洞窟での決断。
目を覚ますと
目の前が赤かった。
暖かくて、うつらうつらする。
私の腰と背中に回っている暖かくて硬い2本の棒が、私を更に壁へと近づける。
頭部がすっぽりと包まれ、赤い壁にピッタリ寄り添うことになる。
壁に頬がついた。
暖かくて、硬さと柔らかさが混在していて。
幸せな気分だ。
ぬくい。
こんなに穏やかな気分で朝を迎えたのは、何年ぶりだろう。
毎日脳ミソをフル回転させて、対策を練って。
ヒロインに会わない様に全神経を集中して。
王妃教育や公爵令嬢としての立ち振舞いを叩き込まれて。
朝、目を開けた瞬間からロイズ・スウィートの仮面を被って。
こんなに優しい気持ちになれたのは何年ぶりだろう。
こんなに暖かくて、穏やかな気分は何年ぶりだろう。
今、私は現世で諦めていた筈の幸せに触れている。
ああ、泣きそうだ。
怖くて、寂しくて、悲しくて、精神をすり減らして泣いていた私が。
幸せで泣きそうだ。
涙が零れ落ちた。
壁にしがみつく様に、温もりを分けてもらうかの様に、すがりついた。
すると
私の背中に回っていた暖かくて硬い2本の棒が、私を更に強く壁へと押し付けた。
私の頭の上にも壁があり、頭に優しく擦り付けられるように動いている。
不思議な壁に囲まれながら、しばらくの間、泣きながら温もりを味わっていると、泣きつかれて、暖かくて、眠くて意識が薄れてきた。
そんな時、
頭上で優しくも甘い低音が響いた。
「大丈夫だ。大丈夫。俺がそばにいる。俺がお前を幸せにする。俺達は夫婦だ。お前の恐怖も悲しみも、お前を苦しめるものは全て俺が抱えてやる。お前は俺の幸せを抱えてくれればいい。大丈夫。大丈夫だ。気を張るな。力を抜け。俺がそばにいる。寝てていい。俺の幸せを分けてやる。幸せな夢を見ろ。おやすみ。おやすみ。可愛い可愛い、俺のロイズ。」
私は薄れていく意識の中で、幸せな甘く優しい響きを受け取った。
__________________
そして、目覚めた私。
先程から4時間は経過したでしょう。
目は腫れぼったいけれど、頭はスッキリ。
さっきのは夢だったのだろうか?
よく考えたらさ、
目の前が赤かったなら、間違いなくオーガさんだよね。
それに、背中に回っていた2本の棒って、両手ですよね。
オーガさんの。
更に言うなら、頭の上の壁はおそらく、オーガさんの顎かな。
極めつけはあれ。
あの、甘いセリフ。
夫婦って言ってたもんね?
完全にオーガさんだよね。
だあぁぁぁぁぉぉぁぁ!!!!
ヤバい!
恥ずか死ぬ!!
自分からオーガさんにすり寄ったのもだけど、
オーガさんの言葉!
なにあれ!?
なんなの!?
彼は百戦錬磨のタラシ野郎なのか!?
あんな事を言われたら、惚れるでしょうが!!
抱き締められながら、あんな事を言われたら、
ウガーーーー!!!!
顔が熱い!火が出そう!!
こんな気持ちは初めてだよ!
どうしてくれるの!?
オーガさん!!
と、一人でのたうち回っていたら、誰か来た。
「あ、起きたかい?体調はどうだい?」
あ、初めて見るオーガさんです。
多分、年配の女性ですね。
私を助けてくれたオーガさんはどこでしょうか?
