史郎お兄ちゃん㉚
三十話以内に収まりませんでした。
もう少しだけ続きます、すみません。
「あぁん? 誰よあんたら?」
あの男が暮らしているというマンションの一室を尋ねた私たちを出迎えたのは、濃い化粧をして髪を染めている女の人だった。
「初めまして、私はこういう者です……」
「いや名刺なんかいらな……べ、弁護士ってっ!? わ、私何もしてないわよっ!?」
面倒くさそうに私たちを睨みつけていた女の人は、だけど弁護士さんの名刺を見た途端にさっと顔色を変えて首を横に振り始めた。
「よく言うわよっ!! あいつと浮気してるくせにっ!! 全部知ってんだからねっ!!」
「な、何よあんたっ!? てゆーか何なのよあんたらはっ!?」
「……ここであなたが同居している男の人の身内……奥様と娘に当たる人たちですよ」
「っ!?」
女の人は史郎お兄ちゃんの言葉を聞くと、今度は目を見開くと私たちの顔を順番に眺め始めた。
その表情にはありありとヤバいという思いがにじみ出ていて、浮気している自覚があったことをはっきりと示していた。
「少しお話したいことがありますのでお時間を頂きたいのですがよろしいでしょうか?」
「じょ、冗談じゃないわよっ!! う、浮気とかあの男が勝手にしたことだしあたしには関係ないっしょっ!?」
「知っていて関係を持った時点であなたにも責任は発生しますよ……それより肝心のあの男は……」
「し、知らないわよそんなことっ!! 朝から出てってそれっきりだし、仕事でも行ってんじゃないのっ!?」
叫び声をあげる女だが、今日という日を指定したのはあの男なのだから仕事が重なっているのはあり得ないだろう。
だけど軽く入り口から部屋の中を眺めて見る限り、確かに他の人が居る気配はなさそうだ。
(や、約束してたのに逃げたってことぉっ!? ど、どこまでふざけんのよあいつぅっ!!)
「そうでしたか……ちなみに本日私たちと話し合いをする約束をしていたのですがその話は知っていましたか?」
「な、何よそれっ!? 何も聞いてないわよっ!? ああもう、どうなってんのよこれぇっ!?」
苛立った様子で髪をかき上げる女の人、その様子からは嘘をついているようには見えなかった。
「なるほど、それでは仕方ないですね……では今日のところはあなたの責任と今後についてのお話を……」
「だ、だからあたしは関係ないって言ってるでしょうがっ!! くそっ!! あのおっさん何が生活には不自由させないよっ!? こんな厄介ごと持ち込みやがってぇっ!!」
「……あなた見たところまだ大学生ぐらいの歳よね? どうしてこんなことをしたのかしら?」
醜悪なまでに顔を歪めてこの場にいないあの男に向けて悪態をつく女にお母さんが静かに語り掛けた。
「あ、あんたにはかんけーないでしょっ!! 大体何で今更女房面して押しかけてきたのよっ!?」
「それも聞いてないの……というかあんた何も知らないの?」
「し、知るわけないでしょうがっ!? 所詮あの男とは金だけの関係なんだからっ!!」
はっきりと言い切った女の口調からは、確かにあの男に対する愛情は全く感じ取れなかった。
「あ、あんた……お金のために既婚者だって分かってる男と関係を持ったの……何よそれ……信じられない……」
「う、うっさいっ!? あたしがどんな男と寝ようとあたしの勝手でしょうがっ!! それに気持ち良い事してお金を貰えんのよっ!! こんな楽な生活ないでしょうがっ!!」
「お金のために好きでもない男の人と関係を持つなんて……そんなの絶対間違ってるよ……」
ヤケクソなのか本音をぶちまける女の人に、お姉ちゃんが悲し気に呟いた。
私も同じ気持ちで、何やら怒りを通り越して虚しくなってきてしまう。
(私は史郎お兄ちゃんが大好きだから他の人と関係を持つなんて絶対に嫌だ……だから仮に家計がピンチでもそう言うことしないで普通に稼ごうって思うけど……この人はそう言う心の底から好きだって想える人が居なかったのかなぁ……それともそう言う想いに気づけなかったのかなぁ……)
もしも私や亜紀お姉ちゃんが史郎お兄ちゃんと幼馴染でなかったり、愛情を自覚できていなかったらどうなっていただろう。
少しだけ疑問に思うけど、すぐに私は首を振ってその思考を吹き飛ばす。
(そんなの決まってる、直美は何が起ころうと絶対に史郎お兄ちゃんを好きになるもんっ!! 考えるまでもないやっ!!)
