史郎お兄ちゃん⑨
「直美ちゃん……最近何かあったの?」
「ふぇっ!? べ、別に何もないけど……ど、どうかしたのっ!?」
「いや二人ともここの所家に来なくなったし……何か笑顔もどこか不自然だから……」
「そ、そんなことないよぉ……そ、それより嵐野さんはまだ来ないのぉ~?」
史郎お兄ちゃんの追及をかわすべく、目をそらして別の話題を振る私。
(うぅ……父親が浮気しててけーざい的に困ってますなんて言えないよぉ……)
生活費の問題が浮上してから、私たちは家のことで掛かりきりだった。
少しでもお母さんがお仕事に集中できるよう私たちで家事の全てを執り行うようになった。
おまけに亜紀お姉ちゃんは公立に受かるため勉強もしなければいけない状態が続いていて、史郎お兄ちゃんの所へ遊びに来る余裕は無くなってしまったのだ。
今日だって嵐野さんが後輩ちゃんに関する相談があるからと誘われなければ、史郎お兄ちゃんの部屋には来なかっただろう。
「ああ……あの子と別れてからこっちに来るって言うからまだまだ時間はかかるみたいだ」
「そぉなんだぁ……じゃぁ来れそぉな時間になったらまた連絡して……」
「せ、せっかく来たんだから遊んでいかない?」
「そ、それは……」
史郎お兄ちゃんからのお誘いはとても魅力的で、前の私なら二つ返事で飛びついていただろう。
大好きな人と二人きりで遊べるのだ、今だって内心ときめいている部分もある。
だけど今も頑張っている亜紀お姉ちゃんのことを思えば、とても頷くことはできなかった。
(早く帰って少しでも亜紀お姉ちゃんの負担を軽くしてあげなきゃ……こんな状態で直美だけ史郎お兄ちゃんと遊ぶのはズルっ子だもんね……抜け駆け禁止、抜け駆け禁止ぃ……)
「新しいゲームも買ったし……な、何なら亜紀も誘ってさぁ……亮が来るまででいいから久しぶりに三人で遊ばないか?」
「うぅ…………すっごぉく魅力的だけどぉ……また今度でぇ……ごめんなさぁい」
後ろ髪惹かれる想いで立ち上がると、私は史郎お兄ちゃんに背を向けて部屋を後にしようとした。
「ま……待ってくれ直美ちゃんっ!!」
「っ!?」
そんな私の手を力強くつかみ引き寄せる史郎お兄ちゃん。
その表情はどこか焦っているような、それでいて真剣な顔つきだったから驚いてしまう。
史郎お兄ちゃんはそのまままっすぐ私の顔を見つめて、口を開いた。
「お、俺さぁ……何かしちゃったのか?」
「えっ!?」
「あ、亜紀も直美ちゃんも……ふ、二人とも余所余所しいし……な、何か嫌われるようなことしたんじゃないかって……」
「あっ!? ち、違うからねっ!! 史郎お兄ちゃんは何も悪くないからっ!! 直美も亜紀お姉ちゃんも史郎お兄ちゃんのこと大好きだからねっ!!」
「じゃ、じゃあどうしてこんな急に距離を取って……お、俺何かしたんじゃないかって不安で……悪いところがあったら治すから正直に言ってくれっ!!」
切羽詰まったように叫ぶ史郎お兄ちゃん、その手には痛いぐらい力が込められていた。
「ど、どうしたの史郎? な、何かあったの?」
窓越しに史郎お兄ちゃんの声が聞こえたらしい亜紀お姉ちゃんが顔を覗かせてきた
「な、なんでもないってばぁっ!! し、史郎お兄ちゃんの誤解だからぁ……」
「じゃ、じゃあどうして俺を避けるようになったんだっ!! 頼むから何かあったなら教えてくれよ二人ともっ!!」
「し、史郎……別に避けてるわけじゃないよ……ちょ、ちょっと色々あって……だからそんな心配そうな顔しないで……」
「む、無理言うなよっ!! お、俺は……情けない男なんだよっ!! 好きな女の子から急に避けられて不安で仕方ないんだよっ!!」
