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史郎と亮とオタク少女な直美ちゃん⑬

「……」

「……」

「……」

「……」

「……」


(お、重いっ!! 空気が重いぃっ!!)


 あのまま外で会話を続けるのはどうかと思い家の中へと場所を移し、食卓を挟んで向かい合い腰を下ろした俺達。

 しかし誰も彼も無言で互いをチラチラと見つめるばかりで誰も口を開こうとはしなかった。


(こ、困ったなぁ……だけどこの状況……全員に面識のある俺が仕切らないと駄目なのかなぁ?)


 隣に座る直美は不安そうに俺の手をぎゅっと握りながら亮と霧島へと交互に視線を投げかけ、それに対して霧島は俺の反対側の隣で所在なさげに座っている女性社員の子を睨みつけている。

 そんな霧島の隣に座っている亮もまた初めて出会う女性社員の子と俺の関係を見定めるかのようにじっとこちらを見つめてくる。


(はぁ……厄介なことになった……何より関係の無いこの子を巻き込んでしまうなんて……やっぱり着いて来てもらったのは失敗だったかな……まさかあんなに霧島が食って掛かるなんて……)


 本当はあまり関係の無い後輩の子は、霧島たちが乗ってきたタクシーで帰ってもらおうと思っていた。

 しかし何故か霧島が噛み付いてきて、関係をはっきりさせるまで逃がさないと言って来たのだ。

 おまけに亮や直美までも気になっている様子でこちらを伺って来ていて、それを見た後輩の子は誤解を晴らそうと残ってくれたのだった。


(こんなことに付き合わせて帰りの時間が遅くなったら可哀そうだ……とにかく話を動かして遅くならないうちにこの子だけでも帰してあげないと……)


 俺の身体を気遣ってくれた後輩の子にこれ以上迷惑をかけるわけにはいかない。

 そう思った俺は、重苦しい空気に負けないようお腹に気合を入れつつ口を開いた。


「え、ええと……と、とりあえず紹介するけどこの子は俺の会社の後輩で……」

「あっ!? は、初めましてっ!! わ、私は晴川順子と申しましていつも雨宮課長にはお世話になっておりましてそれでその……っ!!」

「ああ、ご丁寧にどうも……俺はこういう……嵐野亮と申します……」


 俺の言葉を受けて後輩の子は慌てた様子で名刺を取り出し配って回る。

 それを受け取った亮もまた懐から名刺を取り出そうとして……仕事を辞めたことを思い出したのか、苦笑しながら手を机の上に戻した。


(あんなに自分に合ってる仕事だって自慢げに言ってたのになぁ……)


 事情を知っている俺と直美はそんな亮の仕草を痛ましく感じて、つい顔をしかめてしまう。


「は、はい……今後ともよろし……」

「そんなことより貴方は史郎とどういう関係なのっ!? 何で後輩の子が一緒に史郎の家に帰ってくるのよっ!?」

「いや、関係も何もないから……ちょっと昨日眠れなかった俺の体調を気遣って見送りに来てくれただけだし……」

「ほ、ほんとぉ?」


 逆に事情を知らない霧島は名刺を無視して後輩の子へと食って掛かろうとして、慌てて俺は間に入り簡単に説明するがそこへ直美まで不安そうに服を引っ張りながら尋ねてくる。


「本当だよ直美ちゃん……俺がふらついて何度も躓きそうになってたから心配してくれて付いてきてくれたんだ……それだけだよ」

「え、ええ……本当にフラフラだったから心配だっただけで……その……」

「あらら、それはひょっとして直美ちゃんと同じで俺に連絡を取ろうとしてたからか?」

「ああ……お前、達がニュースに映るのを見て気になってな……だけど全然携帯に出ないから……」

「それは悪かったよ……実はちょっとトラブって携帯壊されちゃってたからなぁ……いや心配かけて本当に悪かったよ……」


 そう言って俺たちに頭を下げる亮。


(け、携帯が壊れるトラブルって何が……一体こいつは何をしてたんだ?)


