ホシフルヨルニ
夏の残暑に焼かれながらも環状線が終点を目指して走る。僕はその間、その電車の窓から見える風景をルーズリーフに描きながら高校の最寄り駅までの暇を潰す。
一枚のルーズリーフの半分を描いた所で高校の最寄り駅到着のアナウンスが響く。僕はすっと通学カバンに描きかけの風景画を入れ、徒歩5分の道をてくてく歩く。
「よお、トオル。風の噂によると今夜は星がきれいなんやとよ。風景画フェチのトオルには絶好のチャンスとちゃうか?」
同じクラスである喜多ツヨシに後ろからいきなり声をかけられた。
「フェチではないよ。ただ、暇つぶしに描いてるだけさ。それに…いや、なんでもない。」
「なんや、急にどないしたんや。エライ尻つぼみになって、なんかあったんか?」
「いや、ちょっとね。そういやちっちゃい頃におばあちゃんちで見た流れ星きれいだったなって思って。」
「ええなー。俺も見てみたいわ流れ星。」
そんな他愛もない話をしている内に徒歩5分が経過していた。下駄箱に靴を入れ、3階の教室に向かう。
教室のドアを勢い良く開けるとそこには、いるはずのない人が椅子に腰をかけ足を組み頬杖を立てて窓の外を眺めていた。
「久しぶり。元気してた?」
ここにいるはずのない人の存在に戸惑いを隠せないでいると向こうから声をかけられた。
「あれ?忘れちゃった?私だよ。柊木ソラだよ。」
「いや、忘れる訳はないさ。ちゃんと覚えてるよ。というかなんでソラがここにいるんだ?」
「トオルに会いたくて来た。」
「どうやって?」
「知らない」
「マジか…」
というか周りの声が一切しないのは気のせいなのかと思って教室全体を見渡していると、不思議な事にこの教室には僕とソラ以外誰もいない。
他の所は?と思い隣の教室までダッシュし確認すると教室はがら空きだった。隣のクラスには、さっき一緒に登校したツヨシがいるはずなのにツヨシの姿すら確認できなかった。
こうなれば、学校全体を調べる必要がありそうだ。そう思い、僕は学校に人がいないかくまなく探したのだが、人の気配が1ミリも感じ取ることができなかった。
「トオルどうしたの?そんなに慌てていろんなとこを走りまわって。」
学校内をくまなく走り回っている僕についてきたソラが不思議そうに僕に言う。
「学校なのに僕とソラ以外誰もいないのはおかしいと思って人を探してるんだけど誰もいねぇ。ツヨシなんてさっきまで僕と喋ってたのにさ。ソラなんか知ってるか?」
「知らない」
まぁ、そう返してくると思った。
そういやよく思い出したら下駄箱の所にも誰もいなかったな、あとツヨシもいつの間にか消えてた。ということは誰も学校にいないのではなく、僕が学校にいないのかもしれない。分かんないけど。
ソラが一人で教室にいた事となんか関係があるのかと思ってソラ見るが、ソラは何も知らない感じを出していた。まぁ、このままソラと二人でいても先生がいないからすることが無いし、帰ろう。
「とりあえず、誰もいないし帰るわ。」
そう言って僕は通学カバンを背負い下駄箱に向かう。
「あっ!待って私も帰る~。」
下駄箱についた頃に僕の後ろをついてきたソラが僕の背中からちょこっと顔を出して言い放つ。
「ソラ、家はあるのか?」と僕の率直な疑問にソラは、「ないからトオルに泊めてもらう」と即答だった。
「と…泊め、まぁ、一人暮らしだしいいか。」
僕はソラの要求を呑むことにした。
幸い、僕は家から学校が遠すぎると言う理由で出来るだけ学校に近い所で親元を離れ一人暮らしをしていた。
まだ、昼前だというのに僕はソラを連れて僕の住んでるアパートの203号室に帰宅する。
自分の部屋だというのにソラがいるとまるであの日の山のてっぺんみたいに思えてくる。
セミの大合唱の中、誰も通らないであろう山道を登り歩くとそこには村がぽつんとある。
今どきコンビニもスーパーもない典型的な田舎の真ん中ら辺に僕のおばあちゃんちが見える。その隣には5歳ぐらいから仲良くしてる女の子、柊木ソラの家がある。
