給料日後
「……何が腕時計だよ……んなもん買うかよ」
上司から腕時計をつけていないだけでさんざん文句をつけられた。
本来俺は客先に出向く業務ではなく、無くていいと就職当時に許可をもらっているのに理不尽な話だ。
しかも他にもつけてない奴がいるのに何故か俺にだけ何度も言ってくる。
(必須だっていうなら支給しろよ……無駄金使えるかよ……)
ただでさえ薄給だというのにそんなものを買ってなど居られない。
俺はムカつきを抑えながら帰路へと付いた。
サービス残業で既に十二時を回っているために、辺りは真っ暗だ。
(ああ、疲れた……寝よう……)
部屋へと戻り、隣の家が真っ暗なのを確認して俺はベッドに横になった。
そして何も考えず目を閉じた。
あっという間に眠りについて、気が付いたら朝になっていた。
(寝た気がしない……もう朝か……仕事か……行きたくない……)
このまま寝続けたくてたまらないけど、時計の音が俺を攻め立てる。
何とか身体を起こして居間へと向かう。
「おっはよーっ!! おじさんあっさだよーっ!!」
「直美ちゃん……どうしたの?」
「えっへへ~、直美の手料理だよ~食べて食べて~」
何故か直美が制服の上からエプロンをつけて、俺に朝食を作ってくれていた。
目玉焼きにベーコンだけだが、いつも朝食も夕食も抜きがちな俺にはとても美味しそうに見えた。
「あ、ありがとう……だけど何で?」
「いーからいーから、ほらほら急がないと遅刻だよ~」
直美の言う通り確かに余りのんびりもできない。
俺は言われるままに席について直美の手料理を味わった。
「どぉ~おいしぃ?」
「うん、すごくおいしいよ……ありがとう」
「えっへへ~だけどこれだけじゃないんだぞ……じゃーんっ!!」
直美がポケットから綺麗に包装された箱を取り出した。
不思議に思いながら開けてみると、中から腕時計が出てきた。
「な、直美ちゃんっ!? ど、どうしてっ!?」
「いやぁネクタイとどっちにしようか悩んだんだけどねぇ~、こっちなら断られても換金できそうだから~」
「い、いや直美ちゃんのプレゼントを受け取らないわけないよっ!! け、けど何でっ!?」
「うっふっふ~、さあてなんででしょぉ~?」
はぐらかす直美だが、プレゼントを見回していると変なカードが付属していた。
父の日キャンペーンと書かれたそれを見つけて、直美へと視線を戻すと恥ずかしそうに微笑んだ。
「なぁんかこういうのプレゼントするとポイント高いって言うしぃ~……嫌だった?」
もじもじしていて、だけどどこか不安そうにしている直美に俺は思いっきり首を横に振って見せた。
そしてすぐに腕に巻いて見せた。
「すごく嬉しいよ……ありがとう直美ちゃん」
「えへへ……これからも色々とよろしくねぇ~おじさん」
「うん、もちろん……これも大事にするよ……ひょっとしてこの間給料日に迫ってきたのってこれを買うため……?」
「やだなぁ~単純に直美がお小遣いほしかっただけだよぉ~、それよりそろそろ行くね~」
直美はササっと玄関へと向かってしまった。
まるで照れ隠しのようだった。
(やっぱりそう言うことか……だから給料日後の今日色々としてくれたのか……優しいなぁ)
「じゃあ行くからねぇ……おじさんもお仕事無理しないでねぇ~」
「ああ、わかってるよ……行ってらっしゃい」
直美を見送り、残された手料理を堪能して……俺は腕時計を磨きながら意気揚々と会社へ向かうのだった。
(直美ちゃんは本当にいい子……あれ、値札……3,400円の半が……見なかったことにしよう……)




