霧島と史郎②
「ふふ……おいでぇ直美ぃ」
「まぁまぁ……まぁまぁ……」
わざと直美を遠くに置いてから手を叩くと、涙目で必死にはいはいしながらこちらに近づいてくる。
(か……可愛ぃいいいいいっ!!)
寝間着にくるまれた小さい手足をチマチマ動かす赤ん坊の姿は、もう言葉に表せないほど可愛い。
世界中に自慢して回りたいほどで、時間を忘れて見入ってしまう。
だから近づくたびに逃げるように距離を取って、また擦り擦りと近づく直美の姿を満喫する。
「ほらほら、もっと急がないと追いつかないぞぉ~」
「ふぇぇ……まぁまぁああっ!!」
「ママはここだよぉ、ほらほら早く早……」
「亜紀、あなたいい加減にしなさいっ!!」
「っ!?」
しかし急に近づいてきた母親は私を怒鳴りつけると、さっと直美を抱き上げてしまう。
(せっかく親子で楽しんでたのに……邪魔ばっかりしてきてぇ……名前だってもっと可愛い名前つけてあげたかったのにさぁ……)
こんな可愛い特別な子供なのだから、名前だってこんな平凡な奴ではなく女神だとか美姫みたいなもっと素敵なのにしてあげたかった。
それ以外にも私と直美のことに一々口出ししてきてウンザリしてしまう。
だけど逆らうわけにはいかない……母親が生活費を出さなければ私たちは暮らしていけないのだから。
「全く……直美は私がしっかり教育するからあなたはさっさと仕事を探しなさいっ!!」
「……高校中退の私が探せるわけないじゃん」
「そんなの知らないわよっ!! あなたが勝手に辞めたんでしょうっ!!」
(……あのまま通い続けられるわけないじゃん)
私が子供を出産までしたことはすでに知れ渡っている、だから誰もかれもが露骨に変な目を向けてくる。
仮にも友達だと思ってたやつらは私を見下して嗤うし、男たちは責任を取りたくないのか逃げ惑うばかりだった。
(前は競って私の元に来てたくせに……まああんときみたいに家に押しかけられたら直美が困っちゃうもんねぇ)
かつて良く自分の部屋に招いて盛っていたことを思い出す……そして見せつけていた男のこともだ。
あいつも私が出産したことは知っているだろう、そのくせ道端ですれ違っても見て見ぬふりをして目を逸らしてくる。
それを目の当たりにするたびに胸に訳の分からない痛みが走ってムカッとしてしまう。
(あんなダサくて情けない奴どーでもいいけどね……どうでもいいはずなのに……どうして頭に浮かんでくるんだろう?)
「聞いてるの亜紀っ!? 今すぐ履歴書を書いてアルバイトでも何でもいいから働いて家にお金を入れなさいよっ!!」
「ちっ……うるさいなぁ……今まで通りおま……お母さんが働いたほうがいいと思うよ」
「あなたのせいで変な噂が立ってるのよっ!? お母さん恥ずかしくて外も歩けないわよっ!!」
「そんなの私だって同じだよっ!! 誰もかれも変な目で見てくるんだからっ!!」
「あなたは自業自得でしょうっ!! いいから……」
「うぅ……ふぇぇ……ままぁ……」
お互いに叫び合っているとその声に驚いたのか、直美が泣き出してしまう。
慌ててあやそうと母親の腕から直美を奪い返して優しくゆすってあげる。
「よしよし、うるさかったよねぇ……ごめんごめん……だいじょぶだからねぇ……」
「うぅ……ままぁままぁ……」
「はいはい、ママはここにいますよぉ……ほら直美も泣いちゃったし今日はこれぐらいで……」
「いつもいつもそうやって逃げてあなたは……ああもう、あの人もこんな状態なのに帰ってこないし……どうして私ばっかりこんな……もう嫌ぁっ!!」
金切り声を上げて近くの机に縋りついて崩れ落ちてしまう母親。
何となく重苦しい空気に耐えかねて、私は直美を抱いたまま部屋へと引きこもるのだった。
(はぁ……あいつどんどん情緒不安定になってく……直美の教育に影響でなきゃいいけど……)
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