第24話 湖の畔(ほとり)での出来事 前篇
いつの間にか大所帯になっていた山波。
その山波を襲う黒い物体。
怒涛の混乱が山波とその同行者を襲う。
ここまでの同行者は、ライエ、ジョルジュ、スミレン、アークトゥルス、メンカ、リナン、イリス、スイナ、パルメ。
ベッドも畳んでソファーにしているので、あと2人くらいなら乗車は可能だ。
元の世界ではこんなに乗せて運転はできないだろう。たぶん、間違いなく道交法に違反する。
おかしい、どうしてこうなった。
作者調べ
山波氏の場合、総重量8トン未満、最大積載量5トン未満、乗車定員10人以下の車を運転可能な免許です。
車は順調に街道を走っている。
アルデバラン街を出てから、街道を往来する馬車や商隊と出会うことも多くなってきた。
最初は車内に満ちていた話声であったが、暫くすると静かになり、メンカやリナンは完全に寝ている。
村を二つ程通り過ぎたところでそろそろ昼時になった。
「ゴロウ様、この道を左に入っていただくと湖が見えてきます。そこで昼にしませんか?」
「そんないい場所が? いいですね」
メイドのパルメさんの提案に乗りかかることにする。
5分も車を走らせると、湖が見えてきた。
周りには何台か馬車が停まっており、大きめなテントのようなものも見える。
「でもよくこんな場所知っていますね」
「ここは、お嬢様が避暑地として使われる場所になります」
「へえ」
「それじゃここで昼食と休憩にしよう」
車から降り伸びをした山波はさわやかな空気を胸いっぱいにその肺に取り込んだ。
「いい場所だな」
『がうう(きもちいいっす)』
大所帯になってしまったので昼食の準備も大変だ。
「さて、なにを作るかな」
「ゴロウ様、昼食の準備は私に任せていただけないでしょうか?」
「え? パルメさんが作ってくれるのですか?」
「はい。全面的におまかせください」
「なにかお手伝いしたほうが」
「おまかせください」
「しかし」
「おまかせください」
「はい」
近頃敗北続きの山波である。
ジョルジュとスミレンは護衛らしく「周りを見てくる」といって2人で既に偵察を行っている。
山波は車に戻り簡易版の天幕、所謂タープテントという代物の設置とテーブルを準備することにした。
天幕とはいっても広げるだけの物で、大人二人で広げ後は高さ調整するだけのものだ。
まあ、運動会などで使われる天幕の簡易版というところか? もっともあちらは業務用で、こちらの方は個人用だ。
「ゴロウ手伝う」「だう」
「そっか、そちら側を持ってくれ」
「「わかった、持った」」
「じゃんじゃん、じゃかじゃか」と言いながら広げていく。
「「おお~~」」
「私も手伝いますわ」
「私だって」
「イリスも? アークも? それじゃ頼む。あとはこの足のボタンを押して高さを合わせるだけで」
四本の柱をそれぞれ調整する。
「よし、できた。最後にこのロープでしっかりと地面に固定して出来上がり」
ロープをペグで風に飛ばされないように固定する。
迷彩柄の天幕のでき上がりである。サイドシートもあるが今回は使わないでおく。
「それじゃ、次はテーブルとイスだな」
車の中に折りたたんで収納されているテーブルといすを設置する。
「よし、完成」
「「かんせ~~」」
ハイタッチで2人と手のひらを合わせる。
パルメの様子を見ようとしたが、何を作っているのか分からなかった。
しかし、「40分ほどでできますので寛いでいてください」と言われたので、向こうの世界で買ってきたおもちゃからフリスビーを取り出し、
「メンカとリナン遊ぶか?」
と声を掛けた
「「あそぶ」」
「それなら、少し離れて。そうその位。ではいくぞ、これを取れるかな?」
山波はフリスビーを2人に向かって投げた。
真っ先に反応したのはライエであり、2人と取り合いになった。
だが、喧嘩にはならず、きゃっきゃ言いながら掴みにいっている。
山波は2人に投げ方のコツをおしえて、ライエと仲良く遊ぶようにといった。
それにより交代で2人がフリスビーを投げ、ライエがそれを取りに行くという図式になった。
~~~~~
やがてパルメから、
「皆さんお食事できましたよ」
と声がかかったので全員が天幕に集まってきた。
「さあ、みなさん。お席にお座りください」
テーブルの上には、見たことのある料理が並んでいる。
「パルメさん。これは?」
「はい、この本に載っていた料理を再現してあります」
その本とは、山波が持ってきた料理本の内の1冊で「家庭のおかず100選-夫の胃袋を握りつぶせ-」という物騒なサブタイトルの本であった。
「この本の中の、このページの料理を参考にいたしました」
そのページには回鍋肉が載っていた。しかし、目の前にあるのは……。
「それでは、お召し上がりください」
「い、いただきます」「「いただきます」」
一口食べて、回鍋肉であった。しかし、肉が違う、キャベツが違う。ピーマンが違う。
「でも、うまい」
テーブルにはパンと炊飯器が載っていたので、山波はご飯で、他のみんなはパンで食べていた。
山波も、ご飯で軽く1杯食べた後、試しにパンでも食べてみた。どうやらこのパンは山波の世界のパンではなく、この世界のパンのようであった。パンに余計な味が付いていない分、回鍋肉によくあった。
他にも野菜のスープにサラダなどが並んでいた。
山波はパルメのメイド力に恐怖した。
なにしろ、料理本は日本語で書かれているはずである。いや、書かれていた。
デザートに出てきたのは業務用で山波が購入していた杏仁豆腐であった。
隠してあったはずの杏仁豆腐である。それが見つかってしまい、山波は涙した。
悔しいが何から何まで出来るメイドであった。
山波は食後の休憩をはさんでから出発をする予定であった。
「いまから1時間後に出発するから、それまでは自由時間だな」
「「「は~い」」」
「さあ、行きますわよ」
イリスが2人とライエさらにスイナを引き連れ遊びに行った。
「まってくださ~い。私も行きま~す」
アークトゥルスもそのグループに混ざっていった。
ジョルジュとスミレンはやはり周りを警戒して見回りを行っていた。
そして山波は食事と運転と朝早い時間に起きたことで、その場でうとうととし始めた。
~~~~~
ペロ、ペロ。
(ん? なんだ?)
