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3.水が飲みたい

「薪は、開墾地に幾らでも落ちている自分で集めてこい。火ぐらいなら分けてやるし、鍋も貸そう。ただし出火は吊るし首だ。火付けなら八つ裂きだ。充分注意してくれ。それと敬語も不要だぞ」


「ああ、助かるよ。悪いが陽が暮れる前に今夜の分を集めて来なきゃならない。失礼するよ」


「そうしてくれ。あとこいつも貸してやろう。さすがにやる訳にはいかんが、貸し賃は野鳥の一羽でも頂こう」


 そう言って腰から小さなナイフを貸してくれた。借りたナイフを腰に差して、開墾地に向かう。開墾地は村のはずれにある。隣接した森を切り開きその先を目指しているらしい。


 ここからでは街に近過ぎるのだ。さらに3日ほど離れたところが最終的な開拓村の建設予定地だ。ここは前線基地だそうだ。


 開拓地では木端の木材やら枝やら木屑などがそれこそたくさん落ちていた。ここで切り倒した木は木材として加工され村の収入源となる。その余りが落ちていると言う訳だ。


 これだけ落ちているなら今夜分くらいの薪なら直ぐに集まるだろう。そろそろ喉の渇きが耐え難いほどになってきている。そこそこで終了して、村長宅の納屋に帰ってきた。


 火は禁物なので納屋からちょい離れたところに穴を掘る。その周り3辺にそのあたりに落ちている石を拾い集めて積んで簡易竈とした。


 小枝のような燃え易そうなものを先に敷き、太めの薪をその上に乗せる。あとは借りた鍋に共同井戸から水を汲んで掛ければいい。


 僕は鍋を持って、共同井戸に向かう。もうかなり陽が暮れて来た。すでに東の空は暗く、月が6つ浮かんでいる。 え? 6つ!? 多いな!


 太陽が2つに月が6つか。本当に異世界だな。おっと、そんな場合じゃない。釣瓶を引いて水を汲み上げる。2回ほどで鍋いっぱいに水が汲めた。


 喉がゴクッと鳴る。もうこのまま飲んでしまいたい。と言う誘惑にかられるが、飲んだが最後、明日以降しばらく身動きが取れなくなる。


 すなわち死だ。ここで動けなくなったらもう終わりだ。明日には何とか食糧と交換できるものを採取するか確保しなければじわじわ死んで行くだけだ。


 今はまだ体が動くだけマシ。実際にはかなりヤバい状況だと思う。一手、間違えれば即、死に繋がると思う。どんだけハードモードなんだよ!


 水を汲んだ鍋を持ち簡易竈のあるところに戻ってくる。鍋を竈に置いて据わりを確かめる。ここで竈が崩れたりしたら最悪、水なしになる。そりゃ慎重にもなるよ。


 よし。大丈夫そうだ。村長宅の竈から火を拝借してきて簡易竈に移す。ちょろちょろと燃え始めたので一安心。竈の前に伏せて必死で火を大きくするよう息を吹きかけ続ける。


 そう簡単に火が消えないくらい大きくなったところでやっと休憩だ。あとは湯が沸くのを待つだけだ。さっきコップも借りてあるので早く飲めると良いな。


 もう完全に陽が暮れて、辺りは真っ暗だ。6つの月の光に照らされて見えるかと思いきや結構見えない。


 おや? 目に集中した途端、周囲が見やすくなったぞ。エルフは暗視でも出来るのかな? 好都合だ。じりじりと湯が沸くのを待つ。


 この世界の鍋は厚底だから、なかなか熱が伝わり難い。それで火に掛けてから1時間、ここでは1刻か。そのくらい待ったところでグラグラと沸騰してきたのでコップで掬い取って飲む。


 ゴクゴク行きたいところだけど、熱過ぎて飲めない。ゆっくりゆっくりフーフーと息を吹きかけ冷まし冷まし飲んだ。


 鍋の3分の1くらい飲んだところで漸く渇きが癒された。甘露甘露。白湯(さゆ)がこんなに美味いなんて思わなかった。


 次に襲いかかってきたのは空腹だ。これは現状どうにもならない。空きっ腹を抱えて耐えるしかない。こんな経験初めてだ。


 日本にいて死ぬほど喉が渇いたり、腹が減った経験なんかしたことが無い。水を飲むだけでこんなに苦労するとは思わなかった。


 先ほどからチラチラと納屋の陰から見えるんだが、どうしたものか。


「どうした? 何か用かい?」


 納屋の陰からこちらを窺っていた顔が引っ込んだ。暫く待つとまた恐る恐る出て来て、思い切ったのか漸く体全体が出て来た。


 スカートを広げてそこに何かを乗せているのだろう。よちよち近づいてくる。小さな女の子だ。


「こ、こんばんは。あ、あのね、お腹すいたでしょ? これ内緒よ」


 そう言って広げたスカートの中を見せてくれた。イモだ。イモが2つ。小さな娘さんが持ってきてくれたのは大きめのイモが2つ。


 僕は思わずがっつりとイモを掴んで確保した。結構飢えてた事に自分でも驚いたよ。


「そのままは食べられないよ。鍋で茹でてからじゃないとお腹を壊すもの。あとこれ」


 そう言ってスカートのポケットから出て来たのは小さな包みだ。


「くれるのかい? これはなんだい?」


「あげる。おイモはその鍋で茹でてから食べてね。それとこれはお塩よ。お塩を取らないと動けなくなるの。父ちゃんが言ってた」


 迂闊だった。塩分は必須だ。今日だけでもかなりの汗をかいている。明日じゃ間に合わなかったかもしれない。


「お嬢ちゃん。ありがとう。助かったよ。村長の娘さん?」


「サナよ。エルフのお兄さん。私、エルフを見るのは初めてよ、じゃあね、見つかっちゃうからもう行くね。今度お話を聞かせて頂戴。バイバイ」


 サナちゃんは言うだけ言ってタッタッタと走って母屋の方に消えて行った。ちょっと茫然としたけど、ハッと気付いてイモを鍋に入れる。


 イモの前処理はしてあったので茹でて食べるだけだった。何から何まで至れり尽くせりだった。きっとこのイモと塩は貴重品だ。バレたら怒られるだろうに持ってきてくれたのか。


 さて、この好意には好意をもって答えなきゃならないだろう。今の俺じゃ、なんのお礼も出来ない。まずは即、死状態から抜け出さない事にはどうにもしようもないな。

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