史郎のお友達
「よぉ、久しぶりだなぁ亮」
「っ!?」
俺を迎えに来てくれた史郎が出合い頭に声を発して……それだけで感激のあまり涙を零しそうになってしまう。
何せ最後に見た時は声も出せないぐらいボロボロだったのだ、だからこうして当たり前のように話しかけてくれたことが嬉しくて仕方んが無かった。
「おお、史郎っ!! 会いたかったぞダーリィンっ!!」
「うぉいっ!? 止めろ気色悪いっ!!」
しかしこのまま泣き出すのもあれなので、適当に誤魔化そうと変なテンションで史郎に抱き着こうとしたがあっさりと躱されてしまった。
「な、何故避けたぁっ!? 俺の愛が受け取れないって言うのかぁっ!?」
「んなもん誰が受け取るか馬鹿……たく、お前は変わらねぇなぁ……」
「ふははははっ!! これほど立派で逞しく麗しく育ったことに気づかないとはお前の目はまだまだ節穴だなっ!!」
「どこがだよ……相変わらずうるせえ奴め……はは、全く困った奴だなぁ」
当時と同じ様なノリで話しかける俺に、史郎は言葉の上とは違ってどこか嬉しそうに微笑んでくれていた。
だけどその姿は……かつてとは似てるようでまるで違うように感じられてしまう。
(大人になっただけ……て訳じゃないよなぁ……この声の力強さといい、迫力も……自力で立ち直って変わったんだろうなぁ……)
それが良い変化なのかどうかはまだ分からない、だけどこうして声を出して笑えるようにまでなっただけで本当に嬉しく思えた。
だからついつい調子に乗って騒ぎ立ててしまいたくなる。
「ほほう、どうやら俺の進歩ぶりを見せつける必要がありそうですなぁ……よぉし、お前の家に行ったら早速ゲームで勝負を……」
「ああ……悪い亮、俺もう格闘ゲーとかアクションとか駄目なんだ……ターン制とかの時間をかけて出来る奴ならいいけど……」
「……それってゲームに飽きて腕が鈍った……とかじゃないよな?」
急に神妙な顔つきで首を横に振った史郎の言葉は、俺には予想外過ぎて思わず尋ね返してしまう。
少なくとも俺の知っている史郎はゲーム命と言わんばかりにあらゆるジャンルを好んでいて、それこそアクションも格闘ゲーも大好物だった。
だからこそそれをできないというのはよほどのことに感じられたのだ。
「ああ……まあお前になら言ってもいいか……実は左手があんま動かねぇのよ」
「え……?」
「ちょっと無茶しちまってなぁ……まあ名誉の負傷ってとこだし全く後悔してないけどよぉ……ほれ」
「っ!?」
気にした風もなく左手の袖をまくって見せた史郎、しかし俺はそこに付いた生々しい傷跡に衝撃を受けてしまう。
更に史郎は指先を動かして見せるが、その動きは精密さとはかけ離れたものだった。
「この通りだ……だから反射的に両手を使わなきゃいけねぇゲームはもう駄目なんだよ……まあ直美ちゃん相手ならちょうどいいハンデだけど……」
「お前……何でそんな……というか直美ちゃんって誰だ?」
「そーいえば言ってなかったな……俺が育ててる大事な娘……のような子だ……あんときの亜紀覚えてるだろ、その時の子供だよ」
言われて俺は当時の霧島が妊娠していたことを思いだしたが、むしろ混乱するばかりだった。
「はぁっ!? な、何でお前が霧島の子供を育ててんだっ!?」
「うーん、それを聞かれると答えにくい……だけど凄く良い子で見てるだけで癒される……本当に良い子なんだよ……」
「だ、だけどお前……こんなところまで引っ越してきたのにどうして……」
「あー、それはだなぁ……あの街だと亜紀の変な噂が広まってるから直美ちゃんの教育に悪いと思ってなぁ……だから亜紀と俺とで直美ちゃんを連れて三人で引っ越したんだよ」
「っ!?」
史郎の言葉に、俺は再度驚いて固まってしまう。
てっきり史郎がこっちに引っ越したのは……トラウマを刺激する霧島家から離れるためだと思っていたからだ。
「それで今から行く家で三人で暮らしてる……まあ今日は亜紀の友達も居るからちょっと狭いかもしれないが……」
「い、一緒にって……同棲してんのか……霧島と……」
「ああ、そうだ……色々あってな……お互い助け合って暮らしてるよ」
「史郎……」
そう言って頷いて見せる史郎だけど、別れる前の霧島を知っている俺としてはどうしても納得することができなかった。
あれだけ派手に男遊びをして、俺が幾らお願いしても史郎を揶揄うことを辞めなかった奴だ。
そんな霧島がまっとうに生活していけるとはどうしても思えないのだ。
(俺が男連中を叩きのめして連絡付かなくなったから……史郎に寄生してやがんのか……ふざけやがってっ!!)
