霧島と史郎⑮
「はぁ……」
「……亜紀ちゃん、最近ため息多いけど大丈夫かい?」
「あはは……大丈夫ですよ……はぁ……」
心配そうな店長の声に軽く首を振って仕事を続けるが、やはりどうしてもため息が漏れてしまう。
最近ずっとこんな調子だ、何をしていても史郎のことを考えてしまって気分が優れなかった。
そんな私を気遣って店長や同僚が心配して声をかけてくれるが、こんなことを相談できるはずがない
(散々迷惑をかけて傷つけた人に普通に接してほしいとか……恥知らずにもほどがあるもんね……はぁ……)
未だに私は史郎とろくに会話すらできていない、それでもせめて今までのお詫びと恩返しはしなければと色々試しているがこれもまた上手く行っていないのだ。
何せおすそ分けから何まで、雨宮家の人たちは私からは何一つ受け取ってはくれないのだ。
尤も直美に持って行かせれば話は別だろうけど、そうやって無理やり渡したところで喜ばれるとは思えない。
(全部自業自得だけど……ここまで嫌われちゃったんだって思うとやっぱり……辛いなぁ……)
「はぁ……」
またしてもため息が漏れてしまう。
あれほど史郎と会いたいと思っていたはずなのに、実際に戻ってきたらまさかここまで苦しむことになるとは思わなかった。
(まあ直美が嬉しそうなのと……史郎が喋って笑えるぐらい元気になってたのは嬉しいけどさ……)
別れる前のボロボロだった史郎と比べると、今はかなりまともに戻ってきている。
それこそ私に接する以外のところでは普通にしているようだし、その点は良かったと思っている。
(多分そのきっかけになったのは私を助けたあの時の……だけどそのせいで大怪我もしちゃったみたいだしなぁ……はぁ……)
しかも史郎はあの日私が直美を放り出して男遊びに行ったと勘違いしているようだ。
恐らく警察か何かで私の母の供述を聞いた結果なのだろうけど、だからこそ史郎は未だに私を信じていないしそんな馬鹿な女を守ったことを後悔しているかもしれない。
できればその誤解も解きたい、私は史郎のお陰でまともに成れたのだと分かってほしい……感謝させてほしい。
しかしどうすればいいのか全くわからなくて、私はただため息をつくばかりだった。
「はぁ……あ、いらっしゃいませぇ」
「ど、どうも霧島さんっ!!」
お客が入店した音を聞いて挨拶しつつ頭を上げると、常連客の男の子が私に頭を下げ返してきた。
まだ学生で若々しいけれどそれなりに整った顔つきの子で、いつも私に話しかけてくるのだ。
(ここの所毎日来てるなぁ……飲み物も文房具も他のところで買ったほうが安いのになぁ……)
昔の私も色々と面倒くさがってコンビニで物を揃えてばかりだったが、子持ちとして家計を考えて生活をしている今となっては勿体ないお金の使い方をしていると思ってしまう。
しかし第三者である私が忠告しても仕方がないし、何よりせっかく買いに来てくれているのだから店員としては笑顔で受け入れるべきだろう。
「いつもありがとうございます」
「あはは……霧島さん、その……大丈夫ですか?」
「え? 何が?」
「い、いやここの所ため息多いし……なんか無理して笑ってるみたいな……」
彼はしどろもどろになりながらも私を心配そうに見つめてくる。
(まさかお客にまで心配されちゃうなんて……情けないなぁ……)
流石にこのままでは不味いかもしれない、どうにかして気分を入れ替える方法を考えたほうがよさそうだ。
尤もだからと言ってお客でしかない彼に相談する気にはなれなくて、私は愛想笑いを浮かべてみせた。
「そんなことないですよ、気のせいですってば」
「そ、そうですか……も、もし何かあれば俺でよければ相談に……」
「ありがとうございます、だけど大丈夫ですから……あ、いらっしゃ……っ!?」
そこに新しいお客が入ってきて、挨拶するためにそちらへと顔を向けた私はそのまま固まってしまう。
「き、霧島さんっ!?」
「あ、亜紀ちゃんどうしたのっ!?」
彼と店長も私の異常に気付いたようで声をかけてくるが、だけど何も言い返す余裕もなく入ってきた史郎をじっと見つめ続けた。
それに対して史郎はいつも通り私を睨みつけた後、静かに店内をうろつき始めた。
「……亜紀ちゃん、あの人知り合いなの?」
「あ……はい……お知り合い……です」
もう幼馴染とも好きな人とも言えなくて、ただの知り合いとしか表現できない関係に胸が痛む。
だけどそんなことを表に出すわけにもいかなくて、何より仕事中に遊んでいるわけにもいかない。
「あ、亜紀さん……あの……それでさっきの話の続きですけど……」
「ごめんね、仕事中だから……ありがとうございました」
「あ……は、はい……じゃあまた来ます……」
営業スマイルでお客を追い返し、何か言いたげにこちらを見ている店長を無視してレジ内で出来る業務を済ませていく。
それでもチラチラと横目で史郎を追いかけてしまうが、向こうもまた私に向かって何度も視線を投げかけてきていた。
そしてお客が居なくなったタイミングで、ようやく飲み物を手にレジにやってきた。
「い、いらっしゃいませ……ど、どうしたの史郎?」
「別に……たまたま仕事が早く終わったからな……様子を見に来てみただけだ」
「そ、そうなんだ……」
「……さっきの男は新しいお相手か? それともそっちのおっさんか?」
「ち、違うからっ!? ただのお客さんに店長だよっ!?」
私にしか聞こえないぐらい小さい声で、だけどはっきりと侮蔑を込めて呟いた史郎の言葉を慌てて否定する。
「どうだかな……まあお前が誰とどうしようと勝手だが、直美を泣かすような真似だけはするなよ」
「わ、わかってるよ……それに私はもう男の人なんかどうでもいいから……本当にもう……」
「…………」
涙ぐみそうになりながら必死で訴えるけれど、史郎は何も言わずじっと見つめてくるだけだった。
「おはよーございま……あ、亜紀ちゃんどうしたのっ!?」
そこへ次のシフトに入る女の子がやってきて、この場の空気と涙ぐむ私を見て困惑したような声を出した。
慌てて涙をぬぐって、変な心配されまいと愛想笑いをする。
「う、ううん何でもないの……おはようございます……」
「……じゃあな」
「あ……ま、待ってっ!!」
そんな私をしり目にさっさと清算を済ませて帰ろうとする史郎を止めようと手を伸ばしてしまう。
そして私に上着を掴まれた史郎は、一瞬ピクっと反応したものの振り払おうとはしなかった。
「……何だ?」
「あ、あの……その……わ、私もう仕事終わるから……い、一緒に……史郎が良ければ……」
「…………」
「あ……」
しどろもどろになりながらも何とか口にした私の言葉を聞いた史郎は、今度こそ無言で私の手を振り払い外へと出ていった。
「あ、亜紀ちゃん……えっと……あの人って……?」
「……ご、ごめんっ!! わ、私もう帰るからっ!!」
「あ、ああ……お疲れ様……」
それでも諦めきれなかった私は、すぐに着替えると皆を置いて急いで史郎の後を追いかけるのだった。
「……どこ行くんだ?」
「えっ!? し、史郎っ!? ど、どうして……?」
「お前が言ったんだろ……ほら帰るぞ……」
「ま、待ってて……くれたの?」
「…………どーせ同じ方角だからな」
「……ありがとう史郎」
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