史郎と亮とオタク少女な直美ちゃん④
「雨宮課長、ちょっといいですかぁ?」
「おや、どうしたんだい?」
仕事を終えて帰路を歩いていた俺を、後輩の女性社員が後ろから呼び止めてきた。
歳が五つほど下の人でかなり整った見た目をしているから入った当初は男性社員たちからかなりチヤホヤされていたのを覚えている。
しかし彼女はこの歳まで交際経験がなかったとかで奥手で、そう言うガツガツと迫る男性は苦手で距離を置いてしまったのだ。
そして余り女性をそう言う目で見ない俺とばかり話すようになって……気が付いたらそこそこ親しくなってしまっていた。
(霧島のせいで女性は苦手なんだけどなぁ……でもまあトラウマってほどでもないし、この子となら話してても退屈じゃないから構わないけど……)
「いや、なぁんか最近雨宮課長元気ないなぁって思いまして……何かあったんですか?」
「はは……そんなことないって、普通に元気だよ……特に変わりはないさ……」
笑いながらそう言い返しつつも、内心ドキッとしてしまう。
(隠してたつもりだけどこんなあっさりバレるなんて……会社の人でこれじゃあ直美にも見抜かれてるかな……はぁ……亮……どうしてお前……)
「ほ、ほらまた……雨宮課長はすぐ抱え込もうとするから……愚痴ぐらい聞きますよ?」
「い、いやそんなことないって……」
「そんなことありますよぉ~……私たち部下がミスしたら自分の仕事も置いてフォローしてくれて……それで残業して自分の仕事を終わらせて……みんな感謝もしてるけど申し訳ないとも思ってるんですよ?」
「あ、あはは……だ、だってほら俺が残業する分には役職手当のおかげで会社に余計な負担掛けずに済むし……それに早い段階で課長にまで出世させてくれた社長にも恩返ししたいからねぇ」
「もぉ……だからぁ私たちも恩返ししたいんですぅ~……ほら適当なお店で飲んで行きましょうっ!! それでたまってるもの吐き出しちゃってくださいっ!!」
そう言って彼女は俺の手を取って何処かへ連れて行こうとする。
しかし俺はお酒が殆ど飲めない……まして家で待つ直美を思えば頷くわけにはいかなかった。
「だ、駄目だって……俺お酒全然駄目なんだから……それに家で家族が待ってるから……」
「そ、そうでしたっけ? あれ……でもお酒はともかく、家族の方は確か少し前に残業するとき代わりに様子を見てくれる人がいるから問題ないって言ってませんでしたっけ?」
「……っ」
不思議そうに呟く彼女だが、その言葉に俺は連鎖的に毎日のように顔を出してくれていた親友を思い出してしまう。
当時はフリーランスで働いていてある程度自由に時間が取れていた亮が俺の代わりに直美の様子を見てくれていたから何も問題なく残業できていたのだ。
しかし今では俺は一人で直美を育てなければならない……だからやはり寄り道するわけにはいかないのだ。
「あ、雨宮課長っ!? ど、どうしましたっ!? わ、私何か変なこと言っちゃいましたかっ!?」
「……ふぅぅ……いや何も……ただちょっとだけ家の事情が変わってね……だから気持ちは嬉しいけど、やっぱり帰らないと……ありがとう誘ってくれて……」
「そ、そうですか……あっ!? じゃ、じゃあその……お、お邪魔じゃなければ……そ、その……あ、雨宮課長の家でですね……お、お酒を飲みこんで宅飲みをしてもその……」
帰ろうとした俺に何やら口ごもりながら……そして頬を赤くしながらそう提案してくる彼女。
これは仮にも異性の家にお邪魔しようと提案することを恥じらっているのだろう……そしてそうまでするほどに俺が心配をかけてしまっているということなのだろう。
(ここまで部下を気遣わせてしまうなんて……俺はダメな奴だなぁ……しっかりしろ俺っ!! 立派な大人になって直美ちゃんをちゃんと育ててあげなくちゃっ!! それこそ亮に顔向けが……はぁ……亮よぉ……)
