霧島と史郎⑤
「…………」
「…………」
いつまでも道端に蹲っているわけにもいかず、私たちは自然と肩を並べて道を歩き出した。
途中コンビニに寄った史郎がタオルを買ってくれたから、それで濡れた部分を軽く拭き取ってみたが服に染み込んだ水分はそうそう落ちてはくれない。
それでも雨ざらしの時よりはずっとマシになって、ようやく私は史郎を横目で眺める程度の余裕ができてきた。
「…………」
私たち親子が濡れないよう傘こそさしてくれているが、決してこっちを見ないように顔を背けて距離も取られている。
おかげで史郎の身体は殆ど傘からはみ出ていて、雨に打たれてどんどんと全身が濡れていく。
「し、史郎……もっとこっちに寄ったら……?」
「っ!?」
私が声をかけるとびくりと怯えたように身体を震わせた史郎は、しかし何を言い返すこともなかった。
顔をそむけたまま一瞬だけ固まったかと思うと、すぐにそれまでと同じように歩き出す。
だから私もこれ以上何を言うことも無く、ただ史郎の誘導に従うように歩き続けた。
(何も言ってくれない……まだ前に私が言ったこと気にしてるのかな……それとももう言葉も交わしたくないぐらい嫌われてるのかも……)
唐突に史郎との縁を切って、その後も嫌がらせのように聞こえるように陰口を叩き見せつけるように様々な下種な行為をしてきた。
はっきり言って嫌われてないほうがおかしいのだ、だからこうして構ってくれているだけでもありがたいと思わなければならない。
何せ私たちは、こんな窮地にも関わらず皆から見て見ぬふりをされるほど厄介者なのだから。
「……し、史郎……あの……どうして私を?」
「…………」
「え、えっと……し、史郎は大学行ってるんだよね? さっきの場所は通学路だったの?」
「…………」
「わ、私は何もしてなくて……そ、そうだこの子直美って言って……私の…………」
それでも事情を分かってもらおうと話しかけようとするけれど、史郎は一切返事をしてくれない。
(し、史郎……どうしてこんな意地悪するの……返事ぐらいしてよぉ……)
「わ、私ね……私…………史郎……は………………」
「…………」
何でもいいからきっかけが欲しくて、どんどん話題を振るけれど結局史郎が声を出すことはなかった。
私もまた虚しさやら情けなさが込み上げてきて、気が付けば無言で俯いて腕の中の直美を眺めていた。
よほど疲れていたのだろう、環境の変化に一切気付くことなくただ安らかな寝顔を見せる直美はまるで天使のように可愛かった。
(やっぱりこの子だけは……だけどどうしたら……やっぱり史郎に……あっ!?)
もう一度史郎に事情を説明しようと顔を上げたところで、私は自分が居る場所が家の近くだと理解してしまう。
どうやら史郎は私たちを家に送り返すつもりだったようだ。
「し、史郎っ!? だ、駄目なのっ!!」
「っ!?」
「痛っ!?」
慌てて史郎を止めようとその肩へ手を伸ばして……物凄い勢いで叩き落とされた。
痛みの余り顔をしかめる私の前で、史郎は傘すら放り投げて思いっきり飛び下がると初めてこっちへと顔を向けてきた。
その表情は……恐怖とも怒りとも判別がつかない形相に歪んでいた。
(な、なにこれ……私こんな史郎知らない……何でこんな……苦しそうなの?)
史郎の異常な姿に私は雨に打たれていることすら忘れて呆気に取られてしまう。
「……くちゅんっ!!」
「あっ!? な、直美っ!?」
「っ!?」
そのせいでついに雨に打たれてしまった直美が寒さに震えるようにくしゃみをして、目を覚ましてしまう。
「うぅ……まぁま……なおみ……つめたいの」
「ご、ごめんね直美っ!!」
慌てて近くに落ちていた傘を使って庇うけれど、既に寝間着は濡れてしまっていた。
このままではすぐに凍えてしまう、どうにかして着替えさせないといけない。
だけど着替えなんか持ってきてなくて、新しいのを買おうにもお金だって全くないのだ。
「うぅ……あぅ……さむい……まま……なおみさむいよぉ……」
「あぁ……直美ぃ……どうしよう……どうしたらぁ……」
仕方なくタオルの残りで顔や髪の毛を拭ってあげるが、それ以上何もできない自分の無力さに涙すら流れてくる。
「…………」
「し、史郎っ!! お願い直美を助けてっ!! 今までのこと全部謝るからっ!! 私に出来ることなら何でもするから助けてよぉっ!!」
もう恥も外聞も投げ捨てて、近くで何も言わずこちらを見つめる史郎に懇願する。
「…………」
「え……し、史郎っ!?」
そんな私の前で史郎は改めて傘を手に取ると、その下で携帯電話を取り出し……無言で弄り始めてしまった。
(ああ……そうなんだ……やっぱり史郎も……ううん、史郎が私を助けてくれるわけないよね……そうだよね……あれだけ酷いことをしておいて助けてもらうだなんて都合よすぎだよね…………)
もはや最後の希望の糸すら切れて、私は絶望のあまり全身から力が抜け落ちて崩れ落ちてしまいそうになった。
「……えっ?」
「っっ!!」
だけどその前に史郎が、本当に辛そうにしながらも私の腕を掴んで支えてくれた。
そして史郎は何かを堪えるように震えながらも、私の目の前に携帯電話の画面を見せてくるのだった。
『声でないからこうする……何があったかちゃんと話せ……じゃないと動けない』
「声が出な……そ、それって……ううん、それより史郎……た、助けてくれるって……こと?」
『じゃなきゃさっさと帰ってる』
「……史郎……史郎ぉっ!! うぅ……うわぁあああんっ!!」
『泣くな、子供が大変……さっさと事情話せ』
「うぅ……ひっく……う、うん……あ、あのね私のお母さんが……」
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