史郎と亮とオタク少女な直美ちゃん⑮
「んふふぅ~……キュッキュゥ~」
「んん……はっ!? な、なんだなんだっ!?」
顔の表面を湿り気を感じる何かが滑っていく感触で目を覚ました
すると俺の身体の上に跨り、楽しそうに笑っている直美がまず目に飛び込んでくる。
(笑ってる……落ち着いたのかな……それとも俺を安心させようと無理してるのか……)
直美の昨夜の取り乱しっぷりや、寝言で呟いた言葉からしてそう簡単に気持ちの整理が付くとは思えない。
だから無理して笑っているのではと心配になってしまうが、そんな俺の前でこちらを見つめながら直美の笑い声は更に大きくなっていく。
「あははっ!! もぉ起きちゃったぁ~っ!! ちぇぇ、せっかく直美がお綺麗におけしょーしてあげようと思ったのになぁ~」
「な、直美ちゃ……お、お化粧っ!? と、と言うか直美ちゃんその手に持ってるものはっ!?」
そこで直美がその手にペンのようなものを握っていることに気付き……お化粧と言う言葉から、先ほどまで顔に感じた感触を思い出した俺は慌ててベッドから起き上がった。
「やぁんっ!! 史郎おじさん直美置いてっちゃ駄目ぇ~っ!!」
「そ、そんなことより俺に何をし……あぁああああっ!?」
その際にベッドの上に避けた直美が服を掴んで俺を逃がすまいとするが、無視して鏡のある場所に向かい自分の顔を確認したところで思わず悲鳴を上げてしまう。
何故ならそこには眼鏡とカール髭の落書きが成された無残な俺の顔が映っていたからだ。
「あははっ!! どぉ史郎おじさんっ!! これで直美とお揃いだよぉっ!!」
「メガネはともかくお髭は余計でしょうがっ!! じゃなくて、それ以前に何で人の顔に落書きしてるのぉっ!?」
「だってぇ、きのぉ本当はイカさんが色塗りするゲームやろうと思ってたの思い出しちゃったんだもぉん」
「か、関係ないでしょうがっ!! ああもぉっ!! これじゃあ会社に行けないで……」
「だよねぇ~……そのお顔じゃあきょぉはお休みするしかないよねぇ~?」
そこまで叫んだところで直美が笑顔こそ崩さなかったが、少しだけ声のトーンを落としてそう尋ね返してきた。
(あっ……そ、そうか直美ちゃん今日は俺に会社へ行ってほしくなかったのか……だけど昨日無理して行かせちゃったから引き留めずらくてこんなことを……こんなことしなくても、もっと他に方法あるでしょうがぁ……)
果たして直美の本意がどこにあるのかはわからないが、もう俺は叱る気力もなくなってしまう。
「はぁぁ……全く直美ちゃんは仕方ないんだから……だけど俺が休んでも直美ちゃんは学校へ……」
「ふふふ、史郎おじさんは知らないかもしれないけど直美の学校は今日はそーりつ記念日でお休みなのだぁ~っ!!」
「えぇ……怪しすぎるぅ……お友達に確認してみてもいい?」
「むぅ、可愛い直美のお言葉が信じられないのかぁ~?」
むくれて俺を睨みつける直美だけれど、全く信じることができない。
だから携帯を取り出して、せめてネットの情報で確認しようとした……ところで窓が開く音が聞こえたような気がした。
反射的に窓へと視線を向けるが、何故かこちらの家の窓はいつの間にか閉じ斬られてカーテンまで閉められてしまっていた。
(おかしいな、昨日寝る前までは……と言うかここの所こっちの窓が閉まってるところなんか殆どなかったのに……これも直美ちゃんが?)
理屈で考えれば俺より先に起きて行動していた直美がやったとしか思えないけれど、そんな彼女は窓の音に気付いても居ないのかそちらを見ようともせずに俺の手を取って玩具塗れの床に座らせようとしてくる。
「そんなことより、せっかくきょぉは一緒に居られるんだから久しぶりに格ゲーでも……何なら協力プレェでもいいけど……とにかく遊んで……」
「起きてるか史郎~、それに直美ちゃ~ん?」
「……亮か?」
そこへ今度は窓の向こうから亮の声が聞こえてきた。
流石にこれは無視できなくて窓へ近づいた俺だけれど……直美はそんな俺に後ろから抱き着いて必死に止めてくるのだった。
「……駄目だよ、史郎おじさん」
「な、直美ちゃん……」
背中に顔を押し付けてグリグリと揺さぶりながら震える声を出す直美。
(や、やっぱり直美ちゃんがこの窓を……やっぱり直美ちゃんは霧島の事……亮がいるって分かっても開けたくないぐらいに嫌って……てっきりあの寝言からして心の底では母親に甘えたいって思ってるのかと思ったけど……)
亮の呼びかけに応えたい気持ちはあったけれど、それ以上に俺は直美の方が大切に思えてしまう
だから窓に伸ばした手を戻した俺は、そのままその手で優しく直美の頭を撫でて安心させてあげようとするのだった。
「よしよし、わかったから……窓はこのままにして……」
「……ぷくくっ……そ、そんな顔で出たら亮おじさん驚いて……くくくっ……」
「あぁっ!? そ、そっちぃっ!?」
そこでようやく自分が思いっきり勘違いしていたことに気付き……同時に自分の惨状も思い出した。
どうやら直美の声が震えていたのは泣いているのではなくて、笑い声だったようだ。
(はぁ……気に掛けて損した気分だぁ……うぅ……顔洗ってこよう……どうか油性じゃありませんように……)
「おーい、まだ寝てるのかぁ?」
「はーいっ!! 今開けちゃうからちょっと待ってぇ~っ!!」
「はぁ……全く直美ちゃんは……俺はちょっと顔を洗ってくるよ……」
「いってらっしゃぁい……落ちると良いねぇ~、にひひ……はは……ふぅ……」
部屋から出てドアが締め切るかどうかというところで、直美の笑い声が唐突に止んだ。
振り返って隙間から覗き込めば、直美が深呼吸を繰り返しながらカーテンに手をかけていて……だけどその手はほんの僅かにふるえているように見えた。
それでもカーテンを開いた窓の外に何を見たのか、途端に直美はさっきまで俺に向けていたのと殆ど変わらない笑顔になり喜びを全身で表すように両手を振り回し始めるのだった。
「とぉるおじさぁ~~んっ!! もぉ、今まで何してたのぉっ!! 直美すっごく寂しかったんだからねぇっ!!」
「ははは、ごめんごめん……ちょっと手間取っ……あれ? 史郎はどうした? そっちで寝てたんじゃないのか?」
「史郎おじさんはお洒落さんだから朝からシャワーを浴びに行ったのっ!! そして直美は途中でぇ……ぐふふ……それで亮おじさんの持ってる耐水性のカメラを貸してほしくてぇ……」
(この調子なら離れても大丈夫そうだな……まあシャワーまで浴びる気はないし、さっさと済ませて戻ることにしよう……しかし直美ちゃんそこまで企んで顔に落書きをしてたのか……うん、念のために洗面所に鍵かけておこうっと……)




