史郎お兄ちゃん㉝
「うぅ……」
「はぅ……」
隣に座るお姉ちゃんへチラチラと視線を投げかけながら、私は久しぶりに入った史郎お兄ちゃんの部屋でドキドキする胸を押さえていた。
元父との騒動から一年近くが経過したが今日まで私たちの生活は一つを除いてかなり順調だった。
お母さんは正式に元父との離婚が成立したし、生活費に関しても貯蓄が出来るぐらい余裕が出てきている。
時間を置いて冷静になったらしい元父が、自分のやらかしに気づいたのか弁護士さん経由でちゃんと支払うから警察沙汰だけは許してくれと頭を下げてきたのだ。
(もうあいつお金しか残ってないから……だから下手に暴力とか浮気とか表沙汰にされて仕事まで失ったらお終いだもんねぇ……)
もちろんこの支払いが無くてもやって行けるようお母さんもお姉ちゃんも働いて貯金するようにしているし、私もすぐ真似するつもりでいる。
何よりイザって時は史郎お兄ちゃんや雨宮家の人たちが協力してくれるから、もう路頭に迷う心配はしなくていいのだ。
そして経済面での不安が解消されたおかげで私はまた勉強に集中できるようになったから、学力面でも不安要素は何もない。
(本当に霧島家の問題は殆ど解決しちゃったけどぉ……だからこそ残った史郎お兄ちゃん問題がなぁ……はぁ……)
私はモヤモヤする心境を吐き出すようにため息をつきながら、時計へと視線を投げかけた。
「お、遅いね史郎お兄ちゃん……」
「そ、そうだね……もうバイトも終わる時間のはずなんだけどなぁ……」
緊張を解そうと亜紀お姉ちゃんに話しかけたけれど、向こうもまた緊張しているのかどこかソワソワしている。
尤も仕方がない、何せ私たちは史郎お兄ちゃんから直々に大事な話があるから部屋で待っていてほしいと言われているのだから。
(私が高校に合格した記念のご褒美……は、昨日みんなでお祝いしてくれたのがそうだろうし……ほ、本当に何なんだろう?)
合格発表を見に行った昨日、外では何処か虚ろな亮さんと中学生になって艶々して色気が増している後輩ちゃんに祝ってもらい家に帰ってからは雨宮家と霧島家のみんなに持て成してもらった。
その際に両方で史郎お兄ちゃんは私を褒めてくれて、プレゼントも買って渡してもらっている。
だから多分今日呼び出したのは私のお祝いではなくて、もっと違う何かだろう。
何よりこの場には亜紀お姉ちゃんも呼び出されているのだ、こうなると私の脳裏に浮かぶのは一つだけだった。
(やっぱり史郎お兄ちゃん……私か亜紀お姉ちゃんか……決めちゃったの……かな?)
私たちに残された最後の問題、それは史郎お兄ちゃんとの仲が進展していないことだ。
何せ身体の関係はともかくとして、未だにキス一つしていないのだ。
そしてその理由は史郎お兄ちゃんがヘタレだから……というのもあるかもしれないがそれ以上に、真面目過ぎるからだろう。
(私は今の時点でも全然オーケーなのになぁ……やっぱり告白とかしてちゃんと恋人同士になってからって思ってるのかなぁ……)
好き好きアピールこそしているが、史郎お兄ちゃんはどうしても一歩先へとは進んでこない。
おかげで私は他所から関係を尋ねられても大好きな幼馴染としか答えられなくて、何度も歯がゆい思いを味わっていた。
(史郎お兄ちゃん意外とモテるんだもんなぁ……あいつの愛人だった女も今じゃ職場に通い詰めてきてるし……ま、まさかあんな誘惑に引っかかったりしてないよねっ!?)
