霧島と史郎④
「……直美ぃ、寒くない?」
「……うん」
日が落ちて暗くなってきた道を直美が凍えないよう優しく抱きしめながらさ迷い歩く。
(どうしよう……どうしたらいいんだろう……)
お金も無く帰る場所もない私は、この後どうしていいかまるで思いつかなかった。
誰かに助けを求めようにも、この街では私の悪い噂も母の奇行も知れ渡っている。
だからみんな私たち親子を見ても、厄介ごとに関わりたくないとばかりに早足で立ち去ってしまうのだ。
他の街に行こうにも電車代はないし、直美を抱き抱えてそこまで歩いて行くのは無理がある。
先行きの見通しの無さに、私はどうしても涙ぐみそうになってしまう。
「……ままぁ?」
「……どうしたの直美?」
そんな私の様子に気づいたのか、少しだけ不安そうな声を出す直美。
(いけない……直美に余計な心配かけちゃ……安心させてあげなきゃ……けどママもどうしたらいいのかもうわかんないよ……)
笑いかけてあげなきゃと思うけど、今後のことを思うとどうしても笑顔を作ることはできなかった。
「……ごめんねぇ直美……馬鹿なママでごめんね……」
せめて夜風で震えないように腕の中にしっかりと抱きかかえる……私にはそれしかできないのだ。
今更ながら自分がどれだけ駄目な人間だったか分かってしまう。
(たった一人の娘も守れないなんて……私……今まで何してたんだろう……)
好き勝手に生きて、子供ができたからって育てる環境も無いのに産んで母親がおかしくなるまで育児を押し付けた。
楽な方楽な方へと流されて、それでも最後の最後にギリギリのところで直美を面倒ごとだと切り捨てず受け入れようとしたけれど結果がこのざまだった。
「ママぁ……うぅ……」
私の涙目につられて直美もまた涙を湛えて、だけど気遣うように鳴き声を必死に抑えて胸に顔をうずめてくる。
そんな可愛い直美を撫でてあげながら、ふらふらと歩いて……気が付いたらどこかの公園に入り込んでいた。
(ここって……昔よく遊んだ……)
目に入ったピンク色の滑り台を見て、ここが幼いころによく遊んでいた公園なのだと気がついた。
何も悩みがなかった幼少期、ただひたすらに幸せだったころを思い出してしまう。
(あの時はいつだってあいつと……史郎と一緒だったなぁ……)
そして当然のように脳裏に浮かび上がる史郎の姿、何せずっと一緒だったのだから思い出に浸ろうものなら顔が出てこないわけがない。
いつだって史郎は傍にいてくれて、私が何か失敗するたびにフォローしてくれて……本当に優しい人だった。
だけど史郎はゲームオタクでさえなくて女子から嫌われてた、だから私も距離を置くようにしたのだ。
(……そうだよね、私が勝手に離れたんだよね……なのにどうして私……史郎が無視したことに苛立ってたんだろう?)
『私、好きな人ができたからもう近づかないでね』
初めてできた彼氏に浮かれて、そいつに言われるままに史郎と縁を切った際に言った言葉が思い出される。
『話しかけないで……』
それでも私と話そうとした史郎に私はそんなことを言ったのだ。
(勝手に縁を切って、話しかけるなって言って……それで無視されて苛立って挑発して……私なにしてたんだろう?)
別に史郎のことは嫌いじゃなかった。
確かにお友達とゲームの話で盛り上がっているのには閉口していたが、史郎と一緒に居ること自体を辛いと思ったことはない。
そうでなければ朝起こすためとはいえ部屋にあげたり、退屈だからと史郎の部屋に遊びに行ったりなどしないのだから。
それなのにどうでもいいその場限りの友人面した他人の評価に影響されて、私の面倒をずっと見てくれた史郎を切り捨てた自分がいかに愚か者だったか今更ながらに理解してしまう。
(本当に私って……馬鹿だなぁ……)
「……すぅ……くぅ……まぁ……」
「……寝ちゃったか……お休み直美……ママもなんかとっても疲れちゃったよ……」
直美の可愛らしい寝顔をしばらく見つめた後、私はそっと顔を上げた。
「あ……」
その顔にポツンと雨粒が当たって、頭上を見上げれば分厚い雲が広がっているのが分かった。
この調子だと大雨になりそうだ、だけどどこに避難すればいいのだろうか。
(どこかで雨宿り……けどどこに行けば……)
力なく立ち上がり移動し始めたけど、逃げ込める場所を探すより早く雨が降ってきてしまう。
せめて直美が濡れないようにと自分の身体で傘のように覆いこむけれど、それが限界だった。
どんどん雨の勢いが強くなって、私の身体はずぶぬれになって冷え込んで……歩く気力も無くなってしまう。
道端に膝から崩れ落ちた私は、それでも直美だけは守ろうと抱きしめた手は離さなかった。
「……助けて……助けてよぉ……史郎ぉ……」
自然と口から声が漏れていた……史郎に助けを求めていた。
だって私には他に誰も居ないのだ。
両親はおろか友達や近隣の人々にすら距離を置かれている私には、返事を期待できる相手は史郎以外に居ないのだ。
「うぅ……ひっく……史郎ぉ……史郎ぉ…………っ!?」
不意に雨が身体に当たらなくなったことに気づいた私は、恐る恐る顔を上げた。
「…………史郎ぉ」
「…………」
そこにまるで感情の読み取れない能面のような冷たい顔をした史郎がいた。
露骨に顔をそらしながら、何かに耐えるように震えながら……それでも私たちが濡れないように傘を被せてくれていた。
そんな史郎へ私は訳の分からない感情を抱きながら、ただ涙目で見つめ続けることしかできなかった。
【読者の皆様にお願いがあります】
この作品を読んでいただきありがとうございます。
少しでも面白かったり続きが読みたいと思った方。
ぜひともブックマークや評価をお願いいたします。
作者は単純なのでとても喜びます。
評価はこのページの下の【☆☆☆☆☆】をチェックすればできます。
よろしくお願いいたします。




