第30話 アストルの能力
雷、それによって足止めを喰らった山波一行。
風雨休を告げるという慣用句のように、この日は移動をせず休むことにした。
しかし、そんなときに限って事件は起こるのである。山波は無事にその難関を超えられるのか。
朝食の間にこの町でさらに1泊することを全員に正式に告げた山波である。
しかし、山波はこの町の宿屋を使えない。何しろ経費で落ちないのだ。
社畜とは言わないが、長い間の会社勤めの影響だろう、経費で落ちないものは使わない。それが体に染みついている。
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ゴロゴロと、旅立ち躊躇う、雷雲よ
山波
雷雲が他の場所に旅立たないために、我々も旅立つことができない。
※作者記:旅行記の片隅にメモとして残っていた一文
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朝食が終わっても、まだ雷雲は上空に居座っている。1時間程でどこかに移動する雷雲とは違うようだ。
雨の激しさは、起きたときよりも若干弱まっているように感じられたが、感覚的なものなので実際のところは不明である。何しろ天気予報で1時間当たりの降水量が発表されたりはしていない。
山波はこんな雨の日にできることは何かあるだろうか?と考え、結論として車内清掃をするのはどうだろうか?というところに至った。
一旦、宿の部屋に戻り、山波は宣言する。
「今日はこれから車の中を掃除します。なので、みんなは10時までこの部屋で遊ぶなり学習するなりしてください」
胸を張って言う山波である。
「10時までですの? 続けて、この部屋を借りれば良いのではありませんの?」
「うむ、良いところに気が付いたイリス嬢。実は経費で宿代が落ちるのは1泊までなのだ」
「……」
「と、いうわけで、この部屋は10時になったら引き払わなければならぬのである」
「そ、それなら私たちがこの部屋を借りますわ。メンカちゃんとリナンちゃんの楽園を私に……」
「メンカとリナンはどっちに泊まりたい? 宿屋かそれとも車か」
「「くるまがいい~~」」
「イリスさん残念なことに2人とも車で泊まるのがいいらしい。非常に残念であるのだが」
「そんなぁ~、2人を信じていましたのにですわ」
大人げない山波であった。
「10時前に掃除を終わらせて迎えに来るから、2人はイリスさんたちと遊んでおいで。文字を覚える勉強をしてもいいし」
「「は~い、お姉ちゃんあそぼ」」
「わ、わかりましたわ。そこまで言うのであれば遊びと文字の練習と遊びと計算の勉強をいたしましょう」
「「やた~」」
両手を上げて喜びを表す、メンカとリナンであった。尻尾もぶんぶん振られている。
山波は2人をイリスたちに任せて車に戻ることにした。
「ライエもアストルも掃除のときにいられると困るのでここで待っていてくれるか?」
『がうう(わかったっす)』
『ク~ン(一緒にいたいマ)』
「アストルは私と一緒にいたいのか? でもなぁ」
『クク~ン(おとなしくしているマ)』
「そうか、それじゃアストルは連れて行くか」
『ククク~ン(うれしいマ)』
山波はアストルを背中に担いで雨の中車に向かった。
雷は相も変わらず上空で鳴っているのであった。
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車に到着した山波は助手席側からアストルを入れ、自分は後部のドアから入った。
小さな階段のところで靴を抜いで、その隣にある物入れからタオルを取り出し、助手席にむかいアストルの体を拭いた。
「それじゃ、アストルはおとなしくしていてくれよ」
『ンマ~(わかったマ)』
今の時刻が8時ちょっと過ぎ。1時間もあれば簡単な掃除は可能だろう。
クラッシック音楽をBGMに順調に掃除を進めていく山波である。
15分程したときに、周りの景色が変わった。
雨音はしなくなり、雷鳴もしなくなった。
空には青空が広がり、フロントガラスの向こうには……。
そこには山波の世界が広がっていた。
そしてアストルは助手席の足元に足を上にしてジタバタしながら転がっていた。
アストルを助手席の下から助け出しながら、
「な、なんだぁ。まさか戻ってきているのか?」
ゲートスイッチのランプを見るとまだ赤いままで、まだ帰れる状態ではないはずだ。