余りの遅さにもう一度時計を見つめながら、そんな不安に襲われかける私。
「ただいま……ああ、声かけるって言ったのにもう待っててくれたんだ……待たせてごめんね……」
「お、お帰り史郎お兄ちゃんっ!! ほ、本当に遅いよぉもぉっ!!」
「お帰り史郎……何かあったの?」
「いや残業と……亮が来てたから少しだけ話してた……いや本当に待たせてごめん」
部屋に入ってきた史郎お兄ちゃんは私たちを見るなり嬉しそうに微笑んだかと思うと、すぐ申し訳なさそうに頭を下げてきた。
そんないつも通りの史郎お兄ちゃんの姿に、私は自分の考えが杞憂ではないかと思って少しだけほっとしてしまう。
(や、やっぱり私の考え過ぎだったのかなぁ……そ、そうだよね別に今決めなくてもいいもんね……もう少しこの関係のままで……)
「もぉ~、しょぉがないんだからぁ~……それじゃあ罰としてぇきょぉは私と一緒にお風呂にぃ……」
「な、何言ってるの直美っ!? 抜け駆けは駄目なんだからぁっ!! ど、どうしてもって言うなら私も……」
「亜紀……直美ちゃん……そう言うのも含めて……俺、答えを出そうと思ってるんだ……」
「「っ!?」」
いつも通りおどけながら史郎お兄ちゃんにアピールしようとした私とお姉ちゃんに、返ってきたのは物凄く真剣そうな声だった。
驚いて史郎お兄ちゃんを見れば、何かを決意したようにまっすぐ私たちを交互に見つめてきている。
途端に私の心臓は張り裂けそうなほど高鳴り始めた。
(う、嘘……ほ、本当に史郎お兄ちゃん私かお姉ちゃんか……決めちゃったの……?)
「本当のこと言うと、俺二人のこと大好きで……小さい時からずっと一緒に居るのが当たり前だったし、これからも二人の傍に居たいって考えてた……愛してるって自覚してからも……酷い話だけど選ぶことなんかできなくて……何とかうやむやのまま……二人とも手放さずに付き合っていきたいとか考えてた……だけど実際に二股かけてたあの男を見て……そんなのに振り回されて苦しんでたお義母さんを見て思ったよ……やっぱりちゃんと選ばなきゃって……」
何も言えないでいる私たちの前で、史郎お兄ちゃんは何処か苦しそうにしながらも私たちから目を逸らさず口を動かし続ける。
「こんなに遅くなってごめん……本当はもっと俺が早く決めるべきだったのに、こんなにも引っ張って……」
「べ、別に気にしなくていいのに……そ、それにせっかく私が同じ高校入ったんだからもう少し一緒に遊んでからでも……」
「そ、そうだよ史郎……わ、私たち幾らでも待つから……だから……」
「ありがとう二人とも……だけど今決めないとどこまでもズルズル行きそうだから……それに二人ともモテるのに……俺なんかがいつまでも引っ張ってたらそれこそ青春を無駄にしちゃうかもしれないからさ……」
「っ!?」
何だかんだでずっと目を逸らしてきた現実が目の前に突きつけられたようで、私は胸が苦しくなってくる。
(そ、そうだよね……史郎お兄ちゃんと付き合えるのは一人だけ……結婚だって……だからフラれる方は早めに割り切るためにも……新しい恋愛をするためにも……だけど……だけどぉ……そんなの嫌ぁ……)
もしも史郎お兄ちゃんに選ばれなかったらと思うと、それだけで涙が滲んできてしまう。
まして他の誰かと付き合うなんて考えられない。
だって私もずっと史郎お兄ちゃんの傍に居たのだ……そしてこれからもずっと傍に居たい。
「だからさ……あ……」
「「だ、駄目ぇっ!!」」
「えっ!?」
気が付いたら亜紀お姉ちゃんと一緒に叫んで史郎お兄ちゃんに飛びついていた。
唐突な行動に目を丸くした史郎お兄ちゃんは、それでも反射的に私たちを受け止めて……流石に勢いを殺せず床に押し倒された。
そんな史郎お兄ちゃんの上に泣きながら覆いかぶさる私たち。
「し、史郎っ!! お願いだからその先は言わないでっ!!」
「あ、亜紀っ!?」
「い、嫌なのぉっ!! 史郎お兄ちゃんが選ぼうとしてくれてる気持ちは嬉しいけどやっぱり耐えられないよぉっ!!」
「な、直美ちゃ……っ!?」
苦しみを吐き出すように、私たちは史郎お兄ちゃんの前で泣きわめき続ける。
「え、選ばなくていいからっ!! お願いだからっ!! 見捨てないでよ史郎ぉっ!!」
「そ、そうだよっ!! 無理して決めなくていいからっ!! お姉ちゃんといっしょで良いからっ!! ずっと傍に居てよぉっ!!」
「ふ、二人とも……け、けど俺は君たちを不幸にはしたくないんだ……ずっと笑顔でいて……っ」
「不幸なんかじゃないからっ!! 周りが何て言おうと史郎お兄ちゃんが居られればそれで平気だからっ!!」
「史郎と離れなきゃいけないほうが嫌だよっ!! これからも遠慮なく史郎と一緒に居たいもんっ!!」
どうしようもない我儘を叫んでいると、頭の片隅では自覚しているがどうしても止まれなかった。
本当は史郎お兄ちゃんが正しくて、私たちは堪えて受け入れるべきなのだろう。
もしそれでフラれても将来的には……何十年も先にはきっと笑って話せるようになるかもしれない。
ついさっきまではそう理解していたはずだった、だけどやっぱり実際にこうなると今の私にはとても耐えられなかった。
(し、史郎お兄ちゃんと付き合えないなら……遠慮して距離を取って生きてくぐらいなら……し、死んじゃったほうがましだもんっ!!)
