霧島と史郎㉔
「ただいま」
「おかえりママぁ……あぁっ!! 史郎おじちゃんもいっしょだぁっ!!」
「やあ直美ちゃん、お邪魔するよ」
「はいってはいってぇっ!! ママぁ、史郎おじちゃんにおちゃとおかしをおだししてくださいっ!!」
「はいはい……もぉ直美ったら、史郎が来るとすぐ調子に乗るんだからぁ……」
いつも通り家に入るなり直美が駆け寄ってきてくれて、嬉しくて笑みを浮かべてしまう。
しかし史郎を見るとすぐにそちらへと飛びついて、必死に手を引いて中へと連れ込もうとする。
「そんなに引っ張らなくても寄っていくから安心していいよ」
「だってぇ、すこしでもながくいっしょにあそびたいもんっ!! だからはやく直美のへやいこうよぉっ!!」
「あのねぇ直美ぃ、今日はちょっと真面目な話があるの……ほら居間の椅子に座るよ」
「だいじなはなしぃ~? 直美おとなのむずかしいはなしよくわかんないよぉ……」
「直美ちゃんにも関係あるお話だからね、ちょっとだけ付き合ってね」
史郎は穏やかに微笑みながら優しく直美を抱き上げて、そのまま居間へと向かっていく。
直美もまた嬉しそうにしながら史郎の身体に抱きついていて、その様子は本当の親子のようだった。
だから私も微笑みながら二人の後ろからついて歩いていく。
そして直美を椅子に座らせると、私と史郎は並んで直美と向き合った。
「ぶぅ……直美だけこっちがわやだぁ……ママか史郎おじちゃんのおひざのうえがいいよぉ~」
「そういいながらどーして史郎の方ばっかり見てるのかなぁ? ママ泣いちゃうよぉ?」
「ママとはおうちでまいにちだっこねんねしてるでしょっ!! 史郎おじちゃんはレアなのぉっ!!」
「えぇ……俺も何だかんだで毎日直美ちゃんを抱っこしてる気がするなぁ……むしろ顔を合わせない日のほうがレアのような……」
「もぉっ!! そーいうこまかいことはどーでもいいのぉっ!! とにかく直美は史郎おじちゃんにだっこをよーきゅぅしますぅっ!!」
不満そうに頬を膨らませる直美だが、そんな仕草もまた愛おしくて私たちの顔は緩んでしまう。
しかしいつまでも直美の可愛さを堪能してるわけにもいかない、気を引き締めると改めて口を開く。
「それより直美、ちょっと真面目な話するからね……少し静かにしてね」
「むぅ……はぁい……」
私の真剣な様子が伝わったのか、素直に黙ってこちらを見つめる直美。
「あのねぇ……実は今ママね……お引越しをしようと思ってるんだけど……直美はどう思う?」」
「ふぇ……ま、ママ……どうしてぇ?」
私の言葉に直美は目を見開くと、とても不安そうに史郎の顔を何度も見ては私へと視線を投げかけてくる。
「それはね……ママ昔悪さしてたから……この街にいると皆に意地悪されちゃうの……直美も変な目で見られちゃってるかも……だから誰も知らない所に行こうかなぁって……」
「あ……うぅ……で、でもでもぉ……史郎おじちゃんはやさしいよぉ……なのにとおくにいっちゃうの? またあえなくなっちゃうの?」
やはり直美にも何か思い当たることがあるのか、少しだけ言葉を詰まらせると顔を俯かせてしまう。
しかしすぐにおずおずと顔を上げたかと思うと、史郎の方を見つめつつ切なげな声を発した。
(そんなに史郎と離れたくないんだぁ……やっぱり前の時の別れが響いてるのかなぁ……)
前に史郎と別れた時、直美は何度も会いたいと口にしていた。
恐らくは本当の父親のように思っていて、そんな史郎と数年越しにようやく再開して毎日遊んでいたのだ。
きっとお友達とかを知らずに育ってきた直美にとっては、史郎が居てくれる今以上の幸せなど存在しないのだろう。
或いは今度別れたらまたしばらく会えなくなるのではと怯えているのかもしれない。