「えっと、はい。おはようございます。と、初めまして。ロイズと申します。体調は問題ありません。あの、私を助けてくださった方はどこへ?」
そういえば、昨日は酷い怪我をしてたはずなのに、痛くない。足も動く。
おば様は、持っていた荷物を下ろしながら、
「ああ、おはよう。と言ってももう、午後だけどね。私はしばらくあんたの世話をするからね。私のことは気軽にサバリって呼びな。
良かった。酷い怪我だったからね。じじ様でも無理なんじゃないかと皆心配してたんだよ。
リューイなら、あんたとの婚姻の儀を行うための熊を狩りに隣の山に行ったよ。婚姻の儀に仕留めるのは大体は猪だってーのにね。よっぽどあんたに惚れてるんだよ、ありゃ。あっはっはっ!」
あっはっはっじゃねーわ!
え?
マジで?
ガチで?
リューイさんは既に婚姻の儀式の準備中?
「まぁ、リューイがあんたを連れてきた時は集落の奴等は反対したけどね。でも、この森の長であるリューイが【俺の嫁だ】なんて言ってるしさ、じじ様に【俺の嫁なんだ。足を、怪我を治してやってくれ。頼む】なんて頭下げる所を見ちゃあね。
あんなに必死なリューイを見たのは初めてだったし、あんたが森に来た理由も聞いた。皆、納得したよ。あんたはもうリューイの嫁で、この森の一員だ。この森の魔物達にも情報が廻ってるはずだから、安心しな。この森の魔物には襲われなくなるからね。」
そう言いつつ、鞄から肉の塊やら、女性用のオーガ服を出すサバリさん。
既に脳内がショートしてて話について行けてない私を残して、話を続ける
「さて、説明はここまでだ。今夜はあんたとリューイの婚姻の儀だからね!とりあえず、あんたは温泉に入って身体を磨いてきな!ご飯も着るものも用意しとくからさ!」
あ、ダメだね。
これ。
既に逃げ道が塞がれてるパターンです。
周囲から全て埋め尽くされたパターンです。
今夜にはリューイさんとの婚姻の儀が行われるのでしょう。
逃げられない。
今更、そんなつもりじゃなかったなんて、口が裂けても言えない。
あー。
自分の死ぬ間際の一言でまさかの展開です。
・・・・・・。
しかし、良いかもしれない。
よく考えたらさ、私は元公爵令嬢でしょう?
私の顔を知っている人は多い。
更に、公爵家に恨みを持つ人間が多数いる事も事実。
元とはいえ私は公爵令嬢で、現在は平民。
憂さ晴らしに殺される可能性も高い。
誰も守ってくれないし。
しかも、未来の国母を虐めたと言われているのだから。
平民なのに王子様に気に入られて、国母になるかもしれないなんて、ヒロインに味方する平民は多いでしょう。
なら、私がロイズだと知られた瞬間から、私の人生は再び地獄に変わる。
そうすると、ロイズだと知られない様に、以前と同じように神経を磨り減らす日々の始まりだ。
それに比べて
オーガさん、いや、リューイさんの嫁になる事に何の不満があるだろうか?
食べ物は違うかもしれないが、果物位は自分でも採れるだろうし、猪や熊を食べるなら獣肉を食べる文化もあるのだろう。もし生肉なら、私の分だけ私が料理すれば良い。
温泉もあるから、お風呂は問題ない。
洋服だって、女性用のオーガの服は右肩の布がないワンピースみたいなものだ。
暮らすのは洞窟で、見るからに広そうだし。
お願いすれば、自分の部屋も貰えるかもしれない。
既に森の魔物さん達も私を受け入れてくれるらしいし、森を歩いても生命の危機は訪れないだろう。
更には、私の足を治してくれた程の治癒魔法が使えるお方がこの森にはいるんだ。
大怪我をしても死にはしないだろう。
それに、リューイさんとサバリさんを見る限り、オーガは人間とほぼ同じだ。見た目を除いて。
それに、リューイさんはカッコイイ。人間の私から見てもカッコイイ。
身体は大きくて、逞しくて。私を片腕で軽々と抱えられるだろう。
キリッとした目元にスッと通った鼻筋。
下の牙が唇から上に出ているけど、シャープな顎。
さらさらで長い髪。
美形だと思う。かなり。オーガさんだけど。
それに、それに!