「……ごめん、二人とも……ごめんっ!!」
「し、史郎ぉ……あ、謝らないで良いからぁ……うぅ……」
「し、史郎お兄ちゃぁん……わ、私たち……ぐすっ……い、一緒でいいでしょぉ……」
謝りながらも力強く私たちを抱きしめてくれる史郎お兄ちゃん、そのいつも感じているぬくもりに浸っていると安堵感が胸に湧き上がってくる。
本当に頼りがいのある史郎お兄ちゃんは、いつだってこうして私たちを守ってくれて……幸せにしてくれて来た。
だから今も、こんな我儘を言っているにも関わらず守ってほしいと……このままここに居させてほしいと願ってしまう。
「ああ……そうだよな……ごめんよ、俺二人を泣かせないって誓ってたのに……ずっと笑っててほしかっただけなのにこんなにも涙を流させて……ごめん、本当に馬鹿だったよ俺……」
「う、ううん……史郎お兄ちゃんは悪くないよぉ……け、けどぉ……」
「わかってる……ああ、もうわかったっ!! 俺も正直になるっ!! 周りから何て言われようと構わねぇっ!! 俺が最低な奴になったって亜紀と直美が笑っててくれれば十分だっ!!」
「ぐすっ……し、史郎ぉ? な、何言ってるのぉ?」
縋りつく私たちを、もう一度強く抱きしめた史郎お兄ちゃんは何やら覚悟を決めたような……それでいてヤケクソじみた声を発した。
そして驚いて一瞬涙を止めた私たちを史郎お兄ちゃんはまっすぐ見つめながら大声で叫んだ。
「決めたよっ!! 俺……俺は……二人とも大好きだっ!! 本当は選べないっ!! だから、こんなクソ野郎だけど……二人とも一緒に付き合ってくれっ!!」
「え……ふぇぇっ!?」
「あ……えぇええっ!?」
史郎お兄ちゃんの告白に、私たちは今度もまた涙を止めてさらに驚きの声まで上げてしまうのだった。
「頼む亜紀、直美……二股を提案するような最低な俺だけど絶対に幸せにするからっ!! もう二度と泣かせないからっ!! も、もしも嫌になったらいつでもわ、別れ……と、とにかく頼むから俺と付き合ってくれっ!!」
「し、史郎ぉ……史郎史郎史郎ぉおおっ!!」
「う、うんうんうんっ!! い、良いに決まってるよぉおっ!!」
「ありがとう二人とも……大好きだっ!!」
途端に笑顔になった私たちを見て、史郎お兄ちゃんは未だヤケクソじみた勢いのまま……それでも笑顔を向け返してくれた。
そして史郎お兄ちゃんは、私たちに向けてそっと顔を近づけてくるのだった。
「愛して……お、お袋ぉっ!?」
「愛してるよ史郎お兄ちゃんっ!! だから先に私とキ……お、お母さぁんっ!?」
「愛してるよ史郎っ!! だからファーストキスは私と……お、お母さんっ!?」
「ドアを開けて叫んでるからつい……本当にごめんなさい霧島さん、うちのバカ息子が」
「窓の外から声が聞こえたからつい……いいえぇ、こちらこそ手のかかる不束な娘二人をよろしくお願いします」
「「「は、恥ずかしいから止めてぇええっ!!」」」
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