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史郎と亮とオタク少女な直美ちゃん⑯

「お、おはよう史郎……」

「……よぉ」


 自分の家に戻ったところで、居間のソファーに小さくなって座っていた霧島がすぐにこちらに気付き挨拶を口にしてきた。

 果たして寝ていないのか、彼女の目の周りには隈が出来ていて瞳は赤く充血しているように見えた。

 しかしそんな彼女に俺は軽く手を上げてぶっきらぼうな返事をしつつ、そのまま自分の部屋を目指そうとした。


「あっ……ね、ねえ……あ、あの子は……?」

「……自分の部屋……お前が過ごしてたあの部屋にいるよ……今日はこっちに来たくないんだと……」


 それでも恐る恐ると言った様子で尋ねて来た霧島の言葉に思わず足を止めて……そう答えて居た。

 

(正確にはお前に会いたくないんだろうけど……はぁ……直美ちゃん、大丈夫かなぁ?)


 あの後、顔を洗い終えて何とか落書きを落とした俺が直美の部屋に戻ると彼女は楽しそうに笑いながら亮と会話をしていた。

 だけどその中で直美は亮が居なかった間の事や……霧島に関わる内容を一切口にしようとしなかった。

 そんな直美の態度に気付いているのか、亮も前と同じノリで話そうとしていた。


 それでも俺が戻ってくるのを見たら真剣な顔になって、改めて状況を説明したいからこっちで霧島を交えて話さないかと言い出したのだ。


『……ヤダ』


 うつむきながらぽつりと小さく……まるで泣いているかのような声を洩らした直美に俺たちはもう何も言うことはできなかった。

 仕方なく俺だけでも話を聞いてこようと直美に一言断ってから、こうして自分の家へと戻ってきたのだった。


(だけど直美ちゃんも事情自体は気になっているんだろうな……俺が行くのを止めるどころか、話し合いなら俺の部屋でしてって……多分窓越しに声だけでも聴くつもりなんだろうな……)


「っ……そ、それって……わ、私のせい……だ、だよ、ね?」


 俺の言葉にショックを受けた様に身体を震わせながら尋ねてくる霧島に、少しだけイラっとしてしまう。


(……直美ちゃんの育児を母親に丸投げして遊び歩いてたくせに、何だって今更そんな反応を……どうしてもっと早く……直美ちゃんが素直に甘えられた時期に戻ってこなかったんだよ……何で寄りにも寄ってここまで弱ってる時に……)


 ずっと会えなかった上に悪評しか聞こえてこない実母と今更対面してしまった直美は、ただでさえ不安定な心も感情も乱れ切ってしまっているように思われた。

 そんな風に直美が生まれてから今日まで、ずっと苦しむ元凶となり続けている霧島に俺はどうしても怒りに似た感情を覚えてしまう。


(だけど……俺が勝手に霧島に怒りをぶつけるわけにはいかない……直美を育児放棄したことは責めてもいいかもしれないけど……)


 あくまでも迷惑を受けているのは直美なのだ……だからいくら保護者代わりをしているとはいえ、彼女の想いを俺が勝手に代弁するわけにはいかない。


「……それより、俺の部屋に行こう……亮も待ってる」

「あっ……う、うん……」


 だから俺は感情を抑えながら霧島にそう告げると、後からついてくる彼女と共に自分の部屋へと向かった。

 そして扉を開き、儚く微笑みながら出迎えた亮を見つめつつ、チラリと窓の外へと視線を投げかけた。

 果たして窓もカーテンも空きっぱなしのままで、直美の部屋の一角が直接見えてくるが、死角に隠れてでもいるのか本人の姿はどこにもなかった。


(直美ちゃんの姿が見えないのはちょっと不安だけど……一人でお外に出たりできるはずないから、その点だけは安心だな……)


 精神的に不安定な人間を一人で放置して一番恐ろしいのは衝動的に家出をされることだが、直美の人見知りを思えばその心配だけはしなくて済みそうだ。

 それでも直美の姿が見えないことが気になってしまいそうになるが、俺は何とか頭をふって思考を切り替えると亮へと意識を集中させた。


「よぉ史郎……それに霧島さんも……はは、この部屋にこのメンツが揃うのも久しぶりだなぁ……」

「そ、そうだね……前は良くこうして三人で……」

「御託は良い……それよりも話を聞かせてくれ……亮、何でお前は急に居なくなった? どうして霧島と一緒に居たんだ? それに霧島……どうしてお前は直美を置いて姿を消しておいて……今更帰ってきたんだ?」


 愛想笑いしつつ他愛の無い話題を切り出した亮とそれに乗ろうとした霧島に向けて単刀直入に尋ねる俺。

 途端にばつの悪そうな顔を浮かべる亮に対して、何故か霧島は悲し気に顔を歪めて見せた。


「ち、違うの……私好きで姿を消したわけじゃ……わ、悪い男に騙されて……」

「自分から関わりに行っておいてよく言うよ……男漁りして小遣い稼ぎしてたことはわかってんだぞ……なのに何が騙されて、だ……」

「そ、それは……け、けど私……っ」

「霧島さん……約束したよな……ちゃんと自分の愚かさと向き合うって……なのに言い訳してどうするんだ?」


 俺の言葉に反射的に言い返そうとした霧島へ向かい、亮は少しだけ冷たい声を発しながら軽く睨みつけた。


「史郎への仕打ちも含めて自分がどれだけ馬鹿なことしたか分かったんだろ? 本当なら史郎も直美ちゃんも霧島さんには関わりたくないって思われても……無視されても仕方ないのに、それでもこうして話を聞こうとはしてくれてるんだ……感謝こそすれどその態度はおかしいだろ?」

「あぅ……そ、それは……うぅ……け、けどそれを言うなら嵐野君だって……っ!!」

「ああ、分かってる……だから俺が先に言うよ……」

「何の話だ? 亮、お前がどうしたって?」


 二人のやり取りの中で亮が神妙な声を発し始める。

 思わず尋ね返してしまった俺に亮は申し訳なさそうな顔を向けると、その場に土下座するのだった。


「済まない史郎っ!! それに聞いてるかは分からないけど直美ちゃんもごめんっ!!」

「だ、だからどうしたってんだよ亮っ!? 何でお前が頭を下げて……っ!?」

「き、霧島さんが失踪したのはある意味で俺の……いや直美ちゃんの父親もだ……どっちも俺が余計なことをしたから居なくなってしまったんだっ!! 本当にすまないっ!! 俺が、俺が余計なことをしなければっ!!」

「っ!?」


 思わぬ告白に驚く俺……その視界の隅で向かいの家にあるカーテンが何かにしがみ付かれているかのように不自然に揺れ動くのが見えた。


(な、何を言ってるんだ亮は……き、霧島が居なくなったのは変な男に引っかかったってだけじゃないのか……そ、それに直美の父親って……っ!?)

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[一言] 亮が斯く気に病んでいたのは、それなりの理由があったのか…
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