リューイさんは優しい。
私のために泣いてくれて、私の辛さを理解してくれた、初めての存在だ。
朝、泣きじゃくる私を、胸板が涙と鼻水でびしょびしょになっても、怒ることもなく。
むしろ、抱き締めて、優しく顎で頭を撫でながら、優しい言葉をかけてくれた。
リューイさんが私の苦しみを抱えるから、私にはリューイさんの幸せを抱えろなんて。
あんな風に、優しく抱き締めてくれる存在が他にいるだろうか?
あんな風に、優しい言葉をかけてくれる存在が他にいるだろうか?
あんな風に、私を守ろうとしてくれる存在が他にいるだろうか?
答えは【否】
私には既に誰もいない。
いや、私はこの世界の記憶を思い出してから、ずっと一人だっただろう。
誰にも打ち明けられず、一人で抱えて。
それでも周りにいた人間は全てヒロインに剥ぎ取られた。
もう何もない。
私がやらなければいけない事も。
私が大切にしなければいけない人間も。
私が背負わなければいけない義務も。
そうだ。
そうなんだ。
私はやっと自由になったんだ!
乙女ゲームの強制力から解き放たれて、ようやく私の人生が生きられるんだ!
なら、悩む事なんて何もない!
私は
私を芋虫から助けてくれた
私を守ると言ってくれた
私を幸せにすると言ってくれた
私を泣かせてくれた
私のために泣いてくれた
私に暖かい両手を差し伸べてくれた
リューイさんが良い。
私が夫婦になるなら、相手はリューイさんが良い。
うん。そうだ。
リューイさんが良い。
そうだ。
私はリューイさんが好きなんだ。
優しくて、強くて、私の欲しい言葉をくれた唯一の存在。
私はリューイさんが好きだ。
リューイさんと幸せになりたい。
リューイさんを幸せにしたい。
よし!決めた!
私はリューイさんの元へ嫁ぐ!
そして、洞窟でラブラブに人生を謳歌してやる!
さて、そうと決まれば
「あの、サバリさん。これから宜しくお願いします。私はオーガさん達の文化について知らない事ばかりなので、リューイさんの妻として恥ずかしく無い様にご指導いただけると嬉しいです。」
私が頭を下げると、着替えを棚に仕舞い終えたサバリさんは
「もちろんだよ!なんだいなんだい!リューイの勝手な思い込みで拐ってきたのかと思えば!相思相愛じゃないか!よし、私があんたにオーガの妻としての極意を全て叩き込んでやるからね!安心おし!」
と心強いお言葉を下さった。
うん。
これは・・・・。
相当気合いを入れていかないと、マズイ。
頑張ろう。
それと、もうひとつ
「あの、温泉って何処ですか?」
振り向いたサバリさんは不思議そうな顔をしてた。
「あんた、昨日、温泉に入ったんじゃなかったのかい?リューイが、あんたが入るからって一時的に立ち入り禁止にしてたんだけど」
え?
そんなはずは無い。
私は気絶していたのだし、記憶の中には無い。
なぜに?
リューイさんが嘘をつくなんて。
私のポカーンとした顔を見て、サバリさんは般若になった。
「リューゥゥゥイィィィィ!!あんの、スケベ野郎!婚姻の儀も終わってないのに嫁さんを風呂に入れたのか!私を呼べば良いだろうに!
ったく、どーしようもないね!男って!まったく。温泉はこっちだよ!ついといで!」
と、一方的に喋って、私の着替えだと思われる布を持って歩いていくサバリさん。
その後ろを必死に着いていきつつ、考える。
もしかして、リューイさんが私をお風呂に入れたとか?
いやいや、無いよね。
無いよね?
な、ない、よね?
温泉に入り、温かくて気分がほぐれた私はそこで考えるのを止めた。
そして、温泉から上がって、女性用のオーガ服を着てみる。
虎の毛皮で、ワンショルダーのワンピース。
下に着る下着もちゃんとあった。
良かった。
先ほどの部屋へ戻ろうと歩いていると、良い匂いがしてきた。
グウーっとお腹がなった。
昨日の昼から何も食べていないのを思い出して、ご飯に心が弾んで、足取りが軽くなった時
「リューイ!!婚姻の儀も終わってないのに、あんたがロイズを風呂に入れたのかい!?