どうしてもあいつのことを思うと気分が落ち込みそうになってしまうが、それでもこれ以上彼女を心配させないために何とか笑顔を向けて見せた。
「その提案も魅力的だけど、ごめん……俺の家族は他人を物凄く苦手にしているから……だから家には呼べないんだよ」
「うぅ……そ、そうですかぁ……変な提案してすみませぇん……」
「いや、本当に気持ちは嬉しかったよ……ありがとう……ちょっと元気出たから……ほら、タクシー代出すから乗って帰りなさい」
「い、いえいいですぅっ!! じゃ、じゃあまた明日……ぐすん……っ」
彼女は何やら失敗したとばかりに俯きながら走り去っていった。
どうやら俺を励ませなかったことがよほどショックだったようだ。
(うぅん……せっかく誘ってくれたのに悪いことしたかなぁ……だけどごめんねぇ……うちには直美ちゃんがいるから……明日朝一でもう一回ちゃんとお礼と謝罪をしておこう……)
彼女の気持ちを踏みにじってしまったことを申し訳なく思いながら俺は帰路へ付いた。
(……んん? 着信……話をすればか……)
「もしもし、直美ちゃんどうしたの?」
「も、問題ですっ!! 史郎おじさんにとって一番大切な物はなぁにっ!? ①世界で一番かわいい直美ちゃんっ!! ②未来の奥さん直美ちゃんっ!! ③……機械のくせに真っ青になってるパソコン……さ、さぁどれだぁっ!?」
「そんなの直美ちゃんに決まって……ちょぉおおおっ!? お、俺の自作パソコンに何してくれてるのぉおおっ!?」
「な、何もしてないのに壊れたのぉっ!! ほ、ほんとぉだもんっ!! ただちょっと電源入れてネットにつないで変な英語が書かれてる頁を開いたところでガリガリガリって鳴りながらフリーズしたからコンセント引き抜いただけだもんっ!!」
「思いっきりやってるじゃないかぁあああっ!? ああもぉっ!! 今から帰るからねっ!! お尻ぺんぺんするから覚悟しておくんだよっ!!」
思わず叫んでしまうが、俺が居ないときに直美が好きに弄れるようパスワードも設定せずにいた俺の落ち度でもある……気がする。
(まあ、こんなこともあろうかとデータはちゃんと外付けハードディスクに自動でバックアップされるようになってるから取り返しは付くけど……最近直美ちゃん甘やかしすぎてるからちょっとだけ叱っておこう……お尻ぺんぺんは冗談だけど、とにかく軽く泣かない程度に……うぅ……で、でももう怒鳴っちゃったし許してあげてもいいかなぁ?)
慌てて帰路を走り出しながらも、既に直美を許す気満々になっている自分の甘さに少しだけ情けなくなってしまうのだった。
『ご、ごめんなさぁああいっ!! わ、わざとじゃないのっ!! だ、だからお尻ぺんぺんはやぁあんっ!! そんなことされたら直美のお尻がお猿さんになっちゃ……あっ!! そ、そおだぁっ!! 叩かれたら部位破壊しちゃうよぉにパンツに切れ目を入れておけばヘタレな史郎おじさんはきっと……ううん、もしも叩いたら叩いたでそのままゆーわくに繋げちゃえばいいんだしぃ……ふふ、ピンチをチャンスに変えちゃう抜け目のない直美ちゃんなのだぁ~っ!!』
「……聞こえてるからね直美ちゃん……全く反省してないみたいだから、スカートの上から布団叩きで十回ね?」
『にゃぁあああああっ!? う、うそうそじょーだんだからぁああっ!! ごめんなさぁあいっ!! 許してよ史郎おじさぁあああんっ!!』
(はぁ……全く困ったもんだ……だけど多分涙目で縋りつかれたら、それが嘘泣きでも俺は許しちゃうんだろうなぁ……もう二度と直美のあんな顔は見たくないから……亮もここに居たら同じことを思うよな? それともお前ならちゃんと叱るのかな?)
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