柊木ソラは生まれつき体が弱く村の病院にずっと入院していて、僕はこの村に来るたびに彼女のお見舞いに通っていた。あるとき、ソラは僕に「流れ星が見たい。流れ星を見つけてお祈りしたい」と言った。僕はソラを連れて村にあるちっぽけな山を登りソラに夜空を見せた。ソラはその夜空が気に入ったのか、その後、毎年必ずその夜空を二人で見るようになった。
僕は残り少ないエネルギーをフル稼働させておばあちゃんちに行き戸を開ける。山道を登り切った疲れからかそのまま布団にダイブし、深い眠りへと誘われる。
起きるとお日様はおやすみモードに入っていて、おばあちゃんが夕食を机に置いてくれていた。僕は夕食を済ますと、長ズボンを履き、ジャンバーを羽織り、ソラを迎えに行く。
ソラの入院室の窓に顔出し窓叩いて合図する。「今年も行こうぜ!」とハツラツに声を出した僕に対して返って来たのは「うん」という弱々しい相づちだった。
「大丈夫か?ソラ無理しなくていいんだぞ」
「うん、まぁ、大丈夫…」
なんだか去年までの元気がなくなっていた気がした。
僕らは、いつものように小さな山の頂点まで走り抜けた。
いつ見ても夜空は絶品で、どんな疲れも癒やしてくれる。無限に続く星達を見ていると未来へ抱く闇を星の光が照らしてくれると思えた。
「私ね、この村を離れて町の病院で入院することになったの。村をお医者さんが言うにはこの村では治療しきれなくなったんだって。」
それで元気がなかったのか。
「でもね私、この村、離れたくない。」
そう言ったソラは瞼からの涙を隠せないでいた。
「私、入院ばかりしていたけど、この村が大好き、あともうトオルに会えなくなっちゃうと思うと…」
止まらない泣き声は夜空の静寂を駆け巡った。と、その時。夜空を駆け抜ける光が目に焼き付いた。
僕はすかさず手を合わせ、(ソラが健康になってまた会えますように)と3回念じた。
「大丈夫。あの流れ星がきっとまた僕らを会わしてくれるよ。」
「きっとまた会えるよね。」
「ああ、必ずだ。」
「忘れないでよ。もしまた会ったときに私の事忘れてたら、針千本呑ますからね。」
「そんときは1万本でも呑んでやらァ」
その日の夜空は今まで見た中で一番綺麗で切なさを塗りつぶした希望に満ち溢れていた。
起きると僕の頭はソラの膝に乗っかっていた。
昼寝をしたのはいつぶりだろう。
窓を覗くと太陽は何処にもいなく。変わりに月が自己主張をしていた。
23:11と記してある置き時計をみて驚愕する。
疲れてる、疲れてるんだ今日は。
そう思う反面、10時間強も昼寝をした身体はバッチリ起きていて現実を見せつけてくる。
「あっ、起きた!」
ソラが僕の顔を覗き込んで元気に言った。
「おはようって言っても全然夜だがな。」と言って僕はソラの膝から降りてまだ夢うつつな身体を覚ませようとベランダの風に当たりに行く。
窓を開け、網戸を開け、ちょこっとしかないスペースで息をつく。
「ここは都会だから星、よく見えないね。」
僕のあとを黙ってついてきたソラ言った。
「そうだな。」
僕はそう答える他なかった。
「こうしてるとなんか昔を思いだすね。」
ソラがしみじみとそう言った。
「懐かしいな。あの頃は元気だったな。」
「今は元気じゃないの?」
「そんな気力はないというかなんといか。」
「ねぇ、私ね、あの後村の外れの病院に行ってね…」
「待て、それ以上言うな。」
知ってる。全部分かってる。ソラがこんなに元気なのも今夜は何故か星が見えてるとか、全部分かってる。何がどうしててどうなってるのかも全部気づいた。でも、心の何処かで気づきたくない自分がいるんだ。
「そう、やっぱりトオルは優しいね。」
「でも、優しさだけじゃ何も…」と言いかけた僕の口にソラは優しく人差し指を重ねた。
「ううん。救えるよ。少なくとも私の心は救われた。だから、ね?」
夜空を眺めるとさっきよりも綺麗な星が輝いていた。錯覚としか思えないほど幻想的な流れ星も見えた。
時刻は0:00を少し過ぎた頃、僕は一人で流れ星に照らされた一枚のルーズリーフを見ていた。