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霧島と史郎㉖

「ああ、疲れたなぁ……」


 日も暮れるころ、ようやく自宅のある駅に辿り着いた私は疲れのあまりため息をついてしまう。

 新しい職場での労働はかなり厳しく、未だに慣れない私は中々疲労の取れない毎日を送っている。

 それでも給料は良いし、人間関係も悪いわけじゃない……尤も男性陣は優しすぎるせいで逆に疲労の原因にもなっているが。


(一応彼氏は居ないことになってるせいだろうなぁ……勘弁してほしい……)


 しかしこの調子なら、もし私一人になっても金銭面ではちゃんと直美を養っていけるだろう。

 そう思うとこの疲労もどこか心地よく感じるし、帰って直美の笑顔を見たらあっさり吹き飛んでしまいそうだ。

 だから私は早く帰ろうと足を早めようとした。


「……ん? あ、あれ史郎?」

「おお亜紀か……偶然だな」


 その帰路に見慣れた背中を見つけて、声をかけると思った通りの顔がこちらに振り向いてきた。


「珍しいねぇこんな時間に……どうかしたの?」

「いやちょっと職場で色々あってなぁ……」

「あらら、何か厄介なことにでもなってるの?」

「まあなぁ……おかげで色々ハブられたり大変なんだよ……ひょっとしたら転職するかもなぁ」


 疲れたようにため息をつく史郎だが、その顔にあるのは悲壮感ではなく何かしらを決意したかのような強い意志を感じられる表情だった。


「へぇ……まあ史郎が決めたことなら私は支持するよ、今の給料なら二人ぐらい養えちゃうしぃ貯金だってしてるんだぞぉ」

「知ってるよ、それに転職だから金には困らねぇよ……大体俺にだって貯金あるんだから心配すんな……」

「えぇ~、せっかく一緒に暮らしてるんだから少しぐらい頼ってよぉ……それとも私じゃ……頼りない?」

「頼りないな」

「うぅ……そ、そんなぁ……」


 即答されて少し悲しくなるが、史郎は笑いながら首を横に振って見せた。


「冗談だ……今のお前はしっかりしてるから十分頼りになるよ……だから本当に困った時は助けてもらうさ」

「そ、そう……うん、その時は遠慮なく頼ってくれていいからね……じゃないと同居を許してくれた史郎のご両親に顔向けできないから……」

「……まあなぁ」


 感慨深そうな顔をして思い返すように空を見上げた史郎、私も合わせるように当時を思い返す。

 史郎が私に付き合って引っ越し、それも同居すると知ったご両親は当たり前だが物凄く反対した。

 それでも史郎が意見を変えないと知ると、今度は私のところに通いつめ罵倒したり……懇願してきたりした。


(これ以上史郎を不幸にしないでって……凄い気持ちが伝わってきた……それだけのことしちゃったもんね私……)


 史郎は自分が説得するから無視していいと言ったけど、雨宮家に迷惑をかけ続けた私は必死で頭を下げ続けた。

 だけど結局最後まで許してくれなくて、それこそ引っ越す当日にも私は史郎の母親に呼び止められてしまった。


(あんたなんか信じられないって……もう二度と史郎をあんな風にしないでって……何度も言われちゃったなぁ……なのに……あの人達は……)


『ママこれぇ……史郎おじちゃんのおじいちゃんとおばあちゃんがおくるまのなかでママにわたしてって』


 そう言って車の中で直美から渡されたのは、預金通帳だった。

 史郎曰く、自分の将来に備えて両親が貯えていたお金らしくそれを直美越しに私へと渡してくれていたのだ。


(『幸せに成らないと許さない』ってわざわざ手書きのメモまで挟まってたなぁ……雨宮家は本当に良い人たちだよ……)


 あのメモ用紙は大事に取っておいてある、その約束に違わないためにも私は万が一の時は史郎も養えるよう貯蓄を始めているのだった。


「……とにかくあの時貰った預金通帳の金もまだあるし……当面は大丈夫だって」

「わかってるけど……だけど本当に頼ってくれていいんだからね、せっかく一緒に暮らしてるんだからさ……」

「はいはい……お前もな……一緒に暮らしてんだから……何かあったらすぐ相談しろよ?」

「はぁい……」


 素直に返事をしながらも、私は史郎の方を見れなくてそっと目をそらした。

 基本的にはそのつもりだけど、私にはどうしても史郎にだけは相談できない……そして一番大きな悩みがあるのだから。


(史郎のことが一人の男として好きです……何て流石に言えないよぉ……あれだけのことして……たくさん男遊びしたこんな身体で今更……はぁ……)


 史郎は私の事を大切な幼馴染だと言っていた、それはつまり妹のように思っているのだろう。

 しかも前に私は史郎に性的な嫌がらせを繰り返し嫌悪感を抱かれていた、そんな奴に恋愛感情を抱かれていると言われても困るだけなはずだ。

 だから私はこれだけは史郎に相談できなくて、その後ろめたさを抱えてしまっていたのだった。


「……おい、亜紀お前……」

「ほ、ほら急いで帰ろうっ!! 直美が待ってるよっ!!」

「……やれやれ」


 走り出した私を史郎は呆れたように見つめたかと思うと、すぐに追いかけてきた。

 そのまま私たちは……一緒に暮らしている我が家に向かって並んで走り続けるのだった。


(こうして史郎と一緒に暮らして……居られて……帰ったら直美が居てくれて……これだけで私は十分幸せ者だよ……)


「ただいまぁっ!!」

「ただいま」

「おかえりママぁ~っ!! ああ史郎おじちゃんもだぁっ!! おかえりおかえりぃっ!!」


 家に入った私たちを、満面の笑みを浮かべた直美が迎え入れて……飛びついてくる。

 そんな直美を二人で抱き留めながら、私は心の底から幸せを噛み締めるのだった。


(ありがとう直美、私の娘に産まれてきてくれて……ありがとう史郎、私の傍にいてくれて……二人とも大好きっ!!)

 【読者の皆様にお願いがあります】


 この作品を読んでいただきありがとうございます。

 

 少しでも面白かったり続きが読みたいと思った方。


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 よろしくお願いいたします。


 多分次回からこのルートのおまけに入ると思います。

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― 新着の感想 ―
[良い点] 何だかんだで、史郎の両親に餞別を貰えたのは良かったですね 切羽詰まって再び過ちを犯そうとしたあの時と違って、今の亜紀は自分に出来る事と出来ない事、そしていざと井生時には頼るべき人の存在を…
[一言] 史郎ではなく亜紀に通帳と手紙…?、認めたと言うより…亜紀が不幸せになったら史郎も釣られて不幸せになると思って手助けもだけど責任感で縛って亜紀が幸せになるように渡した…のかなぁ ………、これ…
[一言] 史郎の親も、史郎が可愛いだけで、基本的にはとてもいい人なんだよねえ… 報いるためにも、親の望み通り、二人で幸せにならないとねえ。 あともう一歩、かな。 なんやかやでも、子はかすがい、かあ。…
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