「なんで、戻ってきてしまったんだ?」
『ク~~ン(おちたマ)』
「まさか、アストルが落ちるときにスイッチに触れたのか?」
『クンク~ン(おちないようにあがいたマ)』
「そうか、その時にスイッチに触れてしまったんだな。でもまだ日数は足りていないはずでゲートは開かないはずだけどなぁ」
『ク~ンク(なにかやっちゃったマ)』
「ん?いやアストルの責任じゃないし、起こってしまったことをどうするとかよりも、まず戻ることを考えないとな」
「まあ、まずはあの人に連絡するか」
『ク~ン(あのひとマ?)』
「吉田さんな。アストルの世界の旅行に当選したと言ってきた人だよ」
『クン~(そうなのマ)』
山波はスマホを取り出し、吉田氏に連絡する。
数回の呼び出し音のあと、吉田氏は電話に出た。
「あ、もしもし、吉田さんですか? 山波です。ちょっと困ったことになってしまいまして」
「あれ? 山波さんですか? 困ったことって何でしょうか?」
「いま、元の世界に戻ってきてしまって。ガクルックスにどうやって戻ればいいのか分からないのですよ」
「え? 今こっちにいらっしゃるのですか? まだ2週間たってませんよね?」
「ええ、それでどうすればよいのか。助けてください」
「わかりました、すぐにそちらに行きます」
そのまま待っていてもなんなので山波は掃除の続きを行いながら、待つことにした。
吉田氏はいつものように30分程で到着した。
「山波さん、どうされたのです?」
「ええ、実は……」
「リ、リトルベア? なるほど。そういうことですか」
「え? なにかわかりましたか?」
「実はリトルベアは魔物の中でも魔力量が圧倒的に多い魔物なんですよ。フレイムウルフが1の魔力を持っているとして、リトルベアは100の魔力を持っているんですよ。魔物の中では魔法も使える魔物でもあります。そのリトルベアの制御していな魔力によって、ゲートが発動してしまったのでしょう」
「……。な、なるほど?」
話を聞いていて、言葉も分かる、単語の意味も分かる。だが、文章として成すと、意味を理解できなくなってしまっている山波であった。
それでも、アストルが何となくすごい魔物であるというのは理解できた。
「それでガクルックスに戻れますか?」
「ええ、戻れますよ。また私の魔力を使いますので」
「よかったぁ~。戻れるってよアストル」
『ク~ン(よかったマ)』
「あ、戻る前にリトルベアの魔力に反応しないようにちょっと改造しますので、少し待ってもらえますか?」
「どのくらいかかります?」
「まあ、15分位で済みますよ」
「そうですか、それじゃお願いします」
15分で済むのであれば、そこから戻ってもまだ9時半くらいのはずである。
山波は吉田氏にコンビニに行くことを告げ、改造作業を任せた。
山波がコンビニから帰ってくると吉田氏は既に作業を終わらせていた。
「吉田さんお疲れ様です、どうぞこれを」
山波は吉田氏に「お~れお茶」を渡した。
「すいません山波さんわざわざ」
「いえいえ、折角こちらに来たのでみんなにお土産と思って」
袋に入っているものを吉田氏に見せる山波であった。
「そうですか、それにしても今回は申し分ありませんでした。でも山波さんがまさかリトルベアを従魔にするとは想定外ですよ」
「ほんと、なんというか、なんだかすみません」
「いえいえ、でも、良かったですよ。そういう人で」
「そういう人?」
「いえいえ、こちらの話です。それでは車に乗ってください。元の場所に戻しますので」
「はい、本当にお手数おかけします」
「それでは、続けて良い旅を」
再び周りの景色が変わり、雷の鳴る音と雨が車を叩く音がし始めた。
「無事戻ってこられたか」
『ク~ン~(ごめんなさいマ)』
「なあに、アストルの所為ではないさ。これは誰の責任でもない、不可抗力だから」
アストルが山波に擦り寄ってきて『ク~ン』と鳴いた。
山波はお土産として買ってきたものを冷凍庫に入れたのち傘とポンチョを小脇に抱えて、
「アストル、みんなを連れてくるからここでおとなしく待っていてくれるか」
『クン~(わかったマ)』
山波は車を出て宿屋に向かった。
「風雨休を告げる」こんな慣用句はありませんが、最近の天候では「暴風雨で休を(会社に)告げる」という慣用句?が出来そうですね。
すみません更新に間が空きます。




