霧島と史郎㉓
「お待たせ史郎……帰ろっか?」
「ああ……」
史郎と二人、並んで帰路を歩きだす。
(二人きりになるの……いつ以来だろう?)
史郎を避けるきっかけになった母親の叱咤から一カ月が過ぎているが、それより以前から二人きりになる状態は殆どなかった。
何故なら私たちの傍にはいつだって直美が居た、だから窓越しに私の今後を相談するときぐらいしか史郎と一対一で向き合うような状態にはならなかったのだ。
前ならばきっと好きな人と二人きりという状況を喜んだことだろう……いや今だってさっき史郎が言ってくれた台詞を思い出して胸がドキドキしている。
だけど史郎の方はどうなのだろう、声が出せなくなるほどのトラウマを背負わせた相手と一緒に居るのはどんな心境なのだろうか。
それを考えるととても浮かれる気にはなれなかった。
「……それで、何があったんだ?」
「え?」
前を向いたまま口を開いた史郎の顔は、コンビニに入ってきた時と同じようにどこか険しいままだった。
「さっきの奴らも言ってたが……確かに最近のお前は様子がおかしい……何かあったんだろ?」
「あ……べ、別に何もないよ……ちょっと新しい生活に不安を感じてるだけ……」
史郎の言葉に私は頭を横に振って見せた。
まさか史郎の母親に色々と言われて落ち込んでいますなどと言えるはずがない。
言われた内容自体は正論だし、何より……これ以上史郎に傷付いてほしくなかった。
(史郎は優しいから……自分の母親が私に悪意を抱いてるって知ったら……凄く気にしちゃうよね……)
恐らく史郎の母親がそれまでずっと何も言わないでいたのも、そのためだ。
きっと自分の息子をボロボロにした私が未だに関わってくることを、本当は物凄く嫌だったに違いない。
それでもボロボロの史郎を気遣って言わないで来たのだ……だけど私がいつまでも独り立ちしようとしないのを見てついに我慢の限界に達したのだろう。
(本当に私ったら、何度決意しても少し気を抜いたらすぐに史郎に頼り切っちゃって……全然大人なんかじゃないよ……)
さっき史郎がああいってくれたのはすごく嬉しかった、だけど実際はまだまだ駄目なままなのだ。
史郎が居なければ真面目に働いているからと現状に満足してしまっていた、直美のことだって気づけずにいた。
そしてそれを自覚した後も、自分一人ではどうしていいかわからず……史郎に頼ってしまった。
史郎とはとっくに縁が切れていたのに……私が自分から強引に傷つけて関係を断ち切ったというのにだ。
(おまけに直美直美って、自分の都合ばっかり口にして……史郎がどんな状況に居るのか……全く考えもしなかった……最低だよ私……)
だからこそこれ以上史郎を頼ってはいけないと思う。
もちろん直美を不幸にしないために必要なら、私はプライドも何もかなぐり捨てて雨宮家の人に頭を下げて協力してもらうつもりだ。
だけど私の事で史郎の時間を使わせては……人生をかき乱すような真似をしてはもう駄目だと思う。
「……なら何で俺に相談しなかった?」
「相談するほどのことでもないかなって……私の問題だし、これぐらい自力で乗り越えられなきゃ直美の母親失格だし……」
「その肝心の直美ちゃんを心配させてたら何の意味もないだろうが……」
「えっ!? そ、それってどういうことっ!?」
「直美ちゃんが俺に相談してきたんだよ……ママの様子がおかしいから助けてあげてってな……」
何とかごまかそうとした私だが、まさか直美の名前が出てくるとは思わなくて驚いてしまう。
直美には普通に接しているつもりだったが、どうやらバレバレだったようだ。
「……そっかぁ直美が……それで史郎はわざわざここまで来てくれたんだね……」
「まあ俺も……最近変だとは思ってたからな……」
「……ごめんね史郎……また私……やっちゃったね……」
(ダメダメだなぁ私……結局史郎にも……直美にまで心配かけちゃって……どうしてこう迷惑ばっかりかけちゃうんだろう……)
本当に自分が情けなくて、私は思わず俯いて立ち止まってしまう。
そんな私を気遣って、史郎もまた足を止めた。
「全くだ……って言いたいとこだが……一人で考えたってそう上手くいかないもんだ……俺だって駄目だったからな……」
「え……? 史郎が?」