確かに汚れていたけどね、そんな時にこそ、私を呼ぶべきだろうに!初夜もまだなのに、裸を旦那に見られるなんて、洗われるなんて、ロイズも恥ずかしいだろうが!」
サバリさんのお説教が開始された。
おおう。
入りにくい。
とてつもなく、入りにくい。
傷口を抉っているのは、サバリさん。貴女です。
どうすれば良いか悩んでいると、お決まりの
《グキュー》
お腹が鳴りました。
そして、集まる二人からの視線。
そして、姿を現す私。
「すみません。お腹がなっちゃいました。」
それ以外に私が口に出来る言葉は無かった。
温泉の話を続けさせる気はない。
恥ずか死ぬ。
「ロイズ!起きたのか!体調はどうだ?痛いところはないか?苦しかったり、悲しいことはないか?」
凄い速さで近づいてきたリューイさんが私を抱き締めながら問う。
こんなに心配してもらえるなんて
嬉しい。
抱き締められると、心臓がドキドキする。
それと同時に安心する。
穏やかな気持ちになれる。
心がふわふわする。
なんだこれ。
こんなの初めてだ。
「おはようございます、リューイさん。体調は良いで」
「リューイだ。」
「え?」
「リューイだ。さんはいらない。婚姻の儀はまだだが、俺達は既に夫婦だ。俺はロイズの夫だ。敬語もいらない。さんもいらない。リューイだ。リューイと呼んでくれ。」
言葉をぶった切って真剣な顔をして言われたので、とにかく頷く。
「えっと、おはよう、リューイ。」
恥ずかしい。
男性の名前を呼び捨てにするとか!
人生初だよ!
恥ずかしい!
なんなんだ!
恥ずかしすぎる!
おそらく、私は真っ赤になっているんだろう。
リューイさん、いや、リューイは満足そうに頷いてるし、サバリさんはやれやれと肩を竦めてご飯の用意に戻った。
「ロイズ、飯を食べたらじじ様に挨拶に行くぞ。じじ様はロイズの怪我を治してくれたんだ。礼を言いに行く。じじ様はこの山の心臓とも言える存在だ。この山の頭脳であり、この山を見守っていてくれる、大切な存在だ。じじ様に挨拶をして、それから婚姻の儀だ。」
なぜか私を膝の上に乗せて、説明を始めたリューイ。
そして、驚いた様子もなく、私の前に料理を並べるサバリさん。
え、もしかして、オーガの夫婦はこんな体勢でご飯食べるの?
奥さんはともかく、旦那さん食べにくく無い?
なんて考えてたら、全ての料理が並べ終わったらしい。
サバリさんは既に食事は終えているらしく、隣の部屋で私の花嫁衣装の手直しをしてくれるらしい。
私とリューイで御礼を言う。
そして、ご飯なのだが
良かった!普通だ!
生のお肉が出てくるかもなんて戦々恐々としていたけど、
お米と焼いたお肉。そして、野菜のスープ。
少し野菜が足りない気はするが、果物も付いているので万々歳だ!
喜んでいると、後ろから ククッと小さな笑い声が聞こえた。
そして口元に運ばれるスプーン。
米が盛られたスプーンの持ち手を辿ると赤い手が。
なぜだ?
スプーンは2つある。
なのに、なぜリューイの手に握られたスプーンが私の口元に来るのか。
戸惑う私に
「どうした?冷めるぞ?早く食べてじじ様の所へ行くぞ。ほら、口を開けろ」
と、リューイが言う。
これがオーガの夫婦の食事なのだろうか?
面倒じゃないのか?
