史郎お兄ちゃん㉖
「ここも計算ミス、こっちも……直美ぃ、ちゃんと集中しなさいよぉ」
「うぅ……わ、わかってはいるんだけどさぁ……」
今日も勉強をしていた私だが、最近計算ミスなど細かい間違いが増えてきている。
原因は亜紀お姉ちゃんの言う通り、どうしても意識を集中できないからだ。
まだ全体的な成績にはそこまで響いていないが、こんな調子が続いたら流石に問題だ。
「まあ気持ちはわかるけどね……やっぱりどうしても気になるもんねぇ……」
「う、うん……史郎お兄ちゃんを信じていればいいって頭では分かってるんだけどぉ……」
言いながらチラリと横目で隣の史郎お兄ちゃんの部屋を眺めるが、窓は締め切られていて明かりも消えたままだった。
(やっぱり時間かかるものなのかなぁ……それともやっぱり厄介な案件だから……うぅ……心配だなぁ……早く帰ってきてよぉ史郎お兄ちゃん……お母さん……)
「本当にドキドキしちゃうよねぇ、弁護士さんとなんか普通関わらないから余計に……だけどやっぱり史郎は凄いねぇ……ここまで考えてくれてたなんて……それも私たちの為だけに……」
「うん……やっぱり史郎お兄ちゃんは格好良いよねぇ……」
何処か惚気るような口調で呟いたお姉ちゃんだけど、その気持ちは私にもよくわかった。
(まさかとっくの昔にあの男の住んでる場所と浮気の証拠まで掴んでて、しかも弁護士さんの連絡先も用意してあったなんて……おまけのその理由が理由だもんねぇ……)
『もしも何かあって二人と引き離されるような状況になったらと思って、あらかじめ準備しておいたんだ』
真剣な顔でそう言い放った史郎お兄ちゃんが語るには、実のところ霧島家の状況を知った時点から既に行動に移していたのだという。
何かの間違いでお姉ちゃんと私があの男に引き取られそうになったり、今回のように変な要求をされて困らないように考えてのことだったようだ。
それでも今まで何も言わないで来たのは万が一にも霧島家が再構築を選んだ場合に余計な枷にならないためだったらしいが、こうなった以上……私たちを泣かせた以上は容赦はしないと断言してくれた。
(本当に凄いなぁ史郎お兄ちゃんは……しかもこれ全部自分には何の得にもならないことだしおまけに無駄になるかもしれないのに時間とお金を使って準備してくれてて……挙句に恩着せがましいこと一つ言わなかったし……私たちが笑っててくれればそれで十分だって……えへへ、もぉ史郎おにいちゃんたらぁ……)
ここまで想われている事実を知って、そしていざというときの頼りがいを再認識した私はますます史郎お兄ちゃんに惚れこんでしまった。
そんな素敵な男の人が私たちを全力で守ってくれているのだ。
だから私はその想いに答える意味でも、お勉強を頑張らなければいけないのだが……やはりどうしても不安は消しきれない。
(あの史郎お兄ちゃんがこれだけ証拠があれば大丈夫だって言いきってくれたし、弁護士さんだって前向きみたいだったからあの男に関しては何も問題はないはずなんだけどさぁ……遅すぎるよぉ二人ともぉ……)
気が付けば時計を見上げていて、そのたびにため息をついてしまう
史郎お兄ちゃんがお母さんと一緒に弁護士さんの所へ直接お話をしに行ってからもうかなりの時間が過ぎている。
ひょっとして何かあったのではないか、そんな不安が頭をよぎって離れないのだ。
(あの男もあんなお手紙送ってくるってことは何か対策考えてるかもだし……もしも駄目だったら私たち中卒で働いて……それ自体は良いけど住む場所とかどうなっちゃうんだろう……し、史郎お兄ちゃんとも疎遠になっちゃうのかなぁ……うぅ……それだけは嫌だよぉ……)
どうしてもそう言う嫌な考えが抜けなくて、私は勉強に集中しきれないでいるのだった。
(はぁ……史郎お兄ちゃん早く帰ってこないか……あっ!?)
そこでインターホンが鳴る音がして、私と亜紀お姉ちゃんは顔を見合わせるとすぐに弾かれたように玄関へと向かうのだった。
「お、お帰りお母さ……っ!?」
「よぉ、久しぶりだなお前ら……元気にしてるか?」
「っ!?」
だけどそこに姿を現したのは、憎らしい顔で厭らしく嗤う……遠い記憶にしか残っていなかったあの男だった。
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