平日の夜⑫
「もしもし、今仕事終わったよ」
『はぁい、ごくろーさまぁ……ごはんどーするぅ?』
「うぅ……お金ないからパンの耳でも齧るよぉ……」
『そんなことだろーと思ったぁ、安売りしてたお肉買っておいたんだぁ……焼いちゃうから早く帰っておいでー』
「……ありがとう直美ちゃん、今帰るよ」
僅かなやり取りだけで気力が蘇ってくる。
前に頻繁に連絡するように言われて以来、こうして仕事が終わるたびに電話しているのだ。
おかげで帰り道で死にたくなることは殆ど無くなった。
(本当に直美ちゃんに助けられてるなぁ……やっぱりお小遣いあげないとなぁ……)
そう思いながら財布を開くも、小銭しか入っていない。
我ながら甲斐性がなさすぎてゲンナリする。
(やっぱりもっと良いところに転職しようかなぁ……)
通り道にあるコンビニで就職情報誌を回収して、軽く眺めてみることにした。
しかし自分ごときにできそうな仕事は大抵給料も同じでしかなかった。
(はぁ……資格でも取ろうかなぁ……でもそんな余裕ないしなぁ……)
悩みながら足は自然と動いていて、気が付いたら自宅に辿り着いていた。
「ただいまー……おお、いい匂いぃ~」
「おっかえり~、先食べてるよぉ~」
居間に入るとどこから引っ張り出してきたのかホットプレートを利用して焼肉形式で直美がお肉を頬張っている。
即座に食欲が刺激されて、俺は急いでご飯を茶碗に盛り付けて直美の隣に座った。
「はぁい、焼いて焼いて~」
「はいはい……おぉ、いい焼き加減……あぁっ!?」
「んーおいしーっ!!」
目の前で油の滴る美味しそうなお肉が奪われた。
仕方なく新たな肉を焼いていくが片っ端から直美に食べられていく。
(うぅ……何という拷問……お腹空いたよぉ……)
直美の金で買ってきた肉なのだから文句は言えない。
だけど目の前で美味しそうなお肉の匂いを嗅いで食べるところを見せつけられはたまらない。
「な、直美ちゃぁん……せ、せめて一切れぇ……」
「えぇ~食べたいのぉ~しょーがないなぁ……んぅ~」
「な、直美ちゃんっ!?」
カリカリに焼けた細長いお肉の端を口に咥えて、俺に顔を突き出す直美。
これを食べろと言うのだろう。
俺はそっと箸を近づけて、弾かれた。
「んんっ……ん~」
「く、口移しじゃなきゃ駄目?」
「んっ」
悪戯っ子そのものな表情で頷いて俺を見つめる直美。
お腹が減りすぎて我慢できず……という風を装いながら俺は直美の口から伸びているお肉を口に入れた。
そして少しずつ食べ進める、直美との距離が近づいていく。
「……んっ!!」
「んぅっ!?」
隙ありとばかりに直美が肉を噛み切り飲み込むと、同時に唇をくっつけてきた。
焼き肉のタレの匂いにまみれて、柔らかく温かい感触が俺の唇に伝わる。
気が付いたら直美の後頭部に手を回して、自らの意志で唇を押し付けて感触を堪能していた。
(直美ちゃんの……コレがキス……柔らかい……こうしていたい……)
「ん……んんっ!?」
「んっ……んぅっ!?」
直美はゆっくりと目を閉じようとして、慌てて目を見開いて暴れ始めた。
どうしたのかわからずに直美の視線を追って、俺も焦ることになった。
「ぷはぁ……お、お肉焦げてるぅううっ!?」
「ふぅ……ご、ごめんねっ!?」
「もぉこれ全部おじさんが食べてよねっ!!」
「うぅ……わ、わかったよぉ……」
俺は真っ黒こげになったお肉をタレの味でごまかしながら飲み干していくのだった。
「…………えへへ、ファースト……」
「うぅ、焦げ焦げぇ……何か言った直美ちゃん?」
「なぁ~んにもぉ~……ほらほらぁ、まだまだあるよぉ~」
「うぐぐぅ……が、頑張って食べきりますぅ……」
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