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史郎と亮とオタク少女な直美ちゃん⑪

『……は電波の届かない場所にいるか、電源が入っていないため……』

「だめか……」


 ニュースで亮を目の当たりにしてから、俺も直美も何度となくあいつの携帯に掛けているが全く繋がらない。


(あんなところで何を……警察と話しているように見えたけど、偶然近くを通りがかっただけなのか……だけどじゃあどうして霧島まで……)


「……やっぱり……出ないね、とぉるおじさん」

「……多分携帯の充電をし忘れてるだけだよ」

「うん……そうだよね……そうに決まってるよね……」


 既に違うニュースに切り替わっているテレビを未練がましくじっと見つめながら儚く呟く直美。

 霧島のことを口にしないのは気付いていないのか……或いはあえて意識しないようにしているのかは分からなかった。


(直美ちゃんは霧島のこと伝聞でしか知らないからなぁ……当時と殆ど変わらない見た目だったけど、直美ちゃんが気づかなくても無理はない……だけど……)


「直美ちゃん……とにかく今日はもうお風呂入って休もうよ……連絡着くかは俺が試しておくから……」

「うぅん……直美もお話したいの……謝りたいから……あの日のこと……」

「謝る必要なんかないよ……直美ちゃんは何も悪くないって……亮も俺も気にしてなんか……」

「だ、だったら何でっ!? あの日からとぉるおじさんこなくなっちゃったのぉっ!? お、お仕事も辞めちゃってっ!! そ、それなのに電話しても忙しいって言ってすぐ切っちゃうし……や、やっぱり直美が余計な……っ」

「そんなことないっ!! 直美ちゃんは何も悪くないっ!!」


 泣きそうな声を出す直美を俺は力いっぱい抱きしめてあげた。


「うぅ……で、でもぉ……み、みんなみんな……直美の傍にいる人は居なくなってばっかりで……ぐすっ……きっと直美が悪い子だから……」

「直美ちゃんは悪い子なんかじゃないよ……凄く良い子だ……だからあんなあんな素敵なお友達だってできたし、家にまで来て面倒を見てくれるじゃないか……俺だって同じだ……直美ちゃんが大好きだから……直美ちゃんが間違ってない証拠だよ……」

「ひっく……うぅぅ……し、しろぉおじさんは居なくならないでね……な、直美もうあんなこと言わないからぁ……」


 泣きながら胸に縋りつく直美の背中を優しく撫でてあげながら、俺は思わずテレビを見つめて移るはずの無い亮の姿を探してしまう。


(直美ちゃんの言葉は関係ないさ……こんな良い子がどうしてこんな思いをしなきゃいけないんだ……亮、お前もどうして一言事情を話していってくれなかったんだ……直美ちゃんは関係無いって……どうして寄りにも寄ってあの時、あのタイミングで姿を消したんだよ……亮……)


 返事がくるはずの無い問いかけを内心で何度も呟きながら、俺はかつてのことを思い返してしまう。


『えへへ~、しろぉおじさんはここぉ~とおるおじさんはこっちぃ~なおみはまんなかぁ~っ!!』


 直美の家族がバラバラになった後、彼女は名目上は隣にある霧島家で父親と共に住んでいることになっていた。

 だけど浮気して出て行ったあいつは戻ってくることはなく、結果として保護した俺の家で育てている状態だった。

 そんな直美が親の不在を気にして塞ぎ込まなくて済むよう、お姫様のように可愛がってあげていた。


 おかげでそれまでの境遇から一変したこともあってか、直美は俺達に物凄く懐いてくれて片時も傍から離れようとはしなかった。


(霧島の子供だからって最初は両親だけじゃなくて亮も複雑そうな顔してたけど……結局皆あんな餓死寸前まで弱り切っている直美を見たら放ってなんかおけなかった……だからついつい甘やかして……)


『亮おじさんきょうこないのぉ……直美何だかさみしいよぉ……』


 そうして愛情を受けて無邪気で天真爛漫に育った直美だけれど、それも小学校に入学するまでだった。

 霧島家のこと……特に精神を病んで刃物を持って暴れていた直美の祖母を知っている同級生の親たちは直美と付き合わないよう子供たちに距離を置くよう伝えてしまっていたのだ

 おかげで直美は理由もわからずハブられて、幾ら周りに話しかけても友達は愚かまともな会話すら出来ない状態だったらしい。


 最初は意気揚々とランドセルを背負って行った直美が、日に日に落ち込んで俺たちに無言で縋りつくようになるのは見ていてとても痛々しかった。

 それこそ一時はうちの両親と話し合って、直美の親権をどうにかして獲得して田舎に引っ越すことすら考えたぐらいだ。

 だけどそれでは当時まだ仕事の地盤が安定していなかった亮が付いてこれなくて……それを直美が嫌がったから結局は流れてしまった。


(あれから直美ちゃんは同年代の友達を作ったり、お外に出かけたりするより俺たちと遊ぶことに夢中になって行って……自然と俺たちの趣味であるゲームに傾向していっちゃったんだよなぁ……)


