史郎お兄ちゃん㉕
「……あ、あいつ何考えてんのこれぇっ!!」
「直美ちゃん、気持ちはわかるけど落ち着いて……」
「うぅ……けど史郎ぉこんなのあんまりだよぉ……お、お母さん大丈夫? 無理しないでね」
「大丈夫よ……ある程度覚悟はできてたから……だけど困ったわ……」
帰ってきたお母さんの許可の下、封筒の中身を確認した私たちは憤慨していた。
本当は先に読んでしまいたかったけれど、お母さん宛ての郵便を勝手に開封するわけにはいかないと史郎お兄ちゃんに窘められたからだ。
万が一にもお母さんとあいつ、二人だけの話だったり娘の私たちには知られたくないような内容の可能性を考えての判断だったのだが……そんな配慮は無意味だったようだ。
何せ封筒の中には一方的にお母さんを嘲る内容の手紙と共に離婚届が入っていたのだから。
(ふざけてんのあいつっ!! 勝手に浮気して家を出て行っておいて、お母さんを妻としての務めを果たさない駄目な女扱いしてっ!? なんなのよぉこれぇっ!!)
まるでお母さんに問題があるかのような書き方をして、挙句に慰謝料を求めないでやるから代わりにさっさと離婚届にサインして家を出ろと書かれている。
しかもそこには私たちのことはほとんど書かれておらず、親権も面会する機会もいらない代わりに養育費も払うつもりはないとだけ記されていた。
あの男の余りの身勝手さに腹が立って、私は反射的に手紙を破き捨てようとした。
「駄目だよ直美ちゃん」
「し、史郎お兄ちゃんっ!? 止めないでっ!!」
そんな私を史郎お兄ちゃんは力強く制止してきた。
実際に伸ばした手を抑え込まれて、動かせなくなった私はそれでも必死で史郎お兄ちゃんに訴えようとする。
こんな不愉快な手紙は一刻も早く処分してしまいたい……顔色から青ざめているお母さんを見ているとなおさら強くそう思う。
「直美ちゃん、気持ちはわかるけど……これは重要な証拠になるかもしれないんだから取っておかないと駄目だ」
「……しょ、証拠って何言ってるの史郎お兄ちゃんっ!? お、お母さんはこんな手紙に書かれているような人じゃないよっ!!」
「わかってるよ直美ちゃん、俺の大好きな二人を……こんな素敵な娘を立派に育て上げた二人のお母さんがそんな人じゃないことは俺も良く知ってるよ」
「あ……」
はっきりと言い切ってくれた史郎お兄ちゃんの言葉に、私は一瞬我を忘れてその顔を見つめてしまう。
そんな私に少しだけいつもの大好きな笑顔を見せてくれた史郎お兄ちゃんはその後亜紀お姉ちゃんにも笑いかけると、すぐに真剣な表情になってお母さんに向き直った。
「それで、これからどうするつもりでしょうか?」
「まだ何も……どうすればいいかすら……史郎さんに言うことではないかもしれないけれど、正直なところ私は……ううん多分亜紀も直美も離婚は覚悟できてたと思うの……そうでしょ?」
「う、うん……」
「ま、まあそうなるだろうなぁとは思ってたけどぉ……」
お母さんの言葉に頷く私とお姉ちゃん。
「だからそのために色々と考えていたけれど、家賃とかが増えたら生活費が……この家はあの人名義だからいずれはこうなるって分かっていたけど……まさかこんなに早く……せめて二人が成人してくれるまでは待ってくれると……もしくは最低限の養育費は出してくれると信じてたから……一応これからあの人と連絡を取ってもう少し待ってくれないか掛け合おうとは思ってるけれど……」
「お、お母さんそんなことしなくていいよっ!!」
「そ、そうだよお母さんっ!! あんな奴に頭なんか下げなくていいからっ!!」
申し訳なさそうに呟いたお母さんに、私たちは慌てて首を横に振って見せた。
私たちの為にお母さんがそんなひどい目にあうなんて、とても我慢できなかった。
「だけど……そうしないとあなた達の学費だって……」
「それぐらい自分で稼ぐからっ!! ううん、何なら学校なんか止めて働いても良いからっ!!」
「そうだよお母さんっ!! 私たち家族でしょっ!! 部外者になったあんな奴頼らないで、家族皆で助け合って生活していこうよっ!!」
「亜紀……直美……ありがとう……だけど私は親としてせめてあなた達には余計な苦労をかけたくないの……だから……」
「私は……直美はお母さんが苦しんでるほうが嫌だよぉっ!!」
必死で叫んでいた私は、気が付いたら涙が滲んできてしまっていた。
お姉ちゃんもお母さんも同じようで、皆が悲しんでいるのが分かってしまい余計に胸が痛くなる。
(どぉしてあんな最低な男のせいで私たちが苦しまなきゃいけないんだろう……こんなのあんまりだよぉ……)
そんな私たちだけど、急に史郎お兄ちゃんが後ろから肩に手を乗せて囁いてきた。
「二人とも泣かないで……俺が何とかするからさ……」
「し、史郎お兄ちゃぁん……」
「し、史郎ぉ……うぅ……」
辛くて苦しかった私は反射的に救いを求めるように史郎お兄ちゃんに縋りついた。
お姉ちゃんも同じように縋りつく中、そんな私たちを史郎お兄ちゃんはしっかりと受け止めてくれた。
「史郎さん、いつも二人を支えてくれて本当にありがとう……だけどこの件は私が何とかしなきゃいけない問題なのよ……こんなことまであなたに頼るわけにはいかないわ」
「いいえ、そう言うわけにはいきません……さっき直美ちゃんが言ってた通り、この問題は家族の問題なんですから家族で助け合うべきです」
「だけど……ううん、だとしたらなおさら史郎さんを巻き込むわけには……」
「巻き込まれるわけじゃないです、むしろ関わらせてほしいんです……だって俺は将来……いや近いうちに家族になるつもりでいるんですから」
「っ!?」
当たり前のように宣言した史郎お兄ちゃんを見上げる私と亜紀お姉ちゃん、余りの衝撃に涙は止まっていた。
そんな私たちの視線にもまるで動じず、堂々とした態度をとり続ける史郎お兄ちゃんは……とっても格好良く見えてしまうのだった。
「俺は絶対にこの二人を泣かせたくないんです……幸せにしてあげたい……そのためなら何でもします……だからお願いです、どうか俺をこの問題に……霧島家の問題に関わらせてくださいっ!!」
「し、史郎さん……あ、頭を上げてちょうだい……」
「どうか……お願いしますっ!!」
頭を下げ続ける史郎お兄ちゃんをお母さんは困ったように見つめ続けていた。
だけどしばらくしてそんな史郎お兄ちゃんから離れようとしない私たちを見て、お母さんは涙を拭って深々と頭を下げ返してきたのだった。
「……こちらこそ、ご協力お願いします……亜紀と直美の為に知恵を貸してちょうだい」
「ええ、喜んでっ!! ありがとうございますお義母さんっ!!」
「……史郎さんは本当に素敵な男性に育ったわねぇ……昔はあんなに小さい子供だったのに……こんな人に想ってもらえている亜紀と直美が羨ましいわ……私がもう少し若かったらなぁ……なぁんてね……」
「えぇっ!?」
「ちょぉっ!? お、お母さんっ!?」
「な、何言ってるのお母さんっ!?」
「ふふ、冗談に決まってるでしょ二人とも……ねぇ史郎さん……」
「あ、あははそうですよね冗談に決まってますよねぇ~…………はぁ……」
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