史郎と亮とオタク少女な直美ちゃん⑰
「俺は……俺が直美ちゃんの父親たちを……二度と近づくなって脅して回ったんだっ!!」
「えっ?」
身構えた俺に亮が口にしたのは、何と言うか、予想外の内容だった。
(お、脅してって……えぇ? てっきり今の口ぶりからして俺に隠れて付き合って……的な何かだと思ったんだが……)
ガシャっと隣の家から誰かがカーテンを引っ張るような音が聞こえてくる。
恐らくは直美が陰に隠れて聞いていて、同じように亮の発言で身構えて……ズッコケそうになったのだろう。
「すまねぇっ!! あ、あいつらあんまりにも霧島さんとの行為をお前に見せつけるようにしてて……醜悪過ぎて……だ、だからどうしても俺許せなくて……」
「あ……あぁ、まあ酷かったもんなぁあれ……」
苦しそうに呟く亮を見て俺も当時を思い返すが、確かに奴らのしていることは悪意に満ちていた。
初恋の相手でずっと傍にいた幼馴染である霧島を奪い取ったことを俺に見せつけて優越感に浸っているようで……だけれど俺ははっきり言ってもう殆ど気にしてなかった。
それこそ霧島に振られた直後こそショックは大きかったが、亮が傍にいて支えてくれていたからすぐに立ち直れたのだ。
(そうだよなぁ……ああして行為を見せつけられても、どちらかと言えば失望と……こんな事に付き合う女に振り回されていた自分が馬鹿だったなぁって思えるようになったぐらいだし……)
もちろん未だに恋人を作ろうと思えない程度には当時のことは尾を引いているが、だからと言って亮のように絶対に許せないだとか復讐したいなどとまでは思っていない。
だからこそ亮がここまで気にしている理由が全く分からなかった。
(まあ本当に霧島に振られた直後は滅茶苦茶落ち込んでて自暴自棄になりかけてたけど……もしもあの時、周りの全てを拒絶しようとしてた俺の言葉を真に受けて亮が距離を置いてたら、或いはもっと酷くトラウマになってたかもしれないけど……)
実際に俺は直美が関わっているという事情もあるが、亮が目の前から姿を消していた時期の方がずっと辛かったぐらいだ。
そして今も、後悔を滲ませながら頭を下げている亮を見て胸が痛むのを感じてしまう。
「そ、そうなの史郎っ!! わ、私馬鹿だから騙されちゃってたけど……あ、あいつら本当に屑で……わ、私にば、売春染みた真似もさせて……あ、あいつらのせいで私は……」
「……」
そこへ便乗するように霧島が悔しそうな声を上げるが、俺はむしろ冷たい目を向けてしまう。
(よく言うよな……きっかけはそうでも後半は自分の意志で家に男を連れ込んでただろうに……だけど納得だ、それで身体を使えばお金を貰えるって学習して……道理で急に男漁りを始めたわけだ……)
霧島は色々と面倒くさがりであり、だからこそ彼氏ができるまでは俺にお世話をさせつつも道を外れた行為をすることはほとんどなかった。
おかげで見せかけ上は大人しくまじめなように見えて当時の俺は騙されてしまっていたが、それもただ悪い遊びを覚える労力すら惜しんで怠けていただけなのだろう。
だからこそ彼氏の誘導により身体を売るという方法で楽にお金を稼いで贅沢できる方法を覚えてしまったことで、ズブズブと嵌ってしまった。
(そして子供と言う面倒なことからはやっぱり目を瞑って親に押し付けて、自分はひたすら遊び感覚で身体を売りお金を稼いで……その過程でまた変な男に捕まって……そんなところなんだろうなぁ……はぁ……)
尤も本当のところがどうであれ、今の俺にとって重要なのは結果的に直美の育児を放棄したという一点だけだ……そこへの謝罪を聞けない時点でどうしても霧島への目は厳しくなってしまう。
「霧島さんの言う通り、あいつら他の女共も食い物にしてて……だから俺どうしても許せなくて、あいつらが女性に売春させている証拠を集めた上で、二度と近づけないように脅して回って……だ、だけどそのせいでその中に居たかもしれない直美ちゃんの父親も……」
「……俺が言うことじゃないと思うけど、むしろそれは良かったんじゃないか?」
ようやく亮が謝罪している真意が見えてきたが、どちらかと言えば俺は亮の行いを肯定的に受け止めてしまう。
(なるほどなぁ……やっぱり亮の奴、あの時直美ちゃんに言われたことを気にして……)
『もぉっ!! あんまり口うるさく言わないでしょぉっ!! 仕方ないじゃんっ!! 直美には本当のりょぉしんが居ないんだからぁっ!! 直美だってねぇっ!! ちゃんと血の繋がった家族が居たらこんな風になってないもんっ!!』
