雨宮と亜紀㉑
「し、史郎っ!! 今ちょっといいっ!?」
私は興奮する感情を抑えながら窓越しに史郎へ語り掛けた。
その手にはつい先ほど、ポストから取り出したばかりの採用通知が握りしめられている。
(ま、まさかいきなり受かっちゃうなんて……史郎のお陰だよっ!!)
引っ越しても史郎が訪ねてきてくれると聞いて、これなら直美も不安にならないで済むだろうと判断した私は早速就職活動を開始した。
その矢先に史郎と二人で考えて選んだ最初の会社にいきなり受かってしまったのだ。
こんな私でも……高校中退だというのに社会に受け入れられたようで嬉しくてたまらなかった。
だからこの喜びを誰よりも先に史郎に伝えたかった……ここまで私を真っ当にしてくれたことに感謝を告げたかったのだ。
「ねぇ史郎っ!! 居ないのっ!?」
「……うるさいわね……史郎はまだ帰ってないわよ」
「あ……っ」
しかし窓が開いて顔をのぞかせたのは、不機嫌そうな顔をした史郎の母親だった。
私より先に帰るはずの直美の靴が無かったからてっきり一緒に遊んでると思ったが、どうやらお外で遊んでいたようだ。
「ご、ごめんなさい……」
「全く……いい加減にしてくれないかしら……うちの史郎はあんたの奴隷でも何でもないのよ」
「わ、わかってます……本当にいつもお世話になって……このお礼はいつか必ず……」
「いらないわよそんなものっ!! それより関わらないでほしいぐらいよっ!! どれだけうちの息子の人生を狂わせれば気が済むのよあんたはっ!!」
頭を下げるけれど、史郎の母親はむしろ怒りを燃やしたようで私に食って掛かってくる。
「ひ、左手の件はうちの母が申し訳ないことをして……う、ううん私のせいですね……直美のことでも面倒をかけてしまってて……」
「わかってるならもうこれ以上史郎を苦しめないでちょうだいっ!! 声が出なくなるほど傷つけてきた女に関わることがどれだけ辛いか考えればわかるでしょうがっ!!」
「……えっ?」
予想外の言葉を聞いて、私は一瞬固まってしまう。
「あんたが史郎と付き合わなかったのは仕方ないわ、だけどあんなふざけた真似して史郎を傷つけたことは許さないっ!! おかげでどれだけ史郎が苦しんだことか……それなのに自分が辛くなったら史郎に頼りに来てまた一生消えない傷を負わせて……心も体もズタズタにして……この疫病神っ!!」
「っ!?」
余りの衝撃に何も言い返せず、私は黙り込むことしかできなかった。
(こ、声……あの時史郎が声出せなかったのって……わ、私の……せい……だったの……?)
オドオドと目も合わせることもできず、私に触れるたび全身を震わせていたことを思い出す。
本当に辛く苦しそうにしていて、だけど私は何かあったのだろうとろくに考えようとしなかった。
「わかったらもう史郎には話しかけないでっ!! いいわねっ!!」
「あ……」
史郎の母親は言うべきことを終えたとばかりに窓を力強く締めて、鍵をかけてしまった。
取り残された私は何もできないまま、その窓を見つめることしかできなかった。
(ああ……私……本当に……馬鹿だ……これだけお世話になっておいて……史郎の過去を知ろうともしないで……何がお返しするだ……迷惑ばっかり押し付けて……私は口ばっかりだ……)
手の中から採用通知が滑り落ちていくが、もう気にする余裕も無かった。
何もかもうまく行っているようで調子に乗っていた気持ちが全て吹き飛んでしまう。
「ただいまぁ~っ!!」
「あ……な、直美……」
だけどそこに直美が帰ってくる声が聞こえてきた。
直美にだけは余計な心配をかけるわけにはいかない。
私は鏡の前に立つと、血の気が引いて青ざめた顔を何度もたたいて無理やり笑顔を作ることを繰り返すのだった。
「ママぁ~、あのね直美……ど、どうかしたのママぁ?」
「んー……何でもないよ、ママは大丈夫だよぉ……」
「け、けどぉ……」
「大丈夫だから心配しないで……ね?」
「う、うん……」
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