史郎お兄ちゃん⑫
「うぅ……はぁ……ふぅ……はぅ……はぁぁ……」
「落ち着け亜紀、大丈夫だから」
「そうだよお姉ちゃん、深呼吸深呼吸」
緊張を通り越して青ざめた表情をしているお姉ちゃんを、史郎お兄ちゃんと支えながら一緒に歩いていく。
目指すのはお姉ちゃんたちが試験を受けた公立高校の掲示板、そこに張り出される合格発表を確認するためだ。
自己採点でギリギリだったと言うこともあり、亜紀お姉ちゃんは今日まで生きた心地がしていなかったらしい。
(毎日凄く悩んで布団に籠って呻いちゃってさぁ……仕方なく直美と史郎お兄ちゃんで添い寝してあげて……楽しかっ……いやいや本当に大変だったなぁ……)
正直なところ仮にここを落ちても、史郎お兄ちゃんは同じ学校について来てくれるというのだから何も問題はないと思うのだが当事者としてはそうも言ってられないらしい。
「霧島さんなら大丈夫だって……それより史郎こそ名前書き忘れたりしてないだろうなぁ?」
「うるせぇな亮……大体お前まで無理してついてこなくてよかったんだぞ? 確か楽な私立に行って遊んでたいって言ってただろ?」
「そう言うなよ、俺だってお前らと同じ学校行って遊びたいんだってばぁ……なあ直美ちゃん?」
「べぇつにぃ嵐野さんは居なくてもぉ~……なぁんて冗談冗談っ!! みんな同じがっこぉの方が楽しいよねぇ亜紀お姉ちゃん?」
「うぅっ!? ぷ、プレッシャーがぁああっ!! 私のせいで違う学校になったらごめんなさぁあああいっ!!」
亜紀お姉ちゃんに笑いかけるけれど、何故だか余計に苦しそうに胸を押さえてしまう。
何だかんだで史郎お兄ちゃんと嵐野さんは頭が良いから自己採点の時点で合格確実だったから、それが余計に重圧になっているのかもしれない。
「いやだから亜紀が落ちたら俺たちもそっち行くだけだからな、あまり深刻に考えるなって」
「け、けどそんなことになったら放課後働かなきゃいけなくて……史郎たちの遊ぶ時間奪っちゃうもん……」
「なぁにそうしたら史郎のバイト先にからかいにでも行くからさ……だからそんなの霧島さんは気にしなくていいって」
嫌味なくサラっと言いきる史郎お兄ちゃんと嵐野さん、この二人のことだからこれは本心なのだろう。
(史郎お兄ちゃんはともかく、やっぱり嵐野さんも大人だなぁ……どぉりであの子も惚れるわけだぁ……)
まだ未成年だというのに自分より他人を気遣って行動している二人は、何だかんだで素敵な男の人だと感じてしまう。
だからこそそんな魅力的な男性をものにしようと、私たちや後輩のあの子がだんだん過激な行動に移っていくのも当然だった。
「そうだよ亜紀お姉ちゃんっ!! こんなことで悩んでても仕方ないし、さっさと終わらせてダブルデートを楽しんじゃおうよぉっ!!」
「うぅ……ほ、本当にやる気なの直美ちゃん?」
「あったりまえだよぉっ!! ねぇ亜紀お姉ちゃんっ!!」
「わ、私が受かってたらね……ああ、どうか神様合格していますようにっ!!」
「いや霧島さんには悪いけど仮に落ちてても少しは付き合ってくれないと……」
そう言って嵐野さんは震えながらさりげなく校門の外へ視線を投げかける。
すぐに門の外でこちらを見つめている後輩ちゃんがものすごい笑顔を浮かべながら全身を動かして存在をアピールしてくる。
嵐野さんの将来の妻だと言い張ってついてきたあの子は、しかし身内ではないため部外者として校内への立ち入りが許されなかった。
それでも納得がいかないと暴れまくったあの子をなだめるために、デートを約束させられていた嵐野さんの姿はもはや肉食獣にロックオンされた子羊のようであった。
(さっきまでの暴れっぷりが嘘みたいだけど、すっごいこっちをガン見してるぅ……怖い怖い……嵐野さんごしゅーしょぉさまぁ……)
あの子と視線を合わせた嵐野さんは引きつった笑みで軽く手を振り返すと、正面を向きなおし盛大にため息をつくのだった。
その様子を見ていると少しだけあの子を紹介したのは間違いだったような気がして罪悪感を感じないでもなかったが、後輩ちゃんは幸せそうなのでこれで良かったのだと自分に言い聞かせておく。