反抗期真っ盛りだった直美が勢いで口にしてしまった言葉……あれを聞いた亮は、直美から父親を奪い去るような行為をした責任を感じてしまったのだろう。
しかし俺としては、そんな風に女を道具のように見ている男たちと距離を取れたことは逆に良かったようにすら思えてしまう。
(本当のところは実の娘である直美ちゃんしか判断できないけど……幾ら父親とは言えそんな奴があんな可愛い直美ちゃんの傍に居たら、下手したら違う意味での虐待を受けかねなかったんじゃ……)
そう思いつつ隣の家を見ると、カーテンがぶるぶると小まめに震えているのがわかった。
この話を聞いているであろう直美は今一体どんな感情を抱いているのだろうか。
できれば今すぐ傍に言って様子を確認して……辛そうならば寄り添ってあげたいところだった。
「け、けど……俺が早合点してそんな真似しなければ……あ、あんなに可愛い直美ちゃんを見たら幾ら屑な男だって正気に戻っていい親をしたかも……」
「うぅん……どうだろうなぁ……」
心の底から後悔しているように呟く亮だけれど、そう上手く行ったとは俺にはとても思えない。
それでも実際に手を下して直美から父親を奪い去ってしまった亮にとっては、ほんの僅かな可能性だったとしても、自分のせいで直美を不幸せにしてしまったと感じてしまうのかもしれない。
「だ、だから俺……せめて霧島さんだけでも……母親だけでもって思って探して回って……そ、そしたら霧島さんは反社組織に違法な借金を背負わされて変な店で働かされてて……助け出そうとしたけど凄く時間がかかって……」
「そ、そうなの史郎……わ、私悪い奴に騙されて借金を背負わされて……そ、それで監禁されて自由も無くて……だ、だから帰っても来れなかったの……」
「……ああ、それであの日のニュースに映ってたのかぁ……滅茶苦茶心配したんだぞ? 事件にでも巻き込まれたんじゃないかって……電話にもでねぇし……」
「あ、あはは……ちょっとしたドサクサで携帯壊されちまって……まあバッテリー部分だけ交換したら問題なかったけど……そしたら途端に直美ちゃんから電話かかってきてなぁ……涙声で沢山謝られて……凄い心配かけちゃったみたいだな……それも悪かったよ……」
ようやく電話に出なかった謎も解けたところで改めて亮が謝罪を口にして頭を下げた。
(壊されたって……こいつどんだけ修羅場をくぐって……と言うかそこまでして霧島を助け出すだなんて、本当に責任感じてるんだな……全く余計な……と言うべきかはまだわからないけど……)
もう一度隣の家へと視線を投げかけてみると、比較的カーテンの揺れが落ち着いているのが確認できた。
だから一度直美のことは頭の片隅に置いておいて、俺は俺で機に掛かっていた部分を聞いてみることにした。
「大体の事情は分かった……だけどなんで行く前に事情を話してから行ってくれなかったんだ? 直美ちゃんだけじゃなくて俺も凄く心配して……寂しかったんだぞ……」
「……済まねぇ……少しでも早く直美ちゃんに合わせてあげたかったのと……こ、こんなこと言ったらお前らに嫌われるかもって思ったら怖くて……」
「そんなことで嫌うわけないだろうが……いつだって俺を想って行動してくれてるお前を……嫌えるわけがないだろ……」
「し、史郎……」
俺の言葉を受けてようやく亮は頭を上げたかと思うと、少しだけ涙目でこちらを見つめてくる。
俺もまたそんな亮にまっすぐ視線を向けて、しばらくの間見つめ合うのだった。
「ね、ねぇ……わ、私を無視しないでよ史郎……」
「……別に無視してるわけじゃないが……それよりお前、何か言うことないのか?」
「そうだぞ霧島さん……助ける前に俺聞いたよな……直美ちゃんをどう思ってるのか……ちゃんと親をやるつもりはあるのか……まさか嘘だったんじゃ……」
「あっ……ち、違うわよ……ちゃ、ちゃんと謝る気も親をやる気もあるけど……あ、あの子があんな調子じゃぁ……」
「あのなぁ、誰のせいでああなって……」
「い、いらないもんっ!! な、直美には史郎おじさんと亮おじさんっていう自慢の親がもういるもんっ!! だ、だからおか……お前なんからないっ!! ど、どっか行っちゃってよぉっ!!」
「「「っ!!?」」」
霧島の言い方に我慢できなくなったのか、或いは俺たちのやり取りを聞いて感極まっていたのか……窓から顔を出した直美は涙を流しながらもはっきりと大声でそう叫ぶのだった。




