史郎お兄ちゃん⑳
「直美、勉強の調子はどう?」
「うーん、そこそこぉ……まあ頑張ってるよぉ」
学校から帰ると同時に部屋に籠って勉強を始めていた私にお母さんが話しかけてきた。
返事をしつつ振り返ってみると、お母さんは何やら申し訳なさそうな顔をして私を見つめていた。
「ど、どぉしたのお母さん?」
「ごめんなさいね直美……私がもう少ししっかりしていたらこんなことで苦労なんか掛けずに済んだのに……」
「べ、別に今更じゃん……それに直美がこぉりつに行きたいのは家計の為っていうより史郎お兄ちゃんや亜紀お姉ちゃんと同じ学校に通いたいだけだしぃ……」
頭を下げるお母さんに慌てて首を横に振って見せる。
(まさかお母さんがこんなに気にしてたなんて……女手一つで直美たちを養ってくれてるお母さんには感謝しかしてないんだけどなぁ……)
あの男が帰ってこなくなってからお母さんは毎日遅くまで働いている。
そんなお母さんに恨みなんかあるわけがない。
「そう言ってくれるのね……ふふ、あなたも亜紀も本当に良い子に育って……お母さん幸せだわ……だけどそんなあなた達に家事を押し付けて……お金のことで悩ませてしまって進路だって制限させて……申し訳ないと思ってるわ」
「だ、だから気にしてないってばぁっ!! お母さんは何も悪くないんだからねっ!! 何度も言うけど悪いのはあいつ……親父だけでしょっ!!」
私たちを置いて外で女を作って浮気して、挙句に育児放棄までしているあの男こそが全ての元凶なのだ。
そしてそれで一番苦労して苦しんでいるのがお母さんだった。
だから私は感情を込めてはっきりと宣言したが、お母さんは困ったように俯くばかりだった。
「……けどもし私がちゃんとあの人を引き留めて居られれば……ううん、もっとちゃんと向き合っていたら多分……」
「お、お母さん?」
「私はずっと受け身だったから……もしもあなた達のように自分から愛情を示していたら……」
「……」
まるで後悔しているかのように、もしくは懺悔するかのように呟くお母さん。
私は何を言っていいか分からず聞き入ることしかできなかったけど、頭のどこかで納得がいくこともあった。
(確かにお母さんって昔からあんま活動的じゃないというか消極的というか……教科書通りというか優等生というか……世間体を気にしてるみたいに常識的な行動しかしなかったもんなぁ……)
今でこそ確かに愛情を注がれているのは実感できているが、それこそ亜紀お姉ちゃんが怠けていたころのお母さんはどこか親としてあるべきという振る舞いをしていた。
だけど亜紀お姉ちゃんが変わったのと同時に……いや私たちが史郎お兄ちゃんへの恋心を自覚して行動するようになってからお母さんの私たちへの関わり方も変わったような気がする。
「史郎さんに愛情をまっすぐ向けて行動しているあなた達を見ていたらね……私ももっと早くからこうするべきだったんだなぁって……ふふ、今更後悔しても遅いのに……それも娘に教わるなんて駄目な母親よね……」
「そ、そんなことないんだからぁっ!! 直美はお母さんのこと大好きでそんけーしてるんだからねぇっ!!」
「……ふふ、本当に貴方は……そうやってはっきり思ったことを言ってくれるのね……ありがとう直美……」
そう言って優しく微笑みながらお母さんは久しぶりに私の頭を撫でてくれた。
小さいころを思い出して、私は恥ずかしくなりながらもその心地よい感触を振り払うことはできなかった。
「亜紀はどちらかと言えば私似で受け身だから……おかげで最初は何を考えてるのかわからなくてあの子には嫌われてるんじゃないかって思ってたわ……もしかしたらあなたが居なかったらすれ違ったままとんでもないことになってたかも……」
「そ、そんなことないと思うけどなぁ……と、というかお母さんその言い方だと直美はあの男に似てるってことになるだけどぉ……」
「あらごめんなさい、そう言うつもりじゃなかったのだけど……とにかくあなたには迷惑ばかりかけて悪いと思ってるのよ」
「むぅ……だからぁそーいうの別に気にしなくていいのにぃ……か、家族なんだからぁ」
やっぱり気恥ずかしくて、それでも思ったことを素直に告げるとお母さんは嬉しそうに笑ってくれるのだった。
「ありがとう直美……だけど無理だけはしないでね……亜紀も働いてお金を入れてくれるって言うけど……お母さんあなた達のためならいくらでも頑張れるから……」
「もぉっ!! 直美たちは史郎お兄ちゃんも居るし全然だいじょーぶぃなんだからぁっ!! それよりお母さんこそ無理しないでよっ!!」
「はいはい……だけどあなたがもし私立に通うようになっても何とか学費を出せるよう考えてるから……それだけ言いたかったのよ……」
「だ、だから直美は史郎お兄ちゃんと同じ学校に通うのぉっ!! そぉして絶対史郎お兄ちゃんとラブラブなじんせーをおくっちゃうんだからぁっ!!」
「あらあら、亜紀が何て言うかしらねぇ……ふふ、史郎さんも大変ねぇ……まあお母さんとしては史郎さんが相手なら……ううん、あなた達が泣かないで済むのなら世間体の悪いような関係になっても良いと思うのだけど……」
「な、何言ってるのお母さんっ!? も、もぉいいからあっち行ってよぉっ!!」
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