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平日の夜⑪

「……何でもかんでもシュレッダーかけんなよ、馬鹿が」


 またしても同僚の後始末だ。

 整理整頓がどうのと言って必要な書類までシュレッダーにかけた馬鹿。

 何とかデータを見つけ出せたから良かったものの、再現に時間がかかり過ぎた。


(これでもあの馬鹿は縁故採用だから御咎め無し……ふざけんなよ……)


 チャラチャラして仕事がどれだけ残ってても定時に帰り、しかも給料に変な手当までついているらしい。

 全く持って不公平な世の中だ。

 腹立たしいけれどもどうしようもない。


(あぁ……今日はストレス解消に馬鹿食いしてみようかなぁ……)


 怒りのせいか珍しく食欲があった。

 俺は近くのファミリーレストランへ向かおうとした。


(けど、ひょっとしたら直美ちゃん待ってるかもなぁ……)


 携帯を取り出して、だけど何かしていたとしたら邪魔をするのも悪いと思ってすぐにしまう。


(一度帰って確認するか……)


 早足で帰路を行き、家の前で立ち止まる。

 直美の家にも俺の家にも明かりがついていなかった。


(まだ帰ってないのか……それとも寝てるのか……)


 どちらにしても直美を誘う必要はなさそうだ。

 だけど家を目の前にするともう何もかもどうでもよくなってしまった。

 さっさと帰って休もうとドアに向かって歩き出した。


「史郎さ~ん」

「えっ……あ、な、直美ちゃんっ!?」

 

 名前を呼ばれて振り返ると同時に、直美が俺の腕に抱き着いてきた。


(な、何で名前でっ!?)


 訳が分からず硬直する俺を引っ張りながら、直美は後ろを向くと頭を下げた。


「ごめんなさい、私この人と付き合っていますからぁ~」

「え、あ……ええっ!?」

「……ちっ」


 俺も遅れて後ろを見ると、何やら軽薄そうな格好をした若い子が悔しそうにこちらを睨みつけていた。


「ほらぁ、史郎さん……一緒にお家には・い・ろ・ぉ」

「え、えっと……いいの?」

「当たり前でしょぉ~……いいの勘違いしてる奴だから」


 ぼそっと直美が俺の耳元で呟いた。

 こうなると抵抗もできるはずもなく、俺は誘導されるまま直美の家へと入るのだった。


「はぁ~、ありがとぉおじさん」

「え、えっと……何だったの?」

「あいつ学校で有名な軟派野郎でぇ……ちょっとお外歩いてたら声かけられて困ってたの……助かったぁ」


 言いながらドアのレンズを覗いて外を確認している直美。


「ふぅ、全く困った奴ぅ……でも助かっちゃったぁ~」

「大丈夫ならいいけど……直美ちゃん、結構ああいうことあるの?」

「あはは、ほら私って美人だからぁ~……まあ大抵の奴は返り討ちだけど流石に同じ学校の奴はねぇ~」


 軽く足を振るうふりをする直美をみて、前に金的を受けたことを思い出して股間がキュッとした。


(そういえば物凄く慣れてたもんなぁ……なんか心配……)


「あのさ、何かあったら言ってよ……これでも大人の男だから多少は役に立てると思うから……」

「は~い、じゃあ早速……直美お腹すいちゃったぁ~ご飯食べにいこ~」

「……直美ちゃんさぁ、そうじゃなくてぇ……まあいいけど……」


 入ったばかりの家から外出してファミレスに向かう俺たち。

 もう外にさっきの男はいなかった。


「本当に気を付けてね直美ちゃん……」

「わかってるってぇ……そんなに心配ならこまめに連絡してね」

「……でも邪魔じゃない?」

「ぜぇ~んぜん、おじさんからの電話ならウェルダムだよぉ~」

「ウェルカムとウェルダンが混じってるねぇ……少しは勉強しようね直美ちゃん……」

「いいのぉ~、それより連絡のほうお願いねおじさん」


 嬉しそうに笑って俺の腕にしがみついて離れない直美。

 その姿を見ていると仕事で荒れていた心が癒されるのを感じるのだった。


「わかったよ、じゃあこれからは仕事帰りにでも電話しようかな……」

「そしたら毎晩ご飯奢り決定ぃっ!! おじさん大好きぃっ!!」

「お金が持ちません……」

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― 新着の感想 ―
[気になる点] 境遇があまりにも不憫で、涙が出そう。 一時的に辞めて、他の仕事を探した方が良いのではと思う。 周りが辞めるのに彼が会社に残るのは、洗脳されているからかな? 僕が知らないだけで、実際…
[一言] 間違ってシュレッダーは、本当にあるあるなんですよね。 風俗で働いてた時にお札をシュレッダーしてしまった人がいたりもしましたが……。 千円札か一万円札かまでは覚えていないですけどね。
[良い点] 「ウェルダム」 今日一番笑って…癒されたところ。
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