 余りにも不穏な単語に不安を抱いてしまう俺たちだが、そこで今度は霧島が申し訳なさそうに亮に向かって頭を下げた。


「ご、ごめんなさい……わ、私のせい……だよね?」

「もういいって……それより霧島……俺に謝るより先に頭を下げる相手がいるだろ?」 

「っ!?」

「っ!?」


 そんな霧島に亮はどこか冷たい声を発したかと思うと、チラリと直美へと視線を誘導して見せた。

 途端に二人の霧島はどちらもビクリとからだを震わせてうつむいたかと思うと、チラチラと互いに視線を投げかけ合い始めた。


「え、ええと……雨宮課長……そのどういうことか聞いても……」

「……いや、ここまで付き合ってもらっておいて悪いけどこれは家族の……うん、俺にとって大切な家族の問題だから……だから今日のところは……」

「あ……し、史郎おじさぁん……」

「あ……し、史郎……まだ私のことそんな風に……」


 あくまでも直美のことのつもりで呟いたのだけれど、何故か霧島までもが感極まった様子で俺を見つめてくる。


「うっ……そ、そうですか……そっかぁ……雨宮課長にはもう……はぁぁ……」

「本当に悪かったね晴川さん、勝手に関係を訝しんで連れ込んで……だけど失礼で悪いけど史郎と深い関係に無いって言うなら今日のところはこれで……本当に厄介な事情があるから……」

「ええ、そう見たいですね……ふぅ……わかりました……じゃあ余計な邪魔にならないためにも私はこの辺りで失礼します……」

「済まない……この埋め合わせは必ずするから……今タクシーを呼ぶからそれで……」


 まるで厄介者を追い出すみたいな流れになってしまったが、それでも彼女はため息をつきつつも素直に頷いてくれた。


(ここまで俺の身を案じて付いてきてくれた子に酷いことしちゃったなぁ……今度ちゃんとお詫びしないと……だけど今日だけは……直美の精神状況を考えればこっちに集中してあげないと……)


 ただでさえ人見知りと言うことでこの状況を辛く感じているであろう直美だが、更に今は目の前に恐らく記憶にも残っていないであろう母親がいるのだ。

 尤も俺達が霧島と呼んでいるし、顔だちや声も似ているからもう既に気づいているはずだが、それでも不安そうにしている直美のケアを俺は優先してあげたかった。


「い、いえっ!! いいんですっ!! どうせ駅はすぐそこだし家も近いから……あ、歩いて帰りますよっ!!」

「そ、それは流石に……こんな時間に一人で帰らせるわけには……」

「いいんです、これ以上雨宮課長に迷惑は……」

「ああ……じゃあ、もし晴川さんが良ければだけど……俺が駅まで送っていくよ……」


 そこで俺達のやり取りを見ていた亮が立ち上がったかと思うと、後輩の子にそんな提案をした。


「えっ!? い、行っちゃうのとぉるおじさんっ!?」

「そんな不安そうな顔しないでよ直美ちゃん、そこまで送ったら戻ってくるから……何なら史郎が許してくれるなら泊って行っても良いし……良いだろ史郎?」

「ああ、まあむしろ俺も事情聞きたいし……泊って行ってくれると助かることも多そうだからな……」


 改めて霧島と直美を交互に見つめつつ呟く俺。


(何で亮が霧島を連れて来たのか……そもそも霧島は何の目的でここに来たのか……その辺りのことも聞きたいってのもあるけど……また亮の姿が見えなくなったら直美ちゃんが悲しみそうだからな……)


「い、いえそんなっ!? わ、私一人で帰れますからっ!!」

「いやいや、万が一にも夜道で何かがあったら大変ですから……まあ初めて会った俺みたいな奴と一緒に帰るのが嫌なのはわかりますけど……それならやっぱり俺が金を出しますからタクシーでも呼んで……」

「金なら俺が出すよ……仮にも俺の後輩だし……」

「えぇっ!? い、いやそんなすぐそこなのに……」


 俺達の言葉を聞いて必死に首を横に振る後輩の子だけれど、こればっかりは譲れない。


「いいや、さっき君も俺に言ってたじゃないか……こんなことに巻き込んでおいてもし途中で何かあったら悔やんでも悔やみきれないよ……だから……」

「はぅぅ……わ、わかりました……じゃあその……あ、嵐野さん……駅までで良いから着いてきてもらってもいいですか?」

「喜んで……じゃあ史郎、俺は晴川さんを駅まで送ってくるから……」

「ああ……早めに戻って来てくれよ……それで詳しい事情を聞かせてくれ……」

「了解……」


 ようやく折れてくれた後輩の子と共に玄関へと向かう亮の背中にそう声を掛けると、軽く振り返りはっきりと頷いてくれた。

 そして二人が外へと出て行って、この場に残された俺たちの間に再び重苦しい沈黙が舞い戻ってくるのだった。


(はぁ……とりあえずあの子はこれで大丈夫だ……だけど問題はここからだ……)

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― 新着の感想 ―
[一言] 緩衝材がいなくなって。 うーん、これは針の筵だなあ。 後輩、気はあったのだろうけれど… なんかすごくかわいそうに。
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