霧島と史郎⑪
「ママぁ~いってくるねぇ~っ!!」
「車に気を付けてね、後忘れ物は大丈夫?」
「直美はだいじょーぶぃなのぉっ!! じゃあねっ!! ママもおしごとがんばってねーっ!!」
「ああもうあんなに焦って走ってぇ、転んでもしらないからね……はぁ……」
勢いよく家を飛び出していった直美を見送り、私はようやく一息ついた。
小学生になった直美は元気いっぱいで、とても可愛いけれど相手をしていると物凄く疲れてしまう。
(だけど私そっくりに育ったなぁ……見た目だけだけど……)
かつての私と違って直美は本当に良い子だ。
勉強嫌いな節こそあるが、家のお手伝いなどもしてくれるし私の言うことにもそれなりに素直に従っている。
だから私もそんな直美が愛おしくて、この子の為なら何でも頑張ろうという気持ちになれるのだ。
(よぉし、今日もお仕事頑張りますかっ!!)
いつも通り身支度を整えると、私は自宅に鍵をかけて早速職場へと向かう。
その途中、ちらりと横目で隣の雨宮家を眺めるけれど相変わらず明かりは完全に消えている。
それを見ると胸がとても痛むけれど、今気にしても仕方がない。
私は顔をそらして隣町にあるコンビニへの道を駆け抜けていく。
(やっぱり自転車欲しいなぁ……けどそんなお金あったら貯金しておきたいし……少しでも節約しなきゃ……)
高卒でろくな資格もない私が働ける場所は限られている。
おまけにこの街ではさんざん痴態を振りまいていただけに、まともな就職は適わなかった。
だからわざわざ距離のある隣町のコンビニで、働くようになったのだ。
(本当に辛かったなぁ……給料も全然もらえないし……社会の相場なんか全然知らなかったもんなぁ……)
世間知らずだった当時の私は、売春で貰えてた額と比べ物にならない給料に愕然としたものだ。
それでもまともに生きると決めた以上、この少ない金額でやりくりするしかないと知り必死になって節約するようになった。
尤もあの男……私の父親から家賃と養育費は最低限振り込まれているからただ生きていくだけなら何も問題はない。
(だけど直美はこれからどんどんお金がかかるもんね……片親だからって金銭で不自由してほしくないし……頑張らなきゃ……)
直美には幸せに成ってほしい、片親だからといらぬ苦労を背負い込んでほしくない。
それは金銭だけでなく愛情もだ、そのためにシフト制の場所でわざわざ直美が学校に行っている時間に働くように調整したのだ。
「おはようございますっ!!」
「亜紀ちゃん、今日もよろしくねぇ~」
(今日は廃棄弁当あるかなぁ……まあ直美にはちゃんとしたの食べさせなきゃだけど私の分ぐらいあったら助かるんだけどなぁ……)
店長に挨拶しつつ打算を考えながら、私は制服に着替えて仕事を始めた。
ここで働き始めてもう数年がたつ。
流石に仕事にも慣れてきて、私はてきぱきと業務を終わらせていく。
「いらっしゃいませぇ~」
「よお亜紀ちゃん、相変わらず美人だねぇ~」
「あはは、どうもぉ」
男のお客様の中にはこうして馴れ馴れしく話しかけてくる人も多い。
褒められること自体は悪い気がしないが、それでも私としては余り相手をしたいとは思えない。
だから適当に笑って流して、接客はさっさと終わらせるようにしていた。
「やっぱり亜紀ちゃんがレジに立つとお客の入りが違うねぇ」
「店長までそんな……お世辞言っても仕方ないですよぉ~」
「お世辞じゃないって、亜紀ちゃんだって見覚えのある客結構いるでしょ?」
「たまたまですよぉ、私がこの時間帯にしか入らないからそれっぽく見えるだけですよぉ~」
店長の言葉も受け流すが、確かに私目当てに来店したわけではないだろうがチラチラとこちらを見てくる男の人は多い。
前の私なら自分の美貌に自信がついて単純に喜んだことだろう、だけど今はただ疲れるだけだった。
「いやいや亜紀ちゃんは本当に可愛いからねぇ……本当に彼氏いないの?」
「……まあ、彼氏はいませんね」
(子持ちだけどね……それに……好きな人は居るし……一生実ることのない片思いだけど……)
店長の言葉に私はある人のことを思い出しそうになり、慌てて頭を振って思考を有耶無耶にしようとした。
今更、考えても仕方がないことだ……もう私が彼に逢うことは二度とないのだから。
(はぁ……後悔先に立たずってこういうことだよねぇ……あーあ、昔の私の馬鹿……)
悲しみが込み上げて来そうになり、私は再度頭を振って今度こそ忘れようと仕事へと没頭することにした。
そうして夢中で仕事を続けたおかげか、あっさりとシフト交代の時間になった。
「お疲れ様です、また明日」
「はいまた明日、お疲れ様」
店長に頭を下げて、少しだけあった廃棄弁当を貰って私はコンビニを後にした。
そして帰路を歩きながら携帯を取り出すと、履歴に残っている病院へと電話をかける。
「もしもし、いつもすみません霧島亜紀ですが母の様子は……」
『ああ、どうも亜紀さん……今日もいつもと変わりありませんよ』
「そうですか……まだ面会は難しいですか?」
『残念ですけど……言いにくいですけど亜紀さんがストレスに関わっていた節もあるので下手に会わせて症状が悪化しては……』
「わかりました……ありがとうございます、失礼します」
連絡を終えて、母の精神が未だに回復していないことに……少しだけ安堵してしまう。
もし今帰ってこられてまた暴走されたら、今度こそ止めることはできないだろうから。
それこそ直美の身の安全を考えたら、申し訳ないけどもう少しだけ病院に入院していてほしい。
(だってもう……私たちを庇ってくれる人はいないもんね……)
家の近くまで戻った私はもう一度隣の雨宮家へと視線を投げかけるが、やはり明かりはどこにも灯っていなかった。
当たり前だ……誰も住んでいない家に電気代を払う人が居るはずがないのだから。
(ごめんね史郎……最後の最後まで迷惑かけて……せめて謝りたかったよ……)
だけどもうその願いが叶うことはないのだ。
私の母が暴走して精神病院に入れられることになった事件をきっかけに、史郎は遠くへと行ってしまったのだから。
(……しっかりしろ私、直美にこんな顔見せたら心配させちゃうぞ)
感傷に浸って涙ぐみそうになった私だが、直美を不安にさせないために自分の頬を叩いて心機一転すると笑顔で自宅に入るのだった。
「ただいまーっ!! 直美ぃ、ママが帰ったよぉ~」
「ママぁ~っ!! おっかえりぃっ!!」
「おお、元気元気ぃ~それにすっごい笑顔だねぇ~何か良い事あったのかなぁ~」
「えへへ~、あのねぇさっき史郎おじちゃんがおでんわしてくれたのぉ~」
「え……?」
「こんど直美のおようすみにきてくれるんだってぇ~、だからママのひまなじかん……ママぁ?」
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