史郎お兄ちゃん④
「あ、あの直美せんぱいっ!! ちょっといいですかっ!!」
「うおぅっ!? 急にどぉしたのぉっ!?」
小学校の将棋オセロ部へ久しぶりに顔を出した私に後輩の女の子が飛び掛かってきた。
確か三年生か四年生くらいの子で、何度か一緒に遊ぶ……じゃなくて部活動として勝負したこともある。
(こ、こんな勢いのいい子だったっけ? もう少し大人しいというか泣き虫っぽかった気がするんだけど……)
かつての印象とは全く違う女の子の姿に、私はどのような発言が飛び出してくるのかと少しだけ身構えてしまう。
「そ、その……わ、私みたんですっ!!」
「えっ!? お、お化けをっ!? ど、どこで見たのっ!?」
「ち、ちがいますよぉっ!? 何でお化けなんですかぁっ!? 私がみたのはつうがくろで直美せんぱいが歩いているときにですぅっ!!」
「直美が歩いてるとき……ま、まさかスカートが捲れて下着が見えちゃってたとかっ!? どぉして指摘してくれなかったのぉっ!?」
私は基本的に史郎おにいちゃんと亜紀お姉ちゃんの二人と家を出て、別れ道まで一緒に歩いている。
最近はそこに嵐野さんが加わるときもあるけれど、とにかくその時下着が見えていたのならば史郎お兄ちゃんにも見られていると言うことになる。
そう考えると私は何故かとても恥ずかしいような気持ちになってしまう。
(うぅ……前は全く気にならなかったのに……それこそ今まで史郎お兄ちゃんと遊ぶ中で見られちゃってるはずだけど……何だかなぁ……)
しかし私の思いとは裏腹に、後輩は涙目で首を横に振るとさらに詰め寄ってきた。
「それもちがいますぅうううっ!! 直美せんぱいいじわるしないでくださぁああいっ!!」
「い、意地悪なんかしてないんだけどなぁ……じゃあ最初から……まず何を見たのぉ?」
「うぅ……な、直美せんぱいが私のあこがれの人といっしょにあるいてるところですぅ……」
「ふぇ? あ、憧れの人って……えぇっ!?」
驚いて叫んでしまう私の目の前で、後輩は顔を火照らせながらもこくんと頷いて見せた。
その様子はまるで亜紀お姉ちゃんの読んでいた少女漫画の、恋する乙女のようだった。
そうなると当然この子が言う憧れの人とは男の人のことだろう。
(つ、つまり……この子……史郎おにいちゃんが好きってことなのぉっ!?)
何やら妙にショックを受けて固まる私をしり目に後輩は言葉を続ける。
「で、ですからぁ……そ、その……しょうかいしてほしいなぁって……わ、私もあのひととおはなししたいんですぅ……」
「あ……え、えっと……け、けどその……あ、亜紀お姉ちゃんに悪いから……」
「えっ!? ま、まさかあの人……直美せんぱいのおねえちゃんとつきあってるんですかっ!?」
「い、いや付き合っては居ないと思うけど……だけどいつも一緒に居るし……」
後輩の言葉に私はぼそぼそと呟くことしかできなかった。
何せ私の中では史郎おにいちゃんの隣には亜紀お姉ちゃんが居るのが当たり前になっていた。
だからそこに割り込むような真似をしてはいけないような、そんな気がしていたのだ。
「つ、つきあってないならいいじゃないですかぁっ!! ねぇしょうかいしてくださいよぉっ!!」
「うぅ……け、けどぉ……亜紀お姉ちゃんに悪いし……」
「そ、そんなぁ……うぅ……」
「ご、ごめんね……」
残念そうにうつむく後輩に罪悪感を感じるけれど、だけどこればっかりは出来ない話だった。
「……わ、わかりましたぁ……じゃあせめて直美せんぱいのおねえさんをしょうかいしてください」
「え? そ、それは良いけど……どうして?」
「だっておねえさんにわるいから直美せんぱいはうごけないんでしょ? だったらおねえさんにちょくせつはなしてきょかをもらうんですっ!! これならもんだいないですもんねっ!!」
「っ!?」
しかし後輩はまだ諦めていなかったようだ。
強い決意のこもった眼差しで正面から見つめられて、私は少し気圧されてしまう。
(そ、そんなに史郎おにいちゃんのことが……も、もしもこれで亜紀お姉ちゃんが許しちゃったら……それで万が一史郎お兄ちゃんが紹介されちゃったら優しいからきっと……拒めないよね……)
そして隣には亜紀お姉ちゃんではなくこの子が一緒に居るようになって、多分この勢いだとかなり早い段階で恋人としての関係に発展してしまいそうな気がした。
やっぱり恋愛漫画を思い出して、この子が史郎お兄ちゃんとキスをしているところまで連想して……私は張り裂けそうな心の痛みを覚えた。
「や、やっぱり駄目ぇっ!! 史郎お兄ちゃんは私のだもんっ!!」
「えっ!?」
「あ……っ!?」
感情のまま叫んでしまい、すぐに自分の発言に逆に驚いてしまった。
(い、いや史郎お兄ちゃんは亜紀お姉ちゃんと……け、けど……うぅ……私……ひょっとして史郎おにいちゃんのこと……す、好き……なの?)
もちろん史郎お兄ちゃんのことは大好きだ、だけどそれが恋愛感情だとは今まで欠片も思わなかった。
だから混乱して訳が分からないでいる私に、後輩はおずおずと話しかけてきた。
「あ、あの直美せんぱい……ひょっとして史郎お兄ちゃんって……」
「えっ!? あ……ちょ、ちょっと待ってっ!? わ、私今混乱してて……と、とにかく紹介するのは無しで……」
「いやあのですからぁ……史郎おにいちゃんって直美せんぱいがむかしっからいっしょにいるひとですよね? わたしがしょうかいしてほしいのはそのひとじゃないですぅ」
「……ふぇぇ?」
更なる後輩のもたらした情報に、今度こそ完全に私の思考は固まってしまうのだった。
「で、ですからぁ……さいきん史郎おにいさんといっしょにあるいているおとこのひといるじゃないですかぁ……あのひとにわたしまえにころんだときたすけてもらったことがあって……そ、それでわたし……」
(あ、嵐野さんのことかぁあああっ!? ま、紛らわしいなぁもうっ!! 直美をびっくりさせるなんて許せないんだからぁっ!! 今度会ったら脛を蹴りつけてやるんだからぁっ!!)
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