平日の夜⑩
「……何してんだろ俺」
ぼんやりと駅のホームで椅子に腰かけて、目の前を通り過ぎる電車を見送っていた。
仕事はたまる一方で、いくら終わらせても評価すらされず罵倒される毎日。
そして貰える給料は微々たるもので、生活費を払えば殆どが消え去っていく。
(こんな辛いだけの生活を続ける意味あるのか……)
もう何度目かになる電車を見送る。
あの電車の前に飛び出せば全て終わらせられるのだ。
色んな人に迷惑をかけることになるだろうが……直美に掛かる迷惑は多少減るはずだ。
(家で自殺したら確実にあの子が俺を見つけるだろうからなぁ……)
父も母も既に交通事故で他界している。
他の親戚は頭のおかしい隣人に関わっていた俺を嫌って絶縁状態だ。
そんな俺にはもう直美ぐらいしか親しい人間は居ない。
(だけど直美ちゃんには幾らでも親しい人が居る……作れるはずだ……いつまでもこんなおっさんに関わらせてちゃ駄目だよなぁ……)
やはり生きていることに意味を見出せない。
せめて勇気を出してこの辺りで人生を終わらせるべきかもしれない。
俺はゆっくりと立ち上がるとホーム際へと立った。
そしてやってきた電車を見つめて、俺は黄色い線を乗り越えて一歩前に進み出た。
『おっじさーん、直美ほしいものがあるのぉ~』
脳裏に直美の顔が浮かぶ。
直美の声が蘇る。
(最後に何か買ってあげてから……貯金を使い切ってからでいいな……)
最後の一線を越えようとするたびに、俺は直美に救われている。
お陰で今日も無事に家に帰り着くことができた。
後は何も考えず眠るだけだ。
「……あれ、この匂いは?」
家に入るなり何か香ばしい匂いが漂ってきた。
つられるままに居間へと入った俺は、食卓に突っ伏して眠る直美を見つけた。
「すー……くぅ……」
「……直美ちゃんに、カレーライス」
台所を覗くと鍋にカレーが出来上がっていた。
俺の為に夕食を作って待っていてくれたようだ。
(俺が駅でのろのろしてたから……)
ただ申し訳なくて、ただ……嬉しくて仕方がなかった。
俺は涙が収まるのを待ってから、優しく直美を起こすのだった。
「直美ちゃ……お風呂洗ってくるね……」
「むにゃぁ……あれぇ……あぁっ!? か、カレーが掛かって服にシミがぁっ!? おじさんのばかぁっ!?」
食べ終わった皿の上に倒れ込んでいた直美は、カレーに塗れたまま俺に殴りかかってくるのだった。
「もっと早く帰ってきてよぉ~っ!! おじさんの馬鹿ぁっ!!」
「わ、わかったから、次からできるだけ早く帰るから許してぇ……」
「この洋服お気に入りだったのにぃ~っ!! 今度新しいの買ってもらうからねっ!! 時間空けておいてよぉっ!!」
「うぅ、わかりましたぁ……」
俺は違う意味で涙が流れて来るのだった。
(今月の食事は食パンが主食になりそうだぁ……うぅ……ひもじいよぉ……)




