史郎お兄ちゃん⑱
「し、史郎お兄ちゃぁん……や、やっぱり直美恥ずかしいから……」
「今更何言ってるの、誘ってきたのは直美ちゃんの方じゃないか……大丈夫、ちゃんと優しく教えてあげるから……ほら、隠さないで見せてごらん?」
「うぅ……」
史郎お兄ちゃんの言葉に、私は恥ずかしさを堪えながらもそっと手で覆い隠していた部分を露わにした。
すぐに食い入るように史郎お兄ちゃんが覗き込んできて、私はむず痒いような不思議な感覚に襲われてしまう。
思わず身を捩らせてしまうけれど、史郎お兄ちゃんは気にした様子もなくじぃっと……私の答案用紙を見つめていた。
「……直美ちゃぁん、あれほど勉強しようねって言ったよねぇ」
「あ、あはは……してるつもりだったんだけどなぁ……えへへ……うぅ……ごめんなさぁい」
史郎お兄ちゃんが見ているのは私の中学二年における最後の期末テストで、これが平均点ギリギリな成績だった。
少し前までと比べると、それこそ亜紀お姉ちゃんの受験勉強に付き合っていた頃からするとかなり下がってしまっている。
当時の成績なら史郎お兄ちゃん達が通ってる高校にも受かりそうな勢いだったが、今の調子では非常にまずそうだ。
(うぅ……史郎お兄ちゃんと別の学校になって触れ合える時間が減っちゃったから、その分埋め合わせようと勉強しないで遊んでばっかりだったもんねぇ……そりゃあ成績も落ちるよねぇ……はぁ……)
「やれやれ、全く仕方ないなぁ直美ちゃんは……」
「面目ございませぇん……だからその、史郎お兄ちゃん……今日からちょっとずつで良いからお勉強を教えてほしいなぁって……」
「そうだね、今からちゃんと勉強しないと俺たちの居る高校に入れないかもだからねぇ……けどそれなら何で亜紀に黙って一人で来たの?」
史郎お兄ちゃんは不思議そうに私に尋ねつつ、隣にある亜紀お姉ちゃんの部屋の窓を見つめる。
私も身を隠しつつそっちへと視線を投げかけると、窓ガラス越しに亜紀お姉ちゃんが真剣な顔をして勉強をしている姿が目に移った。
どうやらまだ私が内緒でこっちに来ていることには気づいていないようで、ちょっと安堵してしまう。
「そ、それなんだけどぉ……実はまだ亜紀お姉ちゃんにもお母さんにもテスト返ってきたこと言ってないの……」
「あらら、そうだったの?」
「う、うん……ほら亜紀お姉ちゃんって最近勉強頑張ってるじゃん……そんな亜紀お姉ちゃんにこんな成績取ったこと知られたら物凄く怒られそうで……だから史郎お兄ちゃんから取りなしてほしいなぁって……」
「そういうことかぁ……まあ亜紀なら軽く叱ったとしても怒りはしないと思うけどなぁ……」
そう言いながら亜紀お姉ちゃんを見つめ続ける史郎お兄ちゃん。
その視線に気づいたのか亜紀お姉ちゃんも顔を上げてこっちを見ようとしてきて、私は慌てて史郎お兄ちゃんのベッドに潜り込んだ。
毛布を頭からかぶることで何も見えなくなった私の耳に、窓ガラスが開かれる音と声が聞こえてくる。
「ふふ、史郎たらぁ……何見てるのよぉ?」
「いや、頑張ってるなぁって思ってさ……」
「えへへ、実はね……直美には内緒だけど私早く成績を安定させて……史郎と同じ職場で働きたいなぁって思ってるの……少しでも一緒に居たいから……」
「っ!?」
隠れている私に気づいていない亜紀お姉ちゃんが漏らした発言は、本当に寝耳に水だった。
(そ、そんなズルい事考えてたなんてぇっ!! 直美はまだ中学生だから絶対できないのにぃっ!!)
「そ、そうなのか……め、珍しいな亜紀が直美に隠し事なんて……」
「だって知られたらずるいとか色々言われちゃいそうだから後で史郎から取りなしてもらおうかなぁって……それにそもそも上手くいくか分からないし、ちゃんと留年の心配がないぐらい学力身に付けてからの話だしさ……けど私何度も言うけど史郎と……大好きな男の子と少しでも一緒に居たいから頑張れるの」
「亜紀……」
「ま、まあアルバイトに受かるかどうかも分からないけどね……そ、それに史郎が嫌なら別の……」
「嫌なわけないだろう……すごく嬉しいよ亜紀……」
(ちょ、ちょっとぉっ!? 直美を置いてなんかいい雰囲気醸し出してなぁいこの二人ぃっ!?)
顔が見えないから何とも言えないが、二人の声が感極まっているように聞こえるのは気のせいだろうか。
「そ、そっかぁ……ふふ、私と一緒だと嬉しいんだ史郎は……」
「当たり前だろ、俺だって亜紀って言う女の子が大好……」
「とぉっ!!」
「うおっ!?」
「え、えぇっ!?」
最後まで言わせるものかと私は毛布を跳ね除けると史郎お兄ちゃんにボディプレスをかましてそのまま床に押し倒した。
「直美も史郎お兄ちゃんのことだぁいすきっ!! 史郎お兄ちゃんは直美のことどぉ思ってるのぉっ!?」
「えっ!? あ、ああもちろん大好……」
「な、直美ぃっ!! なんであんたがそこに居るのよぉっ!! せっかく良い所だったのにぃっ!!」
「ふんだっ!! この前私の邪魔したお返しなんだからぁっ!! それより聞いたよ亜紀お姉ちゃんっ!! 自分ばっかり史郎お兄ちゃんを独占しようとしてずるいんだからねぇっ!!」
「あうぅ……そ、それはぁ……わ、悪いとは思ってるわよぉ……けどその……」
私の指摘にモジモジと気まずそうにし始める亜紀お姉ちゃん。
「な、直美ちゃんとにかく降りて……ってあっ!! と、答案用紙ぃっ!?」
「もぉ何を言って……っ!? ああっ!?」
史郎お兄ちゃんの言葉に机の上に置いてあった答案用紙を見ると、窓から吹き込んでくる風のせいか私のボディプレスの風圧のせいか宙に舞いヒラヒラと外に飛んで行ってしまう。
咄嗟に取ろうとした私の手を掻い潜った答案用紙は、代わりに手を伸ばした亜紀お姉ちゃんが掴み取ってしまう。
「と、答案用紙って何……ってぇ直美ぃっ!? あんたこそこれなんなのぉっ!?」
「な、何でも良いでしょぉっ!! そ、それより亜紀お姉ちゃんの隠し事を……」
「あ、あんただってこんなこと隠してぇっ!! お互い様じゃないのぉっ!!」
お互いに隠し事を相手に知られてしまった私たちは、気まずさをごまかそうと叫び合いながら史郎お兄ちゃんへと視線を向けるのだった。
「ち、違うもんっ!! ほ、ほら史郎お兄ちゃん何とか言ってやってっ!!」
「し、史郎ぉっ!! いつまでも直美に敷かれてないで何とか言ってやってぇっ!!」
「お、俺に言われてもぉっ!?」
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