「ああ……」
顔を上げた私に史郎は頷いて見せると、前を向いたまま落ち着かせるかのように優しい声を出した。
「俺が……声が出なくなった時のこと覚えてるだろ?」
「っ!?」
だけどその内容は、私の心を抉るには十分すぎた。
心臓がドクンと跳ねて苦しくなり、思わず胸を押さえてしまうが史郎はこちらに気づいた様子もなく話し続ける。
「あの時、俺は一人で何とかしようと足掻いて……だけど全然駄目だった……むしろ余計に傷付いて……友達を……亮すら遠ざけて……どんどん落ちぶれて行ったよ」
「っ!?」
「おかげで大学でも上手くいかなくて、自殺すら考えて……だけどそんな中でお前や直美ちゃんと関わるようになって……色々あったけどあっさり声が出るようになった……あれだけ一人で悩んでても何も解決しなかったのにな……だからってわけじゃないがお前も一人で悩ま……あ、亜紀っ!?」
こちらに視線を戻した史郎はようやく私の状態に気づいたようで、心配するかのように手を伸ばしてきた。
だけど……私にはそれに触れる資格はなかった。
全身から血の気が引くのを感じながらも、私は史郎から距離を取りつつ頭を下げる。
「ごめんね史郎……それ、全部私のせい……だよね」
「ど、どうした急に……?」
「私が……あんなことしたから史郎の声は……そ、それでそんなに……く、苦しんでたなんて……」
「な、何でそれをっ!? い、いや違う亜紀っ!! 確かに俺は……」
「ごめんね……私何も知らないで……し、史郎がそ、そんなに……な、なのに私……あぁ……」
気持ち悪くて吐き気がする、自分という存在がおぞましくて仕方がない。
史郎をそこまで追い詰めておいて、何も知らずのうのうと関わってきた自分は何と恥知らずだったのだろうか。
道理で史郎の母親があそこまで厳しいことを言うわけだ……いや、むしろ甘いぐらいだ。
「亜紀っ!? 俺の話を聞けっ!! 俺は……」
「も、もういいよ史郎……無理しないでぇ……私一人で頑張るから……もう史郎に迷惑かけないから……だ、だから……」
「亜紀っ!!」
「っ!!」
必死に謝罪しながら離れようとする私の手を、史郎は強引につかみ上げた。
「し、史郎駄目……も、もういいから……離して……」
「聞け亜紀っ!! 確かに俺はお前のせいで喋れなくなったっ!! 声も出せないぐらいショックを受けたし、物凄く怨んだっ!! 憎しみもしたっ!!」
「う、うん……当たり前だよね……わ、わかってる……だからもう……離して……」
「離さねぇよっ!! もう二度とっ!! 離すもんかよっ!!」
「っ!?」
振りほどこうとする私を逃がさないとばかりに力強く握りしめる史郎は、残った手で私の顔を自分に向けさせてくる。
そしてまっすぐ私を見つめたまま、はっきりと叫んだ。
「俺はお前を失った時一番辛かったっ!! 後悔したっ!! もう二度とあんな思いはごめんなんだよっ!!」
「っ!?」
「それに聞けよっ!! 俺はお前のせいで傷付いたけどそれ以上に救われてんだっ!! 直美ちゃんとお前と一緒に居て本当に……幸せを感じてるんだよっ!! 本当はお前らに頼られることが嬉しいんだよっ!!」
「し、史郎ぉ……」
言い切った史郎はしばらく息も荒く呼吸を繰り返しながらも、私から目をそらそうとしなかった。
そんな史郎に私もまた見惚れて、目を反らすこともできずいつまでも見つめ合うのだった。
「……だから、だからさ……頼むからそんな自分を卑下するな……俺は……もうお前を迷惑だなんて……思ってないから……」
「……ありがとう史郎……そしてごめんね、そこまで言わせちゃって……私本当にお馬鹿だ……」
「……知ってるよ、お前が馬鹿なのも……変わろうとしてることも……ちゃんと……大人になろうとしてるのも……俺を気遣って遠慮してるのも……だけど俺はもっと知りたい……お前が何に悩んでるのかも……全部な……」
「うん、わかった……私もう史郎には何も隠さない……全部曝け出すから……」
史郎と向き合ったままはっきりと頷くと、私は覚悟を決めて史郎の母親に言われたことも含めて全てを伝えるのだった。
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