史郎お兄ちゃん㉙
「はぅぅ……お、落ち着かないよぉ……」
「も、もぉ亜紀お姉ちゃんたらぁ……し、深呼吸深呼吸ぅ……ひっひっふぅ……」
「それはラマーズ法でしょうが……直美ちゃんも落ち着こうね」
「あなた達が緊張してどうするのよ……無理してついてこなくてもよかったのに……」
喫茶店の一角に座りながらも、どうしても落ち着かずソワソワしている私たちを史郎お兄ちゃんとお母さんが呆れたように見つめている。
(うぅ……こ、こんな状況で冷静な二人がどうかしてるんだよぉ……)
何せこれから全ての元凶である父との最終決戦が始まるのだ。
幾ら状況が有利だからと言われても、事前の準備に殆ど関われなかった私たちにはあまり実感がない。
おまけにすぐそばに座る弁護士さんという存在も、私たちの緊張に拍車をかけている。
「出来るだけ感情的にならないよう努めてくださいね」
「はい、今日はお願いします」
「お任せください、これが仕事ですから」
「本当に助かります……私たちだけだとあの人まともに話も聞いてくれなそうですから……」
お母さんと史郎お兄ちゃんが共に並んで座る弁護士さんに頭を下げている。
今日まで相談に乗ってくれた人みたいで、まだ若いけれどかなり優秀な人らしい。
一応私とお姉ちゃんも頭を下げてみるけど、向こうは軽く会釈を返すだけで特に何も話しかけてはこなかった。
(物凄く淡々としてるって言うか冷静というか……ま、まあその分頼りがいはありそうだけど……)
「確かに亜紀や直美ちゃんから話を聞いた限りだとこっちを思いっきり見下してるみたいだし……俺が同席して口をはさんだところで子ども扱いされるのがオチだからなぁ……」
「いえ、雨宮さんならお一人でも何とかなされたと思いますよ……現状に至るまでの冷静な行動の数々と手腕……もし成人していたらうちの事務所で雇いたいぐらいですよ」
「い、いやそれほどでも……お、お世辞なんか止めてくださいよ」
「お世辞ではありませんよ……何でしたら卒業後の進路の一つとしてお考え下さい」
淡々と感情を込めず呟く弁護士さんの言葉は、だからこそむしろ逆に説得力を感じさせる。
史郎お兄ちゃんがそこまで評価されているのは嬉しかったけど……それ以上に私は不安を覚えてしまう。
(ほ、本職の人に認められるとかぁ……し、史郎お兄ちゃんが凄いのは知ってたけどここまでとは思わなかったよぉ……ひょ、ひょっとして直美たちって史郎お兄ちゃんに全然釣り合ってないんじゃ……?)
実際の所、私も亜紀お姉ちゃんも結構告白とかされる程度には見た目は良いほうだしスタイルだって優れている。
もちろん史郎お兄ちゃんだって同じぐらい格好良いと思うけど、だからこそ釣り合いが取れていると内心では思っていた。
だけど史郎お兄ちゃんは中身もどんどん成長して立派になって行っている。
それに比べると私は……ただのお子様でしかない気がしてくる。
(うぅ……お、お姉ちゃんは……どうなんだろう?)
そっと亜紀お姉ちゃんの方を見つめると、嬉しさと困惑さが入り混じったような複雑な表情をしていた。
多分私と同じような思いを抱いているのだろう。
(だけど亜紀お姉ちゃんは働きながら学力も維持してる……少なくとも直美……ううん私よりはずっと大人だよね……私より釣り合って……うぅ……)
『結婚できるのは……一人だけだから……』
史郎お兄ちゃんが言っていたことを思い出して、私はさらに不安になってしまう。
私かお姉ちゃんのどっちかをちゃんと選ぶと宣言した史郎お兄ちゃん。
それが私たちを大切に想っての発言だとはわかっている……だけどだからこそもしも選ばれなかったらと思うと怖くて仕方がなかった。
(もしフラれても史郎お兄ちゃんのことだから態度が変わったりはしないだろうけど……それでもあの口ぶりだと絶対に浮気というかそう言う風に見えるような真似は許してくれないだろうなぁ……うぅ……)
「……遅いですね、約束の時間はもう過ぎているのに……ずぼらな方なのですか?」
「かなり……それでいて面倒くさがりでもあるし……目の前の問題から目を逸らすたちなので……」
「では今日は来ない可能性があるわけですね、でしたら相手の家を直接訪ねることも考えていきましょう」
「そうねぇ……亜紀に直美……聞いているの?」
「ふぇぇっ!? も、もちろんだよぉっ!?」
「き、聞いてるに決まってるよっ!! あ、あいつ全然来ないねぇ~」
お母さんに話しかけられて私たちは現実に立ち返ると、慌てて首を振って見せた。
(あ、危ない危ない……今はこんなこと考えてるばぁいじゃないのぉっ!! あいつとすっぱり縁を切ることだけを考えなきゃっ!! けど本当に遅いなぁ……)
史郎お兄ちゃん曰く、弁護士さん経由で連絡を取ってようやく重い腰を上げた向こうが指定したのがこのお店なのだという。
そこに出向いてきてあげたのに、これで来ないのならばそれこそ住んでいるところに乗り込むしかない。
「史郎お兄ちゃん、あいつの住んでる場所はわかってるんだよね?」
「ああ、調べはついてるから……もう少し待って来なかったら連絡して、それでも返事が無かったら行ってみよう」
「はぁい」
素直に返事をして私は皆と一緒にあいつが来るのを待った。
だけど結局あいつがここに来ることはなく電話にすら出なかったため、私たちは直接あいつの家に向かうことにしたのだった。
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