霧島と史郎⑨
「まぁ……すぅ……くぅ……」
「よしよし……お休み直美……」
遊び疲れて眠ってしまった直美を布団に横たえる。
ここにきてからというもの、直美は実家に居た時とは違い活き活きと毎日楽しそうに過ごしている。
(もっと早くこうしてあげればよかったなぁ……まあ私はちょっとだけ居心地悪いけどさ……)
史郎とその両親はかつてと違い、私とは最低限の会話しかしようとしない上に普段は露骨に無視されている。
直美に対してはもう少しマシだが、やはり厄介者扱いされていることには変わりがないようで理由がない限り部屋から出ることは許されなかった。
尤もそれは私の母親に居場所がばれないようにしている意味もあるし、何より衣食住の面倒を無償で見てくれているのだから文句を言えるはずがない。
(だけどいつまでもここで甘えているわけにはいかないよね……直美だってお外行きたいだろうし……)
今でこそ直美は私と一緒に遊べるだけで満足しているが、引きこもってばかりではいずれ不満を感じ始めるだろう。
何より成長すれば義務教育のためにも外に出る必要がある、それまでには何とか雨宮家から自立しておきたい。
雨宮家の人間からしても、私を匿うことになんのメリットも無い……むしろ下手したら誘拐だなんだと言われかねないのだから。
しかし私たち親子が自立するためには、その前に私の母親との関係をどうにかしておく必要がある。
(仮にどこかで直美と暮らしたとしても、そこにお母さんが来襲したら結局何も変わらないもんね……それに親権を盾に直美を無理やり引き取られちゃうかも……)
母はこの歳で子供を出産するようなだらしない女に育った私を軽蔑しているようだし、直美をそんな風にはさせないと考えて必死に教育をしていたほどだ。
だから私が育てようとしても悪影響が出るとかいいだして、直美を連れて帰ろうとしても不思議ではない。
そしてそうなれば……書類上は姉でしかない私より母親であるあっちの主張が優先されるのは目に見えていた。
そうならないためにも、直美の親権を取り戻すか……母親が私たちに関われないようにする必要があった。
(親権は血液検査とかすればいけるのかな? ああもう、出産した病院の名前さえ分かればいけそうなのに……全部お母さんにまかせっきりだったもんなぁ……はぁ……どうして私こんな馬鹿だったんだろう……)
自分のだらしなさが本当に情けないが、落ち込んでいても何も変わらない。
(だけど頑張らなきゃ……直美はこんな私しか頼れない……ううん、頼ってくれてるんだからっ!!)
私の目の前で無防備な寝顔を晒す可愛い直美を見ていると、愛おしさと共に絶対にこの子の笑顔を守ってあげたいという想いが込み上げてくる。
「直美……ママ頑張るからねぇ……何も心配しなくていいからねぇ……」
「すぅ……くぅ……んぅ……くぅ……」
優しく頭を撫でて、起こさないようプニプニなほっぺを堪能してから私は改めて今後のことを本腰入れて考え始めた。
(とにかく親子関係の証明と他所で暮らすための準備に、史郎たちへお返しもしないとね……だけどやっぱりお金が無きゃどうしようもないや……)
病院で何かしらの検査やら証明書を発行してもらったり史郎たちへの恩返しや、また母親と縁を切って暮らしていくにしても……何をするにしてもお金を稼がなければどうしようもない。
しかしまともに生きてこなかった私にはお金を貰える方法なんか一つしか思い浮かばなかった。
ちらりと横目で史郎たちが用意してくれた家財道具、その姿見へと視線を投げかけた。
そこには私が唯一周囲から持て囃されていた美貌が、陰ることなく映し出されていた。
(子供を産んでもスタイルは崩れてないし……まだ全然イケルよね私……)
元カレに付き合う最中、何度か援助交際じみたことをしてお金を貰ったことがある。
当時と外見は殆ど変わっていないのだから、きっと今も上手くやれると思う。
問題なのは直美だが、現状なら私が出かけている間ぐらいは雨宮家の人たちが面倒を見ていてくれるはずだ。
(百万円ぐらいあれば大丈夫かな……相場とかよくわからないけどあの時と同じなら多分頑張れば今月中には貯まるはず……)
私には他にお金を稼ぐ方法など思い当たらなかった。
史郎たちに相談すればわかるのかもしれないけど、これ以上余計な迷惑をかけたくはなかった。
何せ史郎は未だに私の顔をまっすぐ見ようとしないし、いつすれ違っても苦しそうな顔をしている。
多分史郎も自分のことで手一杯なのだ、それなのに無理して踏ん張って私たちに助け舟を出してくれたのだろう。
(もう十分すぎるほどしてもらった……これ以上面倒見てもらうわけにはいかないよね……)
そんな史郎の負担を僅かにでも軽くしてあげたかった……私たちのことで頭を悩ませてほしくなかった。
だから携帯電話を取り出して、お小遣いをくれそうな男の人を探そうとした。
(なるべく金払いの良さそうな人が……行為が目的じゃないんだから前みたいに好みとかで選んじゃ……好み……史郎……)
だけどどうしても指が動かなかった。
前は全く感じなかったのに、今は他所の男と身体を重ねることに抵抗があった。
同時に何故か……史郎の姿ばかりが脳裏に浮かんでくる。
(な、何考えてるんだ私……どうして史郎のことが……い、今はお金を稼ぐことだけを考えなきゃ……どうせさんざんしてきたでしょ私……今更……どうして……)
幾ら吹っ切ろうと頭を振っても史郎の顔が離れない。
昔よく見た笑顔、私が拒絶したときに浮かべた儚い笑顔……そして今の辛そうな顔が浮かび上がる。
『し、史郎……わ、私……』
『いいんだ、亜紀は悪くないよ……ほら、泣き止んで……んっ』
更に連想するように何度も見た夢が思いだされて、気が付いたら私は涙を流してその場に蹲っていた。
胸が痛くて苦しくてどうしようもないのに、嫌悪感はまるでない。
こんな想いは初めてだった……正確には史郎の夢を見て目が覚めた後に少しだけ感じていたような気もする。
(他にどうしようもないのに……こうするしかないのに……どうして今更こんな……苦しいよ史郎…………助……)
携帯が滑り落ちて自由になった手で左胸を抑えながら、私は感情の波が去るまで涙を流し続けるのだった。
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