恐らく史郎の優しさに付け込んで、それこそ娘の直美ちゃんとやらを盾にして強引に庇護を迫ったのかもしれない。
そうして嫌々霧島と一緒に暮らし、好きなゲームもできないでストレスをため続けて……その結果がこのやさぐれ気味な史郎の姿なのではないかとまで思ってしまう。
(クソっ!! 史郎の両親はどうしてこれを許してんだっ!? 訳が分からねぇっ!! 精神的にまともになってるかと思ったら大怪我はしてるし霧島何かと同棲……ってまさか……っ!?)
「亮、どうかしたか?」
「……なぁ史郎……ひょっとしてその腕の怪我って……霧島さん絡みか?」
「……亜紀の母親が病院に緊急入院するぐらい精神的に参っててそれでちょっとな……だけど最近は立ち直ってきたみたいでたまに亜紀や直美と面会して……」
史郎が取り繕うみたいに説明していたが、頭に血が回っていた俺に理解できたのはやはり霧島が原因だと言うところまでだった。
(だよなぁやっぱり……史郎がこんな目にあうほど人の恨みを買うような真似するわけないし……あいつは本当に……最低だっ!!)
「……んだよ、まあ霧島の親父さんは元の家の処分をする際に二度と関わらないよう書類も作ったからもう流石にトラブルは……亮?」
「あ、ああすまん……ええと、なんだっけ? おじちゃん呼びしてくる子は最高に萌えるって話だっけ?」
「んなわけねぇだろうがっ!! 大体どこからそんな設定飛び出してきたっ!?」
「いやほら昔お前に読まされた聖騎士の小説に、確か姪っ子か何かがそんな風に呼ぶ場面が無駄にあったようななかったような……」
「そ、そんなシーンねぇよっ!? お、お前それいい加減忘れろやぁっ!?」
内心の嫌悪感が表に出ていたようで、それを気づかれないように適当に話をごまかしながら俺はあることを決断する。
(もしも……霧島の奴が本当に史郎を利用してやがったら……少しでもそんな素振りが見えたら……絶対に力づくでも排除してやる……例えそれで史郎に嫌われることになってもだ……)
前に史郎が傷付いているとき、俺は支えてやることができなかった。
だから今度こそ親友が困っているのなら助けてやりたい。
俺はそう覚悟を決めながら、史郎が住んでいる家に向かうのだった。
「いいか、それ絶対直美ちゃんには……いや亜紀にも言うなよっ!! 良いなっ!!」
「そこまで言わなくても……わかったよ、じゃあ史郎にバレないように伝えて……お、置いてくな冗談だからぁっ!?」
「たくっ!! お前はマジで変わらねぇなぁ……ほら着いたぞ」
「おお、結構こじゃれたところに住んでんなぁ……よし、じゃあ……お邪魔します」
「ただいまぁ……帰っ……うおっ!?」
「っ!?」
到着した史郎の家に入り、一応挨拶しつつ靴を脱ごうとした……瞬間誰かが駆け寄ってきたかと思うと史郎に飛び掛かった。
「史郎おじ……さんっ!! おっかえりぃっ!!」
「な、直美ちゃん……た、ただいま……あのさぁお友達来てるか……ちょぉっ!?」
「えへへ~、聞こえなぁ~い~」
(こ、この子が直美ちゃん……昔の霧島さんそっくりだな……中身はまるで別人だけど……)
ハイテンションで史郎に飛びついたかと思えば、その腕を自分の胸の中に抱きしめてしまう直美ちゃん。
その姿からは史郎への隠しようがない愛情が溢れかえっていて、微笑ましい光景に見えてしまう。
「……●月×日、久しぶりに会った史郎はロリコンと化していた……しかし当時の性癖を思えばこの変化は妥当であると……」
「ちょっと待てぇっ!? 何サラっとデマを流してんだお前はぁっ!?」
「えぇっ!? し、史郎おじちゃんの性癖ぃっ!? な、直美知りたい知りたぁいっ!!」
「なら特別に教えてあげよう、史郎が好きなのはこの俺こと嵐野亮……痛ってえええっ!? 何すんだ史郎っ!?」
「いい加減にしろよお前っ!! 直美ちゃんも離れようねぇ……」
「やぁっ!! 史郎おじちゃ……さんが男に走らないようになお……私のお胸できょぉせぇしちゃうんだからぁっ!!」
