霧島と史郎⑫
「ママぁ~、きょうはすっごくびじんさんだねぇ~」
「あ、あはは……そ、そんなことないと思うけどなぁ~」
直美の指摘を笑ってごまかそうとするけれど、実際のところかなり気合を入れておめかししている。
何せ史郎に会えるのだ……無駄だとはわかっているが少しでもお洒落しているところを見せたいと思ってしまう。
(もう二度と会えないと思ってた……それぐらい史郎の両親怒ってたもんね……当たり前だけどさ……)
前に私の母が暴れた際、史郎は警察が駆けつけるまでの間ずっと母の相手をしていてくれた。
しかし半分精神がおかしくなってタガが外れていた母は異常な怪力で、それこそ警察が数人掛かりで抑え込まなければ止まらなかった。
当然一人で食い止めようとした史郎は、致命傷こそ追わなかったがあちこち刺されて大怪我を負っていたようだ。
尤も私はあの後一度も史郎と会っていないのでどこまで本当かは分からない、しかし少なくとも怪我をしたのは確かなようで刃物で人を傷つけた母が問答無用で逮捕されたのは事実だ。
そして実の息子がそんな目にあったと知った史郎の両親は、私に二度と関わるなと言い放ちどちらかの実家へと引っ越してしまったのだ。
(大変だったなぁあの後は……お巡りさんに呼ばれて流石にあいつ……お父さんも戻ってきて……)
物凄く面倒くさそうに、そして嫌そうな態度を隠しもせずに私たちを貶していたあいつだがある時期から急に態度を変えてきた。
未だに理由はわからないが、とにかく最終的にあいつは母を精神病院へ入れる手続きを済ませた上でこの家に戻らないことを条件に直美が高校を卒業するまでは最低限金銭の面倒を見ると約束したのだ。
時々お金の振り込みが遅れたりするから安定した生活にはまだまだ程遠いが、それでも何とか今日までやってこれた。
(それもこれも全部史郎がきっかけを作ってくれたから……史郎が私を守ってくれたから……直美が笑っていられるのも私が生きてるのも全部史郎のお陰……大好きな……あの人の……)
本当に私の今があるのは全て史郎のお陰だった、かつてのことを思い返すたび史郎への想いは強くなる。
優しくていざというときは頼りになって、私が困っているときはいつだって助けてくれる王子様が史郎だった。
そんな素敵な人に惹かれないわけがなくて、自然と史郎に恋心を抱くようになっていた。
そして同時に……何故あれほどまでに史郎へ執着したのかもはっきりしてしまった。
(最初から……私にとって史郎は大切な人だったんだ……ドキドキするのだけが恋愛だって勘違いしてさ……そりゃあ苦しいよ……)
史郎の傍に居れば安心できて、幾らでも頼ることができて……なのに自分からその幸せを切り捨ててしまった。
あれほど夢にまで見ていたというのに、どうして私は素直に受け取らなかったのだろうか。
(もう好きだなんて言っても遅いよね……それどころか嫌われてるのが当たり前だよね……はぁ……)
自業自得だが史郎本人から両親にまで嫌われているであろう私が、今更あの人と結ばれれるわけがない。
二度と叶うことがない恋心なのだと頭では理解している、それでも実際に会えると思うと胸が高鳴って仕方がなかった。
だから朝から何度も鏡を覗き込んで、何度も何度も身支度を整えてしまう。
そんな鏡の向こうでは、黒く染めなおした髪の毛に派手さとは無縁の質素な洋服を着た私が穏やかに微笑んでいた。
(せめてこれだけまともになったよって伝えて……あの日のことを謝りたい……ううん、あの日だけじゃないそれまでの……そして今までの全てを……史郎……)
そう決意した私の耳に、インターホンが鳴る音が聞こえてきた。
「きたぁああっ!!」
「な、直美っ!?」
その瞬間に、相手を確認しようともせずに玄関へと駆け出していく直美。
あの子も当時のことをはっきりと覚えていて、困ってる私たちを助けてくれた史郎へ尊敬の念を抱いている。
だから再会できるのが嬉しくて仕方ないようだが、万が一にも変な人だったら大変だ。
急いで後を追いかけるが、既に直美は玄関の鍵を開けてドアを開いてしまっていた。
「あ……っ」
するとそこから……私が世界で一番愛する男性が姿を現した。
「史郎おじちゃぁんっ!!」
「久しぶりだね直美ちゃん……俺のこと覚えててくれたの?」
「あたりまえだよぉっ!! だって直美、史郎おじちゃんのことだいすきだもんっ!!」
「そっかぁ、嬉しいなぁ」
足元に飛びついた直美を優しく抱き上げたスーツ姿の史郎は、何だかとても大人びて見えて私は声も出せないほどドキドキしてしまう。
そして微笑みながら直美の頭を撫でていた史郎は、ゆっくりと頭を上げて私の事をまっすぐ……睨みつけてきた。
「っ!?」
「……よぉ、久しぶり……だな……」
「史郎……おじちゃん?」
衝撃で固まった私は、さらに直美に向けるのとはまるで違う感情のこもらない冷たい声を発した史郎に何も言い返すことができなかった。
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