山波は右手の甲がくすぐったくなったのでそちらを見た。
黒っぽい動物が山波の手を舐めながら、ク~ンと鳴いている。
寝ぼけている山波はその物体を膝の上に乗せて、再び寝に入った。
~~~~~
「ゴロウさん!!」
パルメが山波を呼んでいる。
(もう1時間たったのかな?でも、1時間たったら腕時計のアラームが振動と音で知らせてくれるはずだ)
山波はその時初めて膝の上が重く、何かが乗っているのに気が付いた。
「ゴロウさん!!」
再びパルメが山波を呼ぶ。
はっ!!とした山波が膝の上の物体をみる。
膝の上の物体も山波を見る。
目と目で通じあう。山波と黒い物体。
「うあぁぁぁ」
山波は椅子ごと後ろに倒れこむ。
それにより、山波の胸の上にのしかかるようになった黒い物体は倒れた山波の顔を舐めていた。
「なんだ。おまえは。こら、舐めるな」
『ク~ン』
「ゴ、ゴロウさん大丈夫ですか?」
声のする方を見ると遠巻きに山波を見ているパルメがいる。
さらに遠くからこちらに走ってくるジョルジュとスミレンが見える。
「パルメさん、この子は何ですか?」
「そ、それはリトルベアです。いったいどこから連れてきたのです?」
「い、あ、私は椅子で寝ていただけですけど」
後から聞いた話なのだがリトルベアとは。
成獣でも1mほどにしか成長しない熊の一種で、非常に憶病な性格をしている。よって人前に姿を合わすことは稀である。
山波の膝上にいたのはまだ1年半ほどの小熊であった。決してぬいぐるみではない。
そのサイズは50cm位でじっとしていたら確かにテディなベアーなぬいぐるみである。
ちなみにこの小熊は山波に対して敵意を持っていなかったので、魔法障壁は発動しなかった。
「ゴロウさん。大丈夫ですか?」
ジョルジュが戻ってきて山波の様子を見ていた。
「さすが、スレイプバッファローと友達になったゴロウさんですね。今後はリトルベアですか」
スミレンが感心したように言う。そうだなと頷くジョルジュ。
2人とも暢気に話をしていないで助けて。と思う山波であったがその思いは通じなかった。
山波は左腕で熊を抱きかかえると、立ち上がり椅子を元に戻し座りなおした。
「どこから迷い込んだのだ?」
『ク~ン』
「よし! わからない。ライエを呼ぶか」
ライエに丸投げすることにした山波である。さらにライエを呼ぶために一計を案じる。
「ライエ、ちょっとこっちに来てくれ」
『がうう(なんすか?)』
「なにか見知らぬ動物がライエの代わりに連れて行って欲しいと言っているのだ」
『がううがうっがうい(そんな馬鹿な、なんという不届き者。許せないっす)』
「というわけなので、はやく戻っておいで~~」暢気に言う山波であった。
ライエはこれでもかというスピードで天幕まで戻ってきた。
その寸前、急ブレーキを掛けるキキーという音がしたとかしないとか。
その後ろを、他の同行者が追いかけている。
「はやいな。ライエ」
『がうがう(不届き者はどこっすか)』
「ん? 目に入らないのか? これなんだが」
『がう(その人形っすか?)』
ライエが人形と思っていたのはもちろん小熊である。
小熊がライエの方を向く。人形が動き出すのを見てビクッとなったライエ。
『がう!』
『ク~ン』
『がうがう』
『クク~ン』
『がうううがう』
『ク~ンン』
このやり取りは長くなるので割愛する。
ライエの訳によると、森で食べ物を探していたが、何か恐ろしいものに追われ逃げていたら、良い匂いのする人間が寝ていたので注意するよう起こそうと手を舐めていたが、起きなくて、膝の上に持ち上げられ、気が付いたら小熊も寝てしまっていて、起きたら後ろに倒れたので怪我が心配で顔を舐めた。とのことであった。
(なんてっこった)
優しいぬいぐるみ、いや小熊である。
一方でやらかした山波である。
その時、湖畔に隣接する森の中から何かが現れた。
校正
非情に臆病->非常に臆病




