史郎と亮とオタク少女な直美ちゃん⑩
「むぐむぐ……おっかえりぃ史郎おじさぁ~ん……前は残業ばっかりだったのに最近は早いねぇ~……むぐむぐ……」
「ただいま直美ちゃん……まあちょっと色々あってね……はぁ……」
帰ってきて居間に入ったところで、当たり前のように人の家のソファーで横になってアニメを見ていた直美が挨拶をしてきた。
下着姿でお菓子をポリポリと齧りながらこちらをチラリと見ながら、手を振ってくる直美を見てももはや突っ込む気にも慣れずため息だけを洩らす。
(何という自堕落全開な姿……ああもぉ、お尻を掻かないのぉ……はぁ……なんかすっごく疲れるぅ……)
鞄を置きつつスーツの上着を脱いで手に取った俺は、そのまま直美に近づき身体を隠すように被せてやった。
「あ……えへへ、しろぉおじさんの匂いがするぅ……ふふ、ちょっと汗臭ぁい……」
「そう思うなら自発的にちゃんとした服に着替えようね……」
「えぇ~? 直美は史郎おじさんの匂いだと思うと全然へぇきだけどぉ~……むしろこのまま夜のおかずにしちゃえるぐら……あぅっ!?」
愛おしそうに俺のスーツを纏いながら戯けたことを抜かした直美のおでこにデコピンを喰らわせてやる。
「仮にも未成年の女の子が、そう言うこと言わないの……」
「うぅ……かてーないぼーりょくだぁ……直美の顔が傷付いたら責任取って貰っちゃうんだからねぇ……」
「はいはい、それよりもご飯どうするの?」
「うぅん……そぉだなぁ……」
軽く頭を悩ませながらもアニメを見続けていた直美は、そこでふとキリっとした顔つきでこちらに向き直ってきた。
「出前も、ピザも、あるんだよ」
「……訳がわからないよ」
アニメキャラの台詞をもじって宣言した直美に、俺もまた登場人物の台詞をそのまま言い返してやる。
(何で俺が奢ること前提になってるんだろう……前はうちの母親から教わって自炊とかしてたはずなんだけどなぁ……)
「えぇ~? そこはさぁ君の願いはエントロピっピをりょぉがしたって言って叶えてくれる所でしょぉ?」
「あのねぇ、そんなお願いに全てを捧げようとしないの……代償に魂貰っちゃうぞ?」
「身体払いじゃ駄目ぇ? もしくは宝払いっ!!」
目を輝かせて今度は漫画ネタを叫ぶ直美。
(直美ちゃんの将来の夢って海賊だったっけ? 契約して魔法少女になった海賊……強そうだなぁ……)
何やら疲れて現実逃避したくなってしまうが、ちょっとだけこのオタク染みたやり取りを楽しいと思ってしまう自分もいる。
だから何とも叱るタイミングを逃してしまって、こうなっては向こうのお願いを無効化できない気がしてくる。
(叱るタイミングって何だよ……カードゲームじゃないんだから……ああ、この懐かしいオタクっぽいやり取りで頭が変になってるぅ……)
かつて学生時代に亮と良くしていたノリを思い出してしまったせいか、どうにもまともな思考が出来なくなってしまう。
「はぁ……度し難い……」
「そ、そっちの宝払いぃ? えぇ……直美いくら史郎おじさんに愛されてもカートリッジは流石に嫌だよ……だけどパパ棒なら弄っ……あうっ!?」
「だから女の子がそう言う発言しないの……」
またしても漫画ネタを呟いてしまった俺の発言をすかさず拾ってくれるオタク少女な直美。
だけどその発言がヤバそうな方向に進みそうなので、反射的にデコピンしてしまう。
「むぅぅ……こ、こぉんな可愛い女の子がゆぅわくしてるのにぃっ!! どぉして勇気を出してイベントを進めないのぉっ!! もぉたぁくさんCG取りこぼしちゃってるんだよぉっ!!」
「無謀と勇気をはき違えないでくださぁい……それにどうせなら俺は可愛い女の子の手料理イベントを消化したいよ……誰か作ってくれないかなぁ?」
「えっ!? い、今直美のこと可愛いって言ったぁっ!? えへへ~、もぉしょぉがないなぁ~……じゃあめんどぉだけど史郎おじさんのうんめぇのじょせぇであり家事レベル3を誇るさいのぉ限界の持ち主である直美が……」
「おぉ、くどいくどい……まあ作ってくれなら本当に嬉しいよ……」
「ふっふぅんっ!! 直美様に何でもお任せなのだぁっ!!」
ふざけながらも俺に可愛いと言われただけで腰を上げてやる気になった直美は単純だけど……俺のために動いてくれる直美を見てこちらもまた単純ながら愛おしいと感じてしまうのだった。
(俺のためなら動いてくれるんだなぁ直美ちゃんは……オタクだけど性根のやさしい良い子なんだよ本当は……それは俺が一番良く分かってるからね……焦ることはないな、これからも時間をかけて見守ってあげよう……)
「ありがとう直美ちゃん……じゃあ俺はその間にお風呂の支度してくるから……」
「だいじょーぶぃっ!! じっつはお風呂は一緒に入る気満々で沸かしてあるからっ!! それにあらゆる料理ゲーのRTAを極めた直美なら三分間クッキングできちゃうんだからぁっ!!」
「い、いやだからこの歳で一緒にお風呂は……三分間……ま、まさかっ!?」
「はぁいっ!! じゃあ直美の実況RTA配信はっじめまぁすっ!! まず取り出したるはこのカップに入っている乾麺っ!! これを装備して湯沸かしを使用しますっ!! これを机に置いてタイマーストップですっ!! お疲れ様でしたぁっ!!」
笑顔で堂々と俺の前にインスタントラーメンを置いて見せる直美。
「……俺は手料理って言ったんだけどなぁ」
「そうでしょぉ? だから直美の手自ら一から十までかんせぇさせたんだよぉ? これも立派な手料理でしょぉ~」
「うぅ……それは解釈違いですぅ……ぐすん……」
何やら涙が零れそうになるが、お湯まで入れてしまった以上はもうどうしようもない。
俺は仕事以上の疲れを感じながら、直美が手料理だと主張するインスタントラーメンを啜っていくのだった。
「あぁ~、史郎おじさんのせいでアニメ終わっちゃっていつの間にかニュースになって……えっ!?」
「うぅ……それは俺のせいじゃ……あっ!?」
いつの間にかアニメ再生が止まりニュースに切り替わっていたテレビを見た俺たちは、そこで固まってしまう。
何故ならどこかの違法風俗店の触発と言う見出しで現場が映し出されている画面の隅に、俺たちは忘れるはずの無い顔を見つけてしまったからだ。
(な、何で……どうしてお前がそんなところに居るんだ亮っ!! それにあの近くにいる奴はひょっとして……霧島かっ!?)