「ね、ねぇママ……直美はきにしないよ……いじわるされてもへーきだし……なにかあっても史郎おじちゃんがきっとまもってくれるよ……だ、だから……うぅ……」
「な、直美……泣かないでよぉ……」
「だ、だってぇ……ヒック……やだぁ……史郎おじちゃんとおわかれやだぁ……」
ついには泣き出してしまった直美を見て、私は罪悪感を覚えてしまう。
(ごめんねぇ直美ぃ……私のせいで泣かせちゃって……どうしてこう話し方が下手かなぁ……)
「直美ちゃん、誰もお別れだなんて言ってないよ……」
「うぅ……お、おじちゃぁん……」
説得が苦手な私に変わって、史郎が笑顔で直美に語り掛けた。
「安心していいんだよ、直美ちゃんがお引越しするところに俺もお邪魔するからさ」
「ヒック……ほ、ほんとぉ……ま、まいにちあいにきてくれるのぉ……うぅ……」
「いやそうじゃなくてね……俺も一緒に住むつもりだからさ……」
「うぅ……ふぇ? い、いっしょに……?」
史郎の言葉を直美は一瞬遅れて理解したようで、泣くことも忘れて目を見開いてこちらを見つめてきた。
そんな直美に私と史郎が頷きかけると、今度はあっけにとられたようにぽかんと口を広げて固まってしまう。
「まあ直美ちゃんが嫌なら止めて……」
「い……いやじゃないもぉおおおんっ!!」
「うおっ!?」
「な、直美ぃっ!?」
しかし史郎のそんな言葉を聞いた瞬間、弾かれたように直美は動き出した。
凄い勢いで机の上に飛び乗ったかと思うと、そのまま史郎に飛びついたのだ。
当然椅子に座ったままでは支えきれず、史郎は直美に圧し掛かられるまま床に押し倒された。
「うごぉっ!? せ、背中打ったぁっ!?」
「し、史郎大丈夫っ!? 直美ちょっと離れなさいっ!?」
「いやぁっ!! もうはなれないもんっ!! 直美、史郎おじちゃんといっしょがいいんだもんっ!!」
直美は涙と鼻水を拭い去るかのように、史郎の胸に顔をうずめていく。
「お、俺のスーツがぁっ!? な、直美ちゃん勘弁してぇっ!?」
「やぁっ!! 史郎おじちゃんといっしょにくらすのぉっ!!」
「わ、わかったから離れなさいってばぁっ!! 史郎が困ってるでしょぉっ!!」
「さきにいじわるいって直美をこまらせたのはママと史郎おじちゃんだもんっ!! だからいいんだもんっ!!」
訳の分からない理屈で史郎にしがみ付く直美の執念は恐ろしく、結局泣きつかれて眠るまで離れることはなかった。
「すぅ……うぅ……しろぉ……じちゃん……くぅ……」
「お、恐ろしい馬鹿力だった……ああ、スーツもYシャツもぐしゃぐしゃぁ……」
「ご、ごめんね史郎私の子供が……クリーニング代出そうか?」
「いいよ別に、予備あるし……それに直美ちゃんは…………俺にとっても子供みたいなもんだからな……」
「っ!?」
当たり前のようにつぶやいた史郎は、眠ってる直美を居間のソファーへと運び横たえさせた。
そしてその寝顔を笑顔で見つめると、優しく頭を撫でてあげるのだった。
「……ありがとう史郎……けど、本当に良いの?」
「ああ……直美ちゃんを放ってはおけないし……お前を放置してまた変な方向に暴走されるのもごめんだからな」
「うぅ……も、もう暴走なんかしないよぉ……」
「……はは、どうだかなぁ」
小さくなる私を見て、史郎は僅かに微笑んでくれるのだった。
「うぅ……信用なぁい……まあ物凄く迷惑かけてるから仕方ないけどさぁ……だけど史郎、ご両親には……」
「ちゃんと説得するよ……あの二人が俺を気遣ってくれるのはありがたいが、だからと言って余計な干渉をされるのはごめんだ……俺はもう大人なんだよ……自分の人生をどう生きるかは自分で決める……それだけだ」
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