疑問は沢山ある。
だが、私はリューイに嫁ぐと決めたのだ。
郷に入っては郷に従え。
そのまま口を開けて食べた。
恥ずかしいが、我慢だ。
そのうち慣れる。
私もお返しにリューイに食べさせなければと、スプーンを掴もうとしたのだが、そのスプーンは既にリューイが左手に持って自分の口に肉を運んでいた。
なんだこれ。
なんなんだ?
オーガの夫婦は
旦那が妻に食べさせる。
旦那は自分で食べる。
これが正しいのか?
両手利きじゃないといけないなんて、オーガの男は大変だなぁ。
なんて考えつつ、リューイが口元に運んでくれる食事を食べる。
全て食べ終わり、お腹がふくれ、幸せな気分に浸っていると
「よし。じじ様の所へ行くぞ。喋るなよ?舌を噛むからな」
と私を肩に担ごうとしたリューイがいた。
全力で止めた。
「ちょ、ちょ、待って!待って!お腹押されたら出るから!食べたの全部でるから!出来れば、おんぶとか、抱えるとかでお願いします!!」
頭を90度に下げた。
必死だった。
「そうか。なら、抱えていこう」
そう言ってリューイは子供を抱える様に、片腕で私を抱えてみせた。
「首に掴まっておけ。顔は俺の顎の下。首の真正面に埋めておけ。風が強いから目は閉じろ。」
言葉はぶっきらぼうだが、やはりリューイは優しい。
私に害が及ばない様に、様々な注意をしてくれる。
こんな風に小さな気遣いをして貰えるのも嬉しい。
でも、速い。
速いです。
リューイさん。
私はその速度にまた気絶した。
__________________
「ロイズ、ロイズ、すまん。起きてくれ、ロイズ」
私を呼ぶ声が聞こえた。
目を開けると、眉をハの字にしたリューイがいた。
「気づいたか!すまん。ロイズ。昨晩も気絶させたのに、配慮が足りなかった。すまん。」
と申し訳なさそうに謝られた。
「いや、そんな、運んでくれてありがとう、リューイ。気絶しちゃったけど、安定感があって怖くはなかったし、大丈夫だよ。」
私の言葉にホッとした様なリューイ。
そして、
「うむ。昨夜の格好からして、どんなに傲慢な女なのかと思っていたが、いやはや。すまんな、お嬢さん。ワシの勘違いじゃった。」
ん?
どこからか声がするのだが?
なんだ?
どこだ?
キョロキョロしている私に二人が笑った。
「上だ。このドラゴンがじじ様だ。この山の頭脳であり、心臓でもある。大切な存在だ。」
う そ だ ろ!
リューイ、お前、そういうのは先に言えよ!
ドラゴンて!
ドラゴンて!
ドラゴンじゃないか!
でかいよ!
驚きだよ!
腰抜けたよ!
と、と、とりあえず、とりあえず挨拶しなきゃ。
「あ、あの、初めまして。ロ、ロイズと申します。恥ずかしながら、腰が抜けて、その、見苦しい格好で申し訳ないのですが、あの、今後も宜しくお願い致します。あ、そ、それ、と、怪我を治していただき、あ、ありがとうございました。」
もう、自分でも何を言ってるのか分かんないよ。
リューイ、今後は【ほうれんそう】を大切にしていこうね?
リューイは私の頭を撫で再び抱き抱えながら
「じじ様、ウーリーも聞いているだろう?こいつがロイズだ。俺の嫁だ。既に言葉の契約は交わした!今から婚姻の儀をする。二人にも参加してほしい!」
ああ、私が起きるのが遅かったから、既に夕方ですもんね。
もう婚姻の儀の時間なんですか。
って、あれ?
じじ様と【ウーリー】?
ウーリーって、誰?
「リューイ、お前もついに嫁持ちか!苦労するぞ!女は我が儘で大変だぞ!せいぜい、頑張れや!」
と、少々失礼なことを言いつつ出てきたのは、
じじ様より随分小さいドラゴンさん。
そのドラゴンさんにリューイがすぐに返事をした。
「何を言ってんだ