平日の夜①
「ただいま……」
家に帰るなり俺は自室のベッドに倒れ込む。
疲れがまるで取れない。
肉体的な疲労も強いが、それ以上に精神的な負担が大きい。
(無駄に怒鳴りやがって……あんなわけわかんねぇ指示出したお前の責任だろうが……)
下っ端として上司に理不尽に叱られる日々。
同期には追い越され、部下には並ばれる。
(才能ないなぁ……仕事辞めたいなぁ……)
俺はコンビニ弁当を買うついでに取ってきた就職情報誌をめくり、すぐに放り投げた。
転職活動をする気力もない。
何より俺なんかが今よりいいところに就職できるなんて思えない。
(明日も早いし……こんなことしてないで、飯食ってねよう……眠い……)
布団の魔力に抗えず、俺は何もかもどうでもよくなってそのまま目を閉じようとした。
「……はは……きゃは…………っ!!」
窓の外から聞きなれた笑い声が聞こえて、どきりと心臓が跳ね上がる。
脳裏にフラッシュバックするのはかつての幼馴染が窓越しに俺を嘲笑っていた姿だ。
一度だけ窓を開けて目が合って……彼氏と一緒に心底見下すように嗤われたのは嫌な思い出だ。
「……ふぅ」
深呼吸して心を落ち着けると、俺は震える手を抑えながら窓を開いた。
「きゃはは……あぁ、おじさんおっかえりぃっ!!」
「ただいま……そんな格好で窓開けてたら見られちゃうよ……」
窓の向こうに下着姿でくつろぐ幼馴染にそっくりな美少女がいた。
長く伸びた茶髪に派手な下着を身に着けて、軽い化粧もしているようだ。
ただ幼馴染と違うのは、俺を見ると悪意のない笑みを浮かべているところだ。
「なぁに、興奮しちゃったぁ? おじさんなら一万円で相手してあげるよぉ?」
「はいはい、いいから窓閉じてください」
「えぇ~、若い子の恥ずかしい姿見たくないのぉ~?」
ニヤニヤと悪戯っ子のように笑いながら窓から上体を乗り出し、俺に顔を近づける直美。
高校生になったばかりだが、出るところは出て立派に成長していた。
今も手を伸ばせば届く距離でピンク色のレースが付いたブラに包まれた胸がフルフルと震えている。
「ほらぁ、これとっても柔らかいんだよぉ……触ってみたくないのぉ?」
「う……あ、危ないから戻りなさいって……」
「ノリ悪いなぁおじさんはぁ……ねぇなんかご飯ないの~、私お腹減ってるんだぁ~」
身体を部屋の中に戻しながらも、窓枠に腕を載せて頬杖をついて俺を見つめてくる。
俺におねだりするときのポーズだ……これに逆らうと部屋まで押しかけてきてボディプレスを喰らわせてくるのだ。
仕方なく窓越しにお弁当を渡してあげた。
「……ほら、コンビニ弁当だけど我慢してくれ」
「えぇ~、こんな育ちざかりの美少女にそんなの食べさせるのぉ~……美味しいご飯食べに連れてってよぉ~」
「学生がこんな時間に出歩かないの……何時だと思ってるんだか……」
既に時刻は十時を告げている。
「ちぇ……仕方ないから我慢してあげるぅ……ちょーだい」
「ほら……はぁ、俺の飯ぃ~」
「あはは、おじさんのご飯だったの~、じゃあせっかくだし食べて実況してあげる……あーこの唐揚げおいしーっ!!」
先ほどそんなのと言ったお弁当を美味しそうに食べ始める直美。
とにかくこれで静かになりそうだ。
俺は今度こそベッドに横になることにした。
「あー待って待って、おじさんカムバックトゥザ……なんとか……」
「……少しは勉強しようね、この間の英語のテスト一桁だったでしょ」
「いーのいーの、どーせ結婚してせんぎょーしゅふになるんだから……それよりおかえしー……んーっ」
窓から身体を乗り出し、おかずの一つであるウインナーを口に咥えて俺に迫る直美。
その目は俺を見つめながら細まり、口元は緩んでいてとても楽しそうだ。
「……食べないよ」
「んぅ~? んんぅ~んんぅ~ん~~っ」
「何言ってるかわからないって……ほら取るよ」
このまま放っておいたらいつまでもし続けていそうだ。
いやそれどころか俺の部屋まで押しかけて来かねない。
俺は指でウインナーをつまむとゆっくりと引き抜くことにした。
「食べ物で遊ばないの……」
「ああん……はぁ……もぉ、だからおじさんノリがわるいってばぁ……キスしてもよかったんだよぉ」
「分かった分かった……じゃあ今度こそ窓閉めるからね……」
「ちょっとぉ、せめてウインナー食べなさいよぉ……美少女の涎付きでレアものなん……」
付き合切れないとばかりに目の前で窓を閉めてやった。
そのままベッドに近づき横に……なる前にウインナーを頬張った。
たった一口で終わった食事だが、不思議と胸が満たされる気がした。