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史郎と亮とオタク少女な直美ちゃん⑭

「うぅ……」

「あ……っ」


 こちらを見つめる霧島の眼差しに耐えられなくなったのか、直美は泣きそうな顔で椅子から立ち上がった。

 そして俺に抱き着いてきたかと思うと、霧島の視線から逃れるように俺の背中へと自らの身体を隠してしまう。

 そんな直美の態度を見て、霧島は少しだけ寂しそうな声を洩らした。


(直美ちゃん人見知りと言うか対人恐怖症に近い状態だからな……幾ら生みの親とは言え見覚えのない相手が傍にいるのは辛いんだろうな……それとも親の悪評とその弊害の被害者だから嫌がってるのかも……しかし霧島の奴はショックでも受けてるのか? 今までさんざん育児放棄染みた真似をしておいて、まさか慕われてるとでも思ってたのか?)


 向こうも見た目や声、それに俺たちが直美と呼んでいることからもこの子の正体についてはわかっているはずだ。

 だからこそ俺の傍にいた後輩の子にはあんなに噛み付いて見せたのに、直美に対しては強く出れないでいるのだろう。


(そもそもあの子が俺に近づいたからってこいつには関係ないだろうに……あれだけ俺に関わるなって言って見下してたくせに……)


 正直なところ、俺は初恋の相手であったはずの霧島を前にしても殆ど何も感じることはできなかった。

 むしろ大切な直美がこんな風になってしまっているところを見ると、何で戻ってきたのかと逆に文句の一つも言ってやりたくなるほどだ。


(何で連れて来たんだよ亮よぉ……やっぱりあの時、直美ちゃんが勢いで言った言葉が原因なのか……)


 別れ際に直美が口にした血のつながりのある家族がいないことへの言及を、亮は物凄く深刻に受け止めてしまったようだ。

 それこそまるで直美に家族がいないのは自分の責任であるかのように……だから仕事を辞めてまで、霧島を探し出して連れ戻したのかもしれない。

 尤も今この場で考えても仕方がないことだ……その辺りのことは後で亮が戻って来てからゆっくりと聞けばいい。


(そうだ、俺が今すべきことは保護者として直美ちゃんを守ることだ……霧島への対応も含めて他の全ては後回しで良い……)


「……大丈夫直美ちゃん? 辛いんならお部屋に戻ってても……」

「や、やぁ……直美、史郎おじさんの傍にいるぅ……」

「そうか……じゃあ俺も一緒に部屋に戻って……」

「あっ!? ま、待ってよ史郎っ!! そ、それに直美も……わ、私を無視しないでよっ!!」

「っ!!?」


 だから直美を気遣ってこの場から移動しようと提案したが、それを聞いていた霧島が叫び声を上げた。

 その声が大きすぎたためか、直美はびくりと震えるといっそう強く俺にしがみ付いてくる。


「うるせぇよ……直美ちゃんが怯えてるだろうが……少しは気遣えよ……」

「な、何その言い方……わ、私が悪いみたいな……」

「悪くないと思ってるのか? 今まで連絡一つ寄こさず育児放棄しておいて……」

「あっ……そ、それはその……わ、悪かったって思って……だ、だから謝ろうと思って……だ、だけど私だって大変で……ほ、本当に辛くて……」


 そんな直美を庇うように立ち上がった俺は真っ直ぐ霧島を睨みつけて、自分でも驚くぐらい感情の乗らない声で呟いた。 

 途端に霧島は目を丸くしてうつむいたかと思うと、ブツブツと言い訳がましい事を口にし始める。


「つ、辛いって……それはあんたの自業自得でしょぉっ!! だ、だけど私はそんなアンタのせいで皆から相手にもされなくて……へ、変な目でも見られて……す、すっごく辛かったんだからぁっ!! それこそ史郎おじさんが居なかったら多分もうし、死んで……それもこれもあんたのせいでっ!! な、なのに……自分ばっかり被害者面しないでよぉっ!!」

「あ……っ」


 しかしそれを聞いたところで直美の中で何かが切れたのか、俺の背中から顔を突き出すと怒りの形相で感情のままに捲し立て始めた。

 その目からは涙が零れていて……そんな娘の態度を受けて霧島はまた衝撃を受けたような表情を浮かべて言葉に詰まってしまう。


「お、落ち着いて直美ちゃん……気持ちはわかるから……よしよし、泣かない泣かない……」

「うぅ……な、何で今頃帰ってきたのぉ……こ、これ以上直美の人生滅茶苦茶にしないでよぉ……うぅ……ひっく……」

「そ、そんな……わ、私はただ……」

「……霧島、悪いけど今日のところは自分の部屋に戻……いや、俺の部屋で寝てくれ……直美ちゃん、もう行こう……」

「あ……っ」


 もうこれ以上直美が傷付くところを見たくなかった俺は、何か言いたげな霧島の言葉を遮るとそのまま直美を抱きかかえて自分の家を後にした。


(霧島の部屋は今じゃ直美ちゃんの部屋になってるからな……多分どっちも嫌がるだろうし……しかし本当に、何で今更帰ってきたんだよ……亮も何を考えて連れて戻ってきたんだか……)


「うぅ……し、史郎おじさぁん……ひっくひっく……」

「よしよし、直美ちゃんは何も悪くないから……昨日徹夜して疲れてるでしょ、眠るまで見守っててあげるから……」

「うぅぅ……うぅん……直美、史郎おじさんと一緒に寝るぅ……離れないもぉん……ぐすん……」

「はいはい、仕方ないなぁ……今日だけだからね……」


 ギュっと俺にしがみ付く直美をそのまま霧島家にあるベッドへと運び、そっと横たえてあげる。

 その際にチラリと俺の家を確認したが、未だに居間にしか明かりはついていなかった。

 もしかしたら霧島がすぐ追いかけて来て……或いは窓越しに話しかけてくるかもしれないと思っていた。


 だから居間から動いてなさそうなことに少しだけ安堵しつつ、俺は改めて隣に横になると昔のように腕枕をしてあげるのだった。


「いい子いい子……ぐっすり寝たら少しは気分が晴れるから……」

「うん……史郎おじさんが……ぐす……隣に居てくれたら直美平気……」

「ずっと傍にいてあげるから……大丈夫だからね……」

「ずっとだよ……直美が寝ても離れちゃヤダよ……?」


 何度も何度も問いかけながら力いっぱい抱きしめてくる直美が目を閉じて可愛い寝息を立てるまで、俺はずっとその頭を撫でてあげるのだった。
















「よしよし、良い子良い子……」

「……くぅ……すぅ……お母さ……直美、良い子……もっと撫で……すぅ……」

「……直美ちゃん」

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― 新着の感想 ―
[一言] それでも母に対する思いは無いではないと。 さて、どんな落としどころに向かって行くのか…
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