霧島と史郎⑳
「ほらぁっ!! 史郎おじちゃんはやくはやくぅっ!!」
「……お邪魔します」
「来てくれてありがとう……寛いでいってね史郎……」
「いいからぁっ!! はやく直美のおへやいこうよぉ」
史郎の手を引っ張って、自分の部屋へと連れて行こうとする直美。
新しく買ったゲーム機を接続してもらうために招いたのだが、この様子だと史郎がやってきたこと自体が嬉しくて仕方がないようだ。
何せ我が家に史郎が来るのは戻ってきた日以来だ、色々と見せたいものでもあるのだろう。
「もぉ直美ったら……あんまり史郎に我儘言っちゃ駄目だからね」
「わかってるもんっ!! 直美いーこだもんっ!!」
「確かに良い子だよ……ちょっと甘えん坊だけどなぁ……この間もおやつを食べるだけなのに抱っことアーンを強要し……」
「わ、わぁっ!? し、史郎おじちゃんしーっ!! いいからはやくいこうよぉっ!!」
「な、直美ぃ……あんたねぇ……」
呆れた様子で見つめる私の前で、直美は慌てて史郎を連れて自分の部屋へと逃げ込んでいった。
(全く直美ったらぁ……まあ父親に甘えてるような心境なんだろうけどさぁ……もっと私にも甘えてくれていいのにぃ……)
どうも直美は私が苦労しているのを知っているのか、家では大人しくて素直な良い子なのだが史郎の前ではかなり甘えているようだ。
余り負担をかけないように気を使ってくれてるのはありがたいが、それでももう少し甘えて頼ってほしいとは思う。
尤も私が情けないからそうできないのだろうが……だからこそ、そんな直美に優しく保護者として接してくれている史郎には本当に頭が上がらない。
(今日も私の家に来るのなんか嫌だろうに来てくれちゃって……もうどうお礼していいか分からないや……)
いつかは恩返しするつもりでいるが、果たしてそんな余裕ができるのはいつになるのか……ましてどれだけ返さなければいけなくなっているのかなど想像もつかない。
しかしそんな先のことを考えても仕方がない、とりあえず今日のところは直美の相手をしてくれている史郎にお茶とお菓子でお返しをしておくことにした。
「ちょっと良い……お茶とお菓子持ってきて……っ!?」
「にゃぁああっ!? 史郎おじちゃんずるいぃっ!!」
「だからこういうゲームなんだって……痛いよ直美ちゃん暴力反対だよ」
部屋に入った私が見たのは、買ってきたばかりのゲームに興じる史郎とその背中を涙目でポカポカ叩いている直美の姿だった。
「な、直美ぃ……何してるのよ?」
「ま、ママぁっ!! 史郎おじちゃんが直美をいじめるのぉっ!!」
「あのねぇ……お互いのターンで交互にプレイしているだけでしょ?」
「ああ、なるほど……」
テレビ画面を見ると史郎のキャラが凄まじい勢いで相手のキャラを退治して陣地を占領していくところだった。
恐らく直美と対戦して、それで一方的にやられて悔しくて八つ当たりしているのだろう。
「もぉおわりでいいでしょぉっ!! 直美のばんっ!! 直美がやるのぉっ!!」
「えぇ……まだやりたいことあるんだけどなぁ……やれやれ……」
「ぜったいにぎゃくてんしてやるだからぁっ!!」
自分のターンを終えた史郎からコントローラーを奪い取るようにして、直美は画面に食い入るように自分のターンを開始した。
「もう少し下がりなさい、目が悪くなるわよ……はぁ……ごめんね史郎……」
「いいよ、いつものことだし……直美ちゃんは我儘も可愛いからなぁ」
「……そうだねぇ」
自分の娘とは言え史郎が私以外の女の子を可愛いと言っているのを見るのは少しだけ複雑な心境だった。
尤も確かに直美の一連の動きは、親の欲目もあるのかとても可愛らしくて微笑ましい限りだった。
だから私たちは穏やかに微笑みながら、後ろで直美の動きを見守り続けた。
「……そういえば、引っ越しの件はどうなった?」
「それは……まだまだ全然……やっぱり一から住むところを探して生活をって考えるとお金が……だからやっぱりまずはちゃんとしたところに就職しないと駄目だね……だけどこれがなかなか……」
ふと思いついたように、史郎が小声で話しかけてきたが私は小さく首を横に振ることしかできなかった。
史郎のお陰で色々と資格も取得して、履歴書に箔をつけることはできた。
だから何も考えず就職活動をすれば恐らくはどこかしらには引っかかるだろう……しかし直美の生活時間と合わせようとすると一気に難しくなる。
「そうか……まあどうしようもなかったら相談しろよ……ちゃんと返すならお金を貸してやっても良いし……」
「そこまでは頼れないよ……けど相談はちゃんとするから……直美を絶対に不幸にしないためにもちゃんとするから……」
「そうしてくれ……後…………その、あれだ…………」
「史郎?」
何故か急に歯切れが悪くなった史郎へ視線を向けると、何やらとても複雑そうな顔をしながら直美の背中を見つめながら口を動かした。
「……引っ越し先は……いや、引っ越し先を決めるときは……相談しろよ?」
「ああ、うん……わかってるよ……私一人で決めたら変なところと契約しちゃうかもだもんね……」
「それもあるが…………場所が遠くても……その…………俺が……寄れるところでないと……」
「え?」
目を丸くする私だけど、史郎は頑なにこちらを見ようとはしなかった。
だけど……その頬が僅かに赤く染まって見えるのは気のせいだろうか。
「だから……その、直美ちゃんの様子を見に……寄れないと困るし……それだけだ……」
「……ありがとう史郎、凄く助かる……ありがとう……」
「勘違いするなよ……お前の生活が気になるんじゃなくて、直美ちゃんがちゃんと暮らせてるか心配なだけだからな……あんないい子が……不幸になっていいわけないからな……」
「うん、わかってる……直美だけは絶対に……幸せにしてあげたい……」
「……そうだな……直美ちゃんだけはな……」
直美のことを口にしながらようやくこちらを見た史郎は、私と目を合わせたまま頷いて見せるのだった。
「はいっ!! 史郎おじちゃんの番だよっ!!」
「……ふふ、はいはいじゃあ俺の……なぁっ!? な、何でどうしてこんなっ!?」
「えへへ~、どぉしたのかなぁ史郎おじちゃぁん?」
「ば、馬鹿なあそこから一ターンで逆転できるわけが……ってぇ三ターンも進んでるぅっ!? ず、ずるいぞ直美ちゃんっ!?」
「これはこーいうゲームなのぉっ!! まけおしみいってないではやくやるのぉっ!!」
直美に声をかけられるなり、私からあっさりと離れていく史郎。
そして直美と共に大人げなくはしゃいでいる様子は、私と話している時とは違って活き活きしているように見えた。
その事実はやっぱり私の胸を少しだけ痛くするけれど、それ以上にまるで親子のように遊ぶ二人を見ていると幸せを感じてしまう。
だから私は離れたところから、二人のことをいつまでも見守り続けるのだった。
「ふふ……もう馬鹿だなぁ二人とも」
「ママぁみたでしょぉっ!! 直美がかったよぉっ!!」
「ち、違うだろっ!? 人のターンまで勝手に終わらせるのは反則だよっ!! やり直しを希望しますっ!!」
「ダメダメなんだからぁっ!! おとこらしくまけをみとめるのぉっ!! ねぇそうだよねママぁ?」
「くぅ……あ、亜紀お前はどっちの味方だぁっ!?」
「え……えぇっ!? そ、そんなこと言われてもぉおっ!?」
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