 このままでいいのか不安ではあったけれど、それでも直美の笑顔のためならばと俺たちはやっぱり甘やかしてしまった。


『史郎おじさぁあああんっ!! 亮おじさんがDLC使って直美をいじめるのぉおおっ!!』


 小学校高学年になる頃には直美は視力が落ちて眼鏡をかけ始めるほどゲームに熱中する立派なオタクになりかけていた。

 そして完全に人嫌いになっていて学校にすら行きたがらず、とにかく俺達と一緒に遊ぼうと毎日のようにせがんで来ていた。

 そんな直美は外では借りてきた猫のようにおとなしくなるけれど、俺達の前では笑顔を浮かべてはしゃげる程度には精神が落ち着いてきているように見えた。


(何だかんだで俺達と趣味があって……笑顔を見せてくれる直美ちゃんは可愛くて……それにこの頃になると直美の腕も上がっていたから三人で一緒に遊んでて楽しかったし……何より、まるで当時の霧島が……俺たちの青春時代の空気が戻ってきたみたいで……だから一層甘やかしちゃって……)


『あぁ~、また直美と史郎おじさんの愛の巣にお邪魔虫が来てるぅ~……とぉるおじさんったら暇人さんなのぉ~?』


 中学生になった直美は人間不信を抱えつつも、友達が出来たことで少しだけ同年代の女子のような感覚を身に着けつつあった。

 それで直美はちょっと背伸びして俺に対しては拙い誘惑を始めて、亮には生意気な口を利くようになっていった。


(やっぱりあれでも反抗期だったんだろうなぁ……だけど口ではそんなこと言いながらも亮が来ると嬉しそうに笑ってて……だから俺も亮もむしろ微笑ましく見守ってて……何も問題なかったんだよ……あの日までは……)


『もぉっ!! あんまり口うるさく言わないでしょぉっ!! 仕方ないじゃんっ!! 直美には本当のりょぉしんが居ないんだからぁっ!! 直美だってねぇっ!! ちゃんと血の繋がった家族が居たらこんな風になってないもんっ!!』


 確かきっかけは高校への進路だか進学についての話し合いだったような気がする。

 友達こそいれどやはり学校と言う場所に良い思い出の無かった直美は、高校へ進学しないでそれこそプロゲーマーだか配信者になろうと言い出したのだ。

 流石に今まで甘やかしていた俺達もこればっかりは心配で、高校だけは行くように口を酸っぱくして忠告して……反抗期の直美は思いっきり反発してしまったのだ。


 その際に直美の口から恐らくは勢いで飛び出してしまっただけの、なんてことの無い台詞……のはずだった。


(そりゃあ俺もショックではあったけど……むしろこんなコンプレックスを抱えていながら育ててくれた俺たちの前でおくびにも出さずに笑顔を浮かべていた直美ちゃんが悪いわけないのに……この年頃でこんな環境にあったら誰だって愚痴の一つは言いたくなるだろうし……何より本人もすぐ言っちゃいけなかったって思ったのかゴメンって口にして……だから俺たちは大人として対応すればいいだけ……だったのに……)


『……そっか……そうだよな……ごめん直美ちゃん……本当にごめん……ごめんなぁ……』


 しかしそれを聞いた亮は胸を押さえて顔面蒼白になり、何故か涙すら零しながら謝罪し始めたのだ。

 余りの変化に俺も直美も戸惑ってしまい、何も言えないでいるうちに亮はやることを思い出したと言って……それっきり家に来ることは無くなった。

 それどころかせっかく安定してきた仕事も何もかも放り出して姿をくらませてしまったのだ。


(直美ちゃん凄くショックうけてたよなぁ……謝罪したいからって何度も俺に家に呼ぶよう頼んできて……だけど幾ら電話しても顔を会わせる資格が無いとか……責任を取るまで戻れないとか言ってすぐ切っちゃうし……)


 それからの直美は自分の失言のせいで兄のように慕っていた相手を失い……そして俺からは親友を奪ってしまったとずっと後悔して自分を責め続けていた。

 そのせいでまた自分の殻に引きこもる様になってしまい、せっかく安定してきた精神が不安定になってしまったのだった。


「大丈夫だよ直美ちゃん……俺は何があっても直美ちゃんの傍からはなれたりしないから……それに亮だって絶対戻ってくるよ……俺もあいつも直美ちゃんのことが可愛くて仕方ないんだから……」

「うぅ……け、けどぉ……」

「よしよし……相変わらず泣き虫さんだね直美ちゃんは……泣き止むまでこうしててあげるから……」


 涙が止まらない直美を、俺は優しく抱きしめながらその背中を撫で続けるのだった。


(だけど亮よぉ……あんなところでお前は何をしてたんだ……それに霧島が傍にいたのは偶然なのか……それとも……)

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― 新着の感想 ―
[一言] ああ、捕まった人の中にいたわけじゃあないのかあ。 さて、亮にはどんな事情があったのやら。霧島がらみで、何かあった感じだなあ。
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