騒ぐ俺を暴力で黙らせておきながら、直美ちゃんには優しく諭すことしかできないヘタレ史郎。
もちろん直美ちゃんは止めることなく、調子に乗ってもっと史郎にくっつこうとする。
「な、直美ちゃんはしたないってばぁ……と、亮どうしてくれんだお前っ!?」
「えぇ……これ俺のせいじゃないってぇ多分……」
「もぉ、それより早く中入ろうよぉ……ま……お母さんも待ってるよぉ」
「そ、それもそうか……と、亮お前もう帰っていいぞ……」
「史郎さぁん、それは酷いよぉ……ええとぉ嵐野亮さん? どぉぞぉ上がって行って下さぁ~い」
「……ふぅ……じゃあ、遠慮なくお邪魔するよ」
直美ちゃんの言葉で俺は忘れかけていた霧島の存在を思い出し、気を引き締めるため軽く深呼吸した。
そして直美ちゃんに引っ張られていく史郎の後を追って居間へと入り……霧島と対面を果たした。
「よぉ亜紀……帰ったぞ」
「お帰り史郎……久しぶりだね……嵐野君……」
「…………ああ本当に久しぶりだね霧島……さん」
そこにいたのは髪を染めて軽薄そうに嗤う霧島亜紀……ではなく史郎の傍で微笑むかつての幼馴染だった頃の霧島さんだった。
だから俺はどう反応していいか分からなくて、挨拶だけ済ませるとすぐに史郎の方へと視線を投げかけた。
(……はは、なんだ……俺の考え過ぎか)
俺の目の前で雨宮史郎は、かつて霧島亜紀の近くで幸せそうにしていたころと同じ笑みを浮かべていた。
それだけで俺はおおよその状況がつかめて、自分が空回りしていた事実に気が付いて何やらドッと疲れてしまった。
だけどどうしようもなく、ほっとして……何故だかわからないけどとても嬉しかった。
(ああ……まるで昔に戻ったみたいだなぁ)
室内を見回し見覚えのある顔が並んでいることに、どこか故郷に戻ってきたような感激を味わい……その中に見慣れない顔があることに気が付いた。
「ど、どうも初めましてっ!!」
「え、ええとぉ……初めまして嵐野亮です」
「嵐野さんですかっ!! 良い名前ですねっ!! ちなみに私の名前は……っ!!」
その女性が食いつかんばかりに迫ってきて、俺は思わず後ずさってしまうのだった。
「ほらほらがっつかないの、また引かれちゃうよ……嵐野君ごめんね、この子は私の友達で同じ会社で働いてる後輩の子なの……」
「彼氏募集中ですっ!! 嵐野さんはどうですかっ!!」
「えぇ……な、何急に? お、俺は彼女とか縁のない男だけど……ま、まさか貴方みたいな美人さんが俺に惚れてくれたとかっ!? なぁんて……」
「いいえ嵐野さんのことを良く知らないのでっ!! まずはお友達から始めましょうっ!!」」
「ふぁっ!? な、何がどうなってっ!? し、史郎君これどうなってんのっ!?」
「おめでとう嵐野亮……そのまま食われちまえ」
訳の分からない展開に困惑する俺は、だけど何だかどうしようもなく楽しくて……この場にいる皆と同じ様に笑顔になってしまうのだった。
「そんなことよりぃ……なお……私史郎さんとお母さんの昔のお話聞きたぁいっ!! 学生時代どぉだったのぉっ!? 付き合ってたりしたのぉっ!?」
「あっ!! それ私も気になりますぅっ!! 嵐野さん、さあ隣に座ってお話してくださいっ!!」
「え……えぇっ!? そ、それ俺が話すのぉっ!?」
(……わかってるな亮、変なこと言ったら殺すぞっ!!)
(ごめんね嵐野君……あなたなら上手に説明できるって信じてるっ!!)
(ふ、二人が目で語りかけてくるっ!? そ、そんな無茶ぶり応えられるかぁっ!? こうなったら逃げ……うわ今度はこっちの二人が逃さないとばかりに俺を捕まえてっ!? く、来るんじゃなかった……だ、誰か助けてぇえええっ!!)
【読者の皆様へ】
ここまで読んでいただきありがとうございました。
これでIFルート②は終了になります。
次回からIFルート③に入ります。
よろしければお付き合いしていただけたら嬉しいです。
ありがとうございました。




