雨宮史郎
「おいっ!! お前この仕事はどうしたっ!?」
「あ……あのそれはその……」
「はっきり喋れっ!! 本当に使えないなぁお前……」
「……ちっ、うっせぇな……何の話だよ?」
「あ、雨宮か……別にお前には関係ない話だ……」
新しく入った部下に怒鳴り散らしているパワハラ上司を軽く睨みつけてやると、露骨に目をそらしてくる。
この上司は前々から部下を相手に威張りちらし、精神的に追い詰めて仕事を押し付けている最低な奴だ。
当然俺も入社時は散々絡まれたが、少し自棄が入っていた俺が全力で反発して争う姿勢を見せてやったら逆に避けられるようになった。
そう言うことをして目立ち過ぎたせいか今じゃ会社内では狂犬扱いだが、むしろ丁度いいのでそのイメージを利用して立ち回っている。
「隣で騒がれると迷惑なんだよ……んで、今言ってたのはどの案件なんだ?」
「あ……こ、これです……」
「お、お前部外者に見せてどーするんだっ!? しゃ、社内でも機密を……」
「あんたがうるさいからもうバレバレなんだよ……どれどれ…………っておい、これあんたの仕事だろうがっ!! こいつに押し付けてんじゃねぇよっ!!」
「い、いや押し付けてるわけじゃ……ただこいつがやった方が話が早いから……ひっ!? も、もういいっ!!」
上司を睨みつけてから静かに両手を持ち上げるそぶりをすると、それだけで勝手に怯えて下がっていった。
恐らく初日に首根っこ掴み上げたのを未だに覚えているようだ。
(頭叩かれたとはいえあれはやり過ぎだったなぁ……まああの時期は一番病んでたから仕方ないよな……)
「あ、あの……す、すみません……」
「……気にするな、俺が勝手にやっただけだからな」
「は、はい……あ、ありがとうございます」
俺にお辞儀する新入社員、こいつは根が真面目で優しすぎるからうちみたいな会社では貧乏くじを引かされてしまうのだ。
まるで昔の自分を見ているようで、どうしても放っておけなくてこうして庇っているが……それでも限度がある。
(何とか隣の席にしてもらったからこいつは庇えてるけど……本当にクソな職場だ)
こいつの前にも何人か真面目な社会に出たばかりの新卒が入ってきたが、誰一人として残っていない。
例外なく馬鹿どもにパンクするまで仕事を押し付けられ、精神を病んで辞めていくからだった。
(やっぱりどうにかしたいなぁ……やるしかないかなぁ)
精神を病む辛さを俺は身をもって知っている、そんな状況に追いやるこの会社の連中は許しておけない。
だから俺は携帯を取り出すと、部長宛てにそっとメッセージを送った。
『例の件、了解……協力します』
『助かる……お前が手伝ってくれればずっと速くケリがつくはずだ』
即座に返信が来て、思わず顔を上げると部長が俺に向かって僅かに頭を下げて見せた。
俺より前からこの会社で働いている部長だが、彼もまた大切な部下を潰されたこの会社をどうにかしようと証拠を集めている。
もちろんそんなことをすれば、最終的にはこの会社を辞めざるを得なくなるだろう。
(それでも……やってやるよっ!!)
心を病んで辞めていった、俺なんかを先輩と呼んでくれたかつての部下を思うとやはりこのままにはしておけない。
それでも踏ん切りがつかないでいたのは……俺にとって一番大切な家族のためだった。
実の娘のように思っている霧島直美、そして絶対に放っておけない大切な女性……霧島亜紀。
ずっと二人のことが心配で、何かあれば俺が養うぐらいのつもりでいたからどうしても最後のところで決断ができないでいた。
(万が一転職しそこなったらと思うとなぁ……だけどもう大丈夫だ……直美ちゃんもしっかりしてきたし……何より今の亜紀なら、背中を任せられる)
努力してちゃんとした場所に就職した亜紀の稼ぎは俺と殆ど大差ない上に、節約して貯蓄までしている。
直美もまた俺や亜紀の帰りが遅くなっても文句ひとつ言わず、一人でお留守番できるようになった。
もう二人とも俺が一方的に庇護する相手ではないのだ、お互いに想い合い支え合える関係になれている。
だからこそ俺は、ついに今日ようやく自分の意志を貫く覚悟を決めることができたのだった。
(何だかんだで俺も精神的に助けられてるんだなぁ……直美ちゃん可愛いし……亜紀は……亜紀も……だけどなぁ……)
俺の心も身体もボロボロにするきっかけを作った亜紀、憎むこともあったし苦手にしていた時期もある。
だけど決して嫌いにはなれなかった……それは多分、初恋の相手だからというだけではないだろう。
あの日、直美をしっかりと抱きかかえて俺に助けを求めたあの姿を……何もかもを犠牲にしてでも自分の娘を守ろうとした姿を見たからだ。
(俺の好きだった霧島亜紀という女の子は高校時代に居なくなった……だけど代わりに……)
『ピリリリ』
不意に思考を断ち切るように携帯電話からメールが届いた音が聞こえてきた。
取り出して内容を確認した俺は、思わず笑顔になってしまう。
「ふふ……」
「あ、雨宮さん……どうかしましたか?」
「ああ、すまん……ちょっと家族からな」
「え? あ、雨宮さんって確か一人暮らしの独身なんじゃ……だからうちの女性社員たち雨宮さんにあんな色目使って……」
「いや、確かに結婚はしてないしする気もないが……」
言いながら俺は少しだけ自分と……霧島家の人たちとの将来を考える。
正直俺はもう女の人をそう言う目で見れない、今だって女性社員などに迫られても鬱陶しいぐらいにしか思わない。
気になるのは亜紀ぐらいだが、今更向こうは俺をそう言う目で見たりしないだろう。
(それこそ当時の亜紀そっくりで俺だけを見てくれるような子が居たら話は別だろうけど……あり得ないなぁ……)
とにかく俺の方は誰かと結婚する気はないし、亜紀や直美とずっと家族のように過ごしていきたいと思っている。
しかしもしも亜紀のほうが誰か良い人を見つけてきたら……俺は祝福できるだろうか。
(しなきゃ駄目なんだろうけど……せめて直美ちゃんが大きくなるまでは今のままでいたいもんだ……それこそ直美ちゃんを任せられる彼氏でも連れて……直美ちゃんに彼氏……うぅ……嫌だ嫌だ……)
娘を取られる父親のような心境になり思わず涙ぐみそうになった俺は、気持ちを落ち着かせる意味もかねて自らの携帯へ視線を移した。
そこにはメールに添付されていた写真が……直美がお友達と笑っている姿が映っていた。
『直美がお友達連れてきたよっ!! 二人とも凄く可愛い女の子っ!! 凄い楽しそうなのっ!!』
たまたま休みで家にいた亜紀の文章からは感激がありありと伝わってくる。
そんな愛おしい家族二人の幸せそうな様子に、俺は改めて笑顔が浮かび上がってくるのだった。
「ほら、これが俺の……俺を幸せにしてくれる……最高の家族だ」
自慢するかのように、俺はそれを新入社員の子に見せつけるのだった。
【読者の皆様にお願いがあります】
この作品を読んでいただきありがとうございます。
少しでも面白かったり続きが読みたいと思った方。
ぜひともブックマークや評価をお願いいたします。
作者は単純なのでとても喜びます。
評価はこのページの下の【☆☆☆☆☆】をチェックすればできます。
よろしくお願いいたします。




