がお迎えに来るっていうから行くぅ……だけどお準備手伝ってぇ~」
「はぁぁ……わかったよ……」
やはり背中にくっついたまま離れることなく耳元で囁く直美を背負ったまま、彼女の部屋へと移動した。
そして鞄を取り時間割を確認した上で、必要と思われる教科書を、玩具で溢れている室内から発掘しようと試みる。
「うぅん……直美ちゃん、化学の教科書が見つからないんだけどまた学校に置きっぱなしだったりしない?」
「あー……そうかもぉ……」
「やれやれ……宿題は大丈夫?」
「うぅん……まー、それは最悪、美瑠にでも写させてもらうからぁ~」
「……あんまりお友達に迷惑かけちゃ駄目だよ?」
完全に甘えて自分で動こうとしない直美の姿を見て、学校での在り方を想像した俺は未だに直美の面倒を見てくれている友人たちに感謝と申し訳なさを覚えてしまう。
(絶対滅茶苦茶迷惑かけてるよなぁ……そもそも事情を聞いているとはいえわざわざ家まで迎えに来てくれるぐらいだし……本当に頭が上がらないや……)
「はぁい……それより史郎おじさぁん……そろそろあの二人来ちゃうと思うから、せーふくへのお着替え手伝ってぇ~」
「……流石にそれは一人でやろうね?」
「やぁん……史郎おじさんに手伝ってほしいのぉ……」
そう言ってようやく俺から離れた直美は両手を万歳するように高らかに上げて、俺をじっと見つめてくる。
その直美の瞳は眼鏡越しでもわかるほどはっきりと潤んでいた。
(こんなちょっと離れただけで寂しいのか……それとも別の理由で切ないのか……どっちにしても勘弁してほしい……)
身体だけは同じ年代の女性より成熟しきっている直美を着替えさせるのは、彼女いない歴=年齢の俺には色々と刺激が強すぎるのだ。
それでも今にも泣き出しそうな直美の顔を見ていたら逆らえなくて、俺は彼女の寝間着にゆっくりと手をかけて脱がしていくのだった。
(うぅ……ふ、服が引っかかって胸が揺れ……み、見るな意識するな考えるな……)