「う、うっさいっ!! そんなこと他人に言われたくないわよっ!!」
「まあそれはともかくだ、浮気等の証拠を元に俺たちはあの男に慰謝料等を請求するつもりでいる」
「か、勝手にすればいいじゃないのっ!! とにかく女の私は関係ないから……」
「いいえ、慰謝料に性別は関係ありません……こちらの意思次第ではあなた様にも請求することは可能です」
「はぁっ!? う、嘘でしょぉっ!? あ、あの男だけじゃなくてっ!? わ、私も払うのっ!?」
弁護士さんの言葉に女の人はまたしても心底驚いたとばかりに叫び声をあげた。
しかし再度弁護士さんが頷くところを見ると、途端に先ほどまでの威勢はどこへやらオドオドとし始めてしまった。
「そ、そんなぁ……あ、あの……どうにか私だけでも勘弁していただけないでしょうか……?」
更に女の人は私たちの顔色を窺うように下出に出始めた。
(なんかお金のためにこんなに露骨に態度が変わるなんて……本当にどうしようもない人……私たちやお母さんよりこんな女を選んだあの男って……本当に馬鹿なんだなぁ……)
こんな人たちのために私たちがあれほど悩まされてきたのだと思うと、本当に馬鹿馬鹿しくなってくる。
「……話次第では考えなくもありませんよ」
「えっ!? ほ、本当ですかっ!?」
「し、史郎お兄ちゃん?」
そんな彼女に史郎お兄ちゃんがまるで助け舟を出すような発言をして、思わず私はその顔を見つめてしまった。
「別にこの女を追い詰めるのが目的じゃないでしょ? 大事なのは霧島家がこれからも安心して暮らしていける下地作りだよ、違う?」
「うぅ……そ、それはそうだけどぉ……」
「だから追い詰めるのはあの男だけでいいし、それに協力してくれるなら彼女は見逃しても良いと思う……実際に浮気されたおばさ……お義母さんが許してくれればだけど……」
「あっ!? ご、ごめんなさいっ!! すみませんでしたっ!! 協力しますから許してくださいっ!!」
史郎お兄ちゃんの言葉を聞いた女の人はお母さんに向かって土下座し始めた。
(凄い……打算付きとは言えこの女の人に浮気したこと謝らせちゃったよぉ……)
今までどこか舐めた態度をとっていた女がようやく頭を下げた事実に、私は少しだけスカッとした気がした。
だけど史郎お兄ちゃんの言う通り、一番大事なのはお母さんの気持ちだ。
それに気づかなかった自分を恥じつつ、またちゃんとそこまで考えていた史郎お兄ちゃんを尊敬しながらも私はお母さんへと視線を投げかけた。
「……もういいわ、頭を上げてちょうだい」
「あっ!? そ、それって……っ!?」
「……良いんですねお義母さん?」
「ええ……史郎さんが言う通り、大事なのは復讐することじゃなくて私たちが幸せに暮らしてくことですものね……それに一番悪いのはあの人ですから……尤も、父親を奪われた娘たちが許せばですけど……」
そう言ってお母さんは私たちを見て微笑むのだった。
「まあ私はお母さんが良いって言うなら別に……」
「わ、私だって史郎お兄ちゃんの提案に逆らうわけないじゃんっ!!」
「あ、ありがとうございますっ!! そ、それで私は何をすればいいんですか?」
「君にはあいつと連絡を取って呼び出してほしい……俺たちの連絡は無視するだろうけど何も知らないはずの君からの連絡ならきっと受け取るだろうからね……適当な理由をつけてこの家に呼び出してくれ」
「は、はい……じゃ、じゃあ早速やりますから……も、もしもし……あ、あのさ今日は何時ごろこっちに帰って……う、うん……べ、別に何も……ただ早く会いたいなぁなんて……」
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