「あ、あはは……と、とにかくさっさと終わらせちゃおーっ!!」
「うぅ……み、見に行きたくないよぉ……はぁ……」
「うぅ……み、見終わったらまたあの子に追い詰められるぅ……はぁ……」
「おい亮ぅ、お前まで落ち込んでどーすんだよぉ……ほら行くぞ……」
史郎お兄ちゃんと私で引きずられるようにして皆で掲示板の前まで移動する。
混雑する人混みを一丸となってかき分けて、合格者の番号が見えるところで足を止めて顔を上げた。
「ええとぉ、お姉ちゃんの番号はぁ……」
「や、止めて直美ぃ……じ、自分で見るからぁ……」
「そんな俯いてちゃぁ見えないでしょぉ……そう言うなら顔を上げてみるのぉっ!!」
「ちょ、ちょっとっ!? ま、まだ心の準備がぁっ!?」
亜紀お姉ちゃんの顔を両手で掴んで強引に持ち上げると、今度は目を閉じて抵抗しようとする。
「こらぁっ!! 早く目を開けて確認しなさいよぉっ!!」
「亜紀、いい加減覚悟を決めろって……」
「あ、後五分だけ待ってってばぁっ!!」
「むぅ……こぉなったらぁっ!! 今すぐ目を開けないと史郎お兄ちゃんのファーストキス貰っちゃうぞっ!! 良いのぉっ!!」
「ちょぉっ!?」
私の発言に驚く史郎お兄ちゃんとついでに周囲の人達。
だけど気にせずお姉ちゃんから手を離して、史郎お兄ちゃんを逃がさないよう腕を絡めとる。
「な、直美ちゃんっ!?」
「んふっふぅ~、お姉ちゃんに邪魔されないチャンスなんて滅多にないもんねぇ~……じゃぁ早速ぅ……」
「わ、わかったからっ!! ちゃんと見るから抜け駆け禁止ぃっ!!」
「ちぇ……ざんねぇん」
流石に史郎お兄ちゃんのファーストキスを勝手に奪われるのは嫌なようで、ようやくあきらめたように目を開いた亜紀お姉ちゃん。
そして何度も深呼吸を繰り返しながら掲示板に乗っている番号を眺めていく。
「あ……っ」
暫くして呆けた声を洩らしたと思うと固まってしまう亜紀お姉ちゃん。
「ど、どうだったのっ!?」
「……はぅ」
「あ、亜紀ぃっ!?」
私が声をかけて肩を揺さぶると、今度は力なくその場に崩れ落ちそうになってしまう。
そんな亜紀お姉ちゃんを咄嗟に支えた史郎お兄ちゃんだけど、私と目を合わせるなり顔をしかめてしまう。
この反応からして、あまりいい結果だとは思えなかったようだ。
「うぅ……うぅうううっ!!」
「あ、亜紀……」
「お、お姉ちゃん……」
どう言葉をかけていいか分からないでいる私たちの前で、亜紀お姉ちゃんは呻きながら涙すら流しながら史郎お兄ちゃんの胸に顔をうずめてしまうのだった。
「う……受かってたぁ……受かってたよぉっ!!」
「えっ!?」
「えぇっ!?」
しかしその口から聞こえてきた答えはまるで真逆だった。
驚いた私は改めて史郎お兄ちゃんと顔を見合わせると、すぐに亜紀お姉ちゃんへと視線を移した。
少しして顔を上げて亜紀お姉ちゃんの顔は涙でぐしゃぐしゃだったけれど、物凄く嬉しそうな笑顔を浮かべていた。
「や、やったよぉっ!! 史郎ありがとうっ!! 史郎のお陰だよぉっ!! うぅ……うわぁあああんっ!!」
「そっか……そうかぁ……よかった、よかったなぁ亜紀……」
「もぉっ!! 誤解を招くよーな仕草しないでよぉっ!! しんぞーに悪いんだからぁっ!! 全くぅお姉ちゃんはぁ……よかったぁ……本当によかったねぇお姉ちゃん……」
「う、うんっ!! うんっ!! 直美もありがとうっ!! 本当にありがとうっ!!」
感激にむせび泣く亜紀お姉ちゃんを見つめてようやく私たちも実感がわいてきて、安堵で胸を撫でおろすのだった。
「感激してるところ悪いけどなぁ……史郎……お前落ちてるぞ……」
「は……はぁっ!?」
「え……えぇっ!?」
「にゃぁっ!? し、史郎お兄ちゃぁんっ!?」
「そ、そんな馬鹿な……う、嘘だろっ!?」
「ああ、嘘だっ!! あははっ!! 騙されてやんのぉ~っ!!」
「と、亮てめぇええええっ!! マジでビビったじゃねぇかよぉおっ!!」
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