1. 辞令?脅迫??
「はい ?」
天使 アラートは聞き返した。
「就業態度のみならず、耳も悪いのかね、君は?」
「はあ、すみません。」
目の前でふんぞり返って暴言を吐いているのは漆黒の総髪に鋭い眼差しの座天使 ラファエル。
言うなれば天界の人事部長といった役柄である。
「もう一度だけ言う。
明日から7日間で、最低1組のカップルをアプローチからクローズまで達成させろ。
出来なければ君は、天界追放、だ。」
「そ、そんな! 無理です,!
普通、クローズまでは最低1ヶ月の期間が設けられている筈では、、、?」
ふん、と 鼻を鳴らして立ち上がったラファエルはその長身からアラートを見下ろすとさり気なく聞いた。
「君は日本の人間界での活動が多かっただろうから、多重債務者の末路について聞いたことがあるだろうね?」
話の着地点の見当もつかず、機械的に頷きながらアラートは言葉を絞り出す。
「は、はい。破産宣告をして債務をチャラにして貰うとか、
ヤクザに捕まって内臓を売られたとか、、、聞きかじりですが。」
不敵かつ満足気な表情でラファエルが続ける。
「日本では普通の稼ぎがあるのに 必要以上の贅沢を求めるが故に多重債務に陥る者が後を絶たないという。 残念な事だ。
この事実に対する君のコメントを聞きたいな。」
「そ、それは、、、、、
お、親の躾け不足と、、、本人の甘えが原因かと、、、。」
ラファエルの浮かべた極上の笑顔を見て、アラートは自分の背後で罠が閉じた事を悟った。
「天界は無慈悲ではない。
それどころか、救済措置に溢れていると言ってもいい。
大抵の者は この救済措置とセットになった叱責やペナルティを受け、己れを取り戻して改善に励む。」
再び、ラファエルの瞳に辛辣な色が浮かぶ。
「しかし、中にはそれらを全て計算に入れて最悪のペナルティを受けるギリギリの線で帳尻を合わせようとするツワモノもいる。」
彼の右手の指先が鋭いナイフのようにアラートの顔に向けられた。
「そ、そんな、、、私は全力で、、」
「甘い! 我々にはペナルティポイントとは別に、もっと重要な判定基準があるのを天使のモラルとして 知っていて当然ではないかね?」
「ええっ! 何なのですか、それは!
初めて聞く話なんですけど、、、」
アラートが呆然として、不平がましい声を上げるが ラファエルは無視して先を続ける。
「当たり前の話だが、それぞれの力量を推し測るのが私の仕事であり、ほぼ正確にそれに見合った期待値を設定しているという自負がある。
そして、当然 君にも期待値は設定させてもらったよ。」
「そんなっ! 最初の方のアレはマグレですっ!
俺はそんなに実力のある天使なんかじゃありません!!!」
ラファエルの目の色が軽蔑のあまり極寒地獄の絶対零度よりも低くなり、アラートは氷像のように固まった。
「確かに君のペナルティポイントは最悪から3歩ほど手前に留まっている。
しかし、期待値への達成度という観点で見ると、、、、
2位以下を2周半ほど周回遅れにして、ぶっちぎりでワースト1位だよ。君はね。」
天使にあるまじき悪魔的な笑みを浮かべてラファエルは続ける。
「期待に対する裏切りを負債に置き換えると君は多重債務者なのだ。
そして、原因は本人の甘えにあるという君の意見に私は大賛成だ。」
アラートは顔色を赤から青に、そして緑へと変化させながら意味のない呻き声を上げている。
「破産宣告というステキな制度は天界にはない。
さらに残念な事に売り捌くべき内臓も天使にはない。
と、すれば残された手段は、負債の原因そのものを排除する事だ。
そうは思わんかね、君? 」
瞬時にアラートは顔を上げ、ラファエルに喰ってかかった。
「そんな!! ではこれは、
私を放逐するための 単なる手続きに過ぎないではありませんか!!」
「いいや、これは最後の温情だよ。
あの頃の君であれば、ギリギリ何とか出来るレベルのチャンスはある筈だ。」
ラファエルはアラートに背を向けて静かに扉へと歩み寄り、重い扉を押し開けると低い声で呟いた。
「次に会うのが、君をここから放逐する場面でない事を祈っているよ。」
腹に響く音と共に扉は閉ざされた。
黄金の神々しい光に満たされた広い部屋の中には、絶望的な面持ちのアラートだけが立ち尽くしていた。