史郎お兄ちゃん㉜
次かその次が最終話の予定です。
「し、史郎お兄ちゃんっ!?」
「あっ!? な、直美駄目よっ!!」
気が付いたら私はお母さんたちを振り切って史郎お兄ちゃんの後を追いかけていた。
あんな悲鳴が上がるぐらいだから、何か危険な状況だというのはわかっている。
だからこそ、そんな場所に史郎お兄ちゃんを一人で向かわせたくなかった。
「い、いやっ!? や、止めてよっ!!」
「うるさいっ!! こんなにしてやったのにお前まで裏切りやがってぇっ!! くそっ!!」
「止めろお前っ!! 何してんだっ!!」
「あぁっ!? 何戻ってきてんだクソガキっ!! お前には関係ないだろうがっ!!」
一足先に部屋の中に戻った史郎お兄ちゃんと元父が叫び合う声が聞こえてくる。
(な、何がどうなってんのか分かんないけど……無理しないで史郎お兄ちゃんっ!!)
史郎お兄ちゃんの身を案じながら遅れて部屋の中に入った私が見たのは、元父が愛人の女の人に馬乗りになりながらこちらを睨みつけている姿だった。
その拳は固く握りしめられていて、また女の人の顔には赤い痕が付いていることから間違いなく暴力を振るっていたのだろう。
「な、何してんのよあんたっ!?」
「な、直美ちゃんっ!? な、何でここにっ!?」
「あぁあああっ!! うるせぇえっ!! どいつもこいつも俺を馬鹿にしやがってぇええっ!!」
思わず叫んでしまったせいで私は皆から注目を集めてしまう。
更に悪いことにそれが元父の何かを刺激してしまったらしく、女の上から立ち上がるとまっすぐ私のほうに向かい拳を振り上げてきた。
「きゃぁっ!?」
「直美ちゃんっ!?」
恐ろしさのあまり悲鳴を上げて蹲った私だけど、すぐに史郎お兄ちゃんが間に入って抱きかかえるようにして守ってくれた。
だけどそのせいで史郎お兄ちゃんが背中を思いっきり殴りつけられてしまう。
「し、史郎お兄ちゃんっ!?」
「っ!? な、直美ちゃん大丈夫っ!? 怪我してないっ!?」
「う、うん私は平気だけど……」
「そうか、よかったぁ……てめぇっ!! 俺の直美に何しようとしやがったぁっ!?」
私には安心させるためにか笑顔を向けてくれた史郎お兄ちゃんは、だけど元父へと振り返ると今まで見たことがないぐらい激しく怒りを露わにした。
「な、なんだ急にっ!? お、俺はただ……」
「黙れっ!! 自分がしたこと棚に上げて女に当たってんじゃねぇっ!!」
「っ!?」
史郎お兄ちゃんの余りの険相に元父は圧倒されたようで、言葉を詰まらせながら後ずさり始めた。
ここまで迫力のある史郎お兄ちゃんを見たのは初めてだった。
(け、けど今 俺の直美って……わ、私の為にこんなに怒ってくれてるんだ……嬉しいなぁ……じゃ、じゃなくて今はそんなこと考えてる場合じゃないからっ!!)