「「っ!?」」
興奮かそれとも羞恥からか、顔を真っ赤に染めながら史郎お兄ちゃんはとんでもないことを告白してきた。
「あ、あんだけ構ってくれてたのに俺が優柔不断だから嫌われたんじゃないかって……それともオタク趣味だからかなとか……二人に嫌われんじゃないかと思うと夜も眠れなくて……だ、だから俺は……俺って……本当情けないよなぁ……はぁ……」
「史郎……」
「史郎お兄ちゃん……」
意気消沈してうなだれてしまう史郎お兄ちゃんの声は震えていた。
ひょっとして少し泣いていたのかもしれない……けれど情けないだなんて思わなかった。
(史郎お兄ちゃんのこんなところ初めて見た……いつだって直美たちの我儘に困ったような顔はしても泣いたりは絶対しなかったのに……そんなに……直美たちのこと想っててくれたんだぁ……)
むしろ好きだとはっきり言ってくれて嬉しいとすら思った……そしてそれ以上にドキドキして自分の頬が火照ってくるのを感じてしまう。
それは亜紀お姉ちゃんも同じなようで、ちらりと横目で見るとそちらの顔も紅く染まっていくのがわかった。
「はぁ……駄目だな俺……本当に情けない奴だ……」
「そんなことないよ史郎お兄ちゃん……はっきり言ってくれて直美嬉しかったよ……」
「そうだよ史郎ぉ……その気持ちはすごく嬉しいよ……」
「けど……けどなぁ……」
それでも落ち込む史郎お兄ちゃんを落ち着かせてあげたくて、私はそっと抱きしめた。
「あのねえ史郎お兄ちゃん、さっきも言ったけど直美たちちょっと訳アリで……本当に史郎お兄ちゃんが嫌いになったわけじゃないの……」
「……じゃあ、どうして?」
「それはぁ……うぅ……亜紀お姉ちゃ……っ!?」
どうしても言いずらくて、だけど言わなければ史郎お兄ちゃんは納得してくれそうにない。
だから亜紀お姉ちゃんに助けを求めようとして窓へ目をやると、何故かそこに亜紀お姉ちゃんの姿はなかった。
代わりとばかりにすぐ史郎お兄ちゃんの家に足音が響いて、部屋のドアが開かれた。
「史郎っ!! 私も史郎のこと大好きだからねっ!! 嫌いなんかじゃないからっ!!」
「あ、亜紀っ!?」
そして飛び込んできた亜紀お姉ちゃんは私ごと史郎お兄ちゃんを抱きしめて盛大に告白をかましてきた。
どうやら私が史郎お兄ちゃんに抱き着いたところを見て、抜け駆けさせまいとやってきたようだ。
「むぅっ!! な、直美だって史郎お兄ちゃんのこと大好きだもんっ!! 愛してるもんっ!!」
「な、直美ちゃんっ!?」
こちらも負けずと腕に力を込めたまま思いっきり告白してやると、史郎お兄ちゃんは私と亜紀お姉ちゃんを交互に見て困ったように……笑ってくれるのだった。
「そ、そうか……はは……よ、よかったぁ…………け、けどじゃあ何……い、いや話したくないなら良いけど……で、でも何か問題でもあるなら話してほしい……それこそ相談してほしいんだけど……」
「そ、それは……だけど絶対史郎に迷惑かけちゃうから……これ以上迷惑かけて嫌われたくないから……」
「な、ないからっ!! 俺が亜紀や直美ちゃんを嫌うことは絶対にないからっ!!」
「そ、そうなんだぁ……け、けどほんとぉに言いづらいことだし……絶対に迷惑かけちゃうし……」
「迷惑だなんて思わないから……むしろ頼ってほしいよ……俺これでも男だし……亜紀と直美ちゃんが困ってるなら支えになりたいんだよ……」
そう言って私たちを優しく撫でてくれる史郎お兄ちゃんに、私たちは何も抵抗できず身を委ねてしまうのだった。
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