思わず史郎お兄ちゃんの言葉に浮かれてしまいそうになった私だが、目の前の修羅場を何とか思い出した。
「大体俺はまだお前のしたこと許してねぇんだっ!! お義母さんの顔を立てて我慢してやったけどなぁ、俺の愛する女性を苦しめたお前のことはぶん殴ってやりたいぐらいなんだぞっ!!」
「う、うるさいっ!! お、お前みたいなガキに俺の何がわかるっ!?」
「わからねぇよっ!! 一度は結婚するほど愛した女を……いやそれだけじゃねぇっ!! それにそこにいる女だって一応は愛情を交わした相手だろうがっ!! そんな相手を大切にするどころか傷つけて苦しめるような屑のことわかりたくもねえよっ!!」
「……っ」
自分のことに言及された女の人は、何やら思うところがあるのかどこか恥ずかしそうに顔を上げて史郎お兄ちゃんを見つめ始めた。
もちろん私も史郎お兄ちゃんのやることなすことにドキドキしながらも目を離せないでいる。
「え、偉そうなことほざくなぁっ!! お前だってなぁ、あいつみたいな……最初の告白から結婚まで俺に流されるままで自分から全く愛情を示そうとしない女や金の話しかしねぇ女を相手にしたらこうなるんだよっ!!」
「絶対にならねぇよっ!! 俺はもしも……仮に好きな女の子がどんな奴になったとしても、その子が傍にいてくれるなら絶対に裏切ったり……泣かせたりしねぇよっ!! それにそもそもなぁ……直美ちゃんも亜紀もそんな子じゃねぇんだよっ!!」
「あぁああああああっ!! ガキの分際でぇええっ!!」
「し、史郎お兄ちゃんっ!?」
「直美ちゃんちょっと下がっててっ!!」
再び殴り掛かる元父を前に、史郎お兄ちゃんは私を部屋の隅へと追いやるとむしろ自分から前へと進み出て行った。
そんな史郎お兄ちゃんの顔に思い切り振り被った元父の拳がぶつかる……前にさっと身を翻し躱して見せた。
そして史郎お兄ちゃんは元父の伸び切った腕と胸ぐらをつかみ上げると、そのまま一本背負いへと持ち込み居間の床に背中から叩き落とした。
「がはぁっ!?」
「ふぅ……ありがとう直美ちゃん下がってくれて……おかげで投げるスペースが出来たよ」
「……す、すっごぉい史郎お兄ちゃんっ!? い、いつの間にこんな技をっ!?」
「いやあの……笑わないでよ……たまに俺カーテン閉め切ってる時あったでしょ……実はちょくちょく隠れて身体鍛えてたんだ……」
「ふぇぇっ!? そ、そぉだったのぉっ!? な、直美てっきりオ……何かしてるのかなぁって思ってたけど……」
驚いて思わず素で下ネタを洩らそうとして、愛人の女の人の存在を思い出して慌てて誤魔化した。
「あ、あはは……色々と体力付けておこうかなぁってのと……ほ、本当に恥ずかしい話だけどさぁ……な、直美ちゃん達がどんどん美人で可愛くなっていくから変な男に絡まれた時に守れるようにとか……す、少しでも釣り合いがとれるように逞しい男に成りたいなぁって思ってて……」
「そ、そぉだったんだぁ……べ、別に恥ずかしい話じゃないじゃん……むしろそこまで想われてて嬉しいって言うかぁ……同じこと考えてたんだなぁとかぁ……」
「お、同じこと?」
「あっ!? な、なんでもなぁいっ!! そ、それよりこの後どぉするのぉ?」
史郎お兄ちゃんの突っ込みに慌てて話題を逸らそうと、視線で元父と愛人の女性を指し示して見せる私。
尤も元父の方は背中からとは言え思いっきり地面に叩きつけられたために、痛みで呻くばかりでもう立ち上がる気配もない。
「そうだね、色々とやらないといけないだろうけどとりあえずは……立てますか?」
「え……あ……は、はい……」
「じゃあ俺たちと一緒に安全な場所まで避難しましょう……もうここに入れないでしょうからね」
「わ、分かりました……あなたに……ついていきます」
呆けたように史郎お兄ちゃんを見つめていた女の人は、少しずつ顔色を赤く染めながらこくんと素直に頷くのだった。
(むぅ……な、なんか瞳が潤んでないこの人ぉっ!? そ、それに史郎お兄ちゃんを見る目付きが妙に……そ、そりゃあピンチに颯爽と現れて助けてくれたんだから見惚れるのも無理ないだろうけどさぁ……うぅ、本当に史郎お兄ちゃんは少しは自分がどれだけ凄い人なのか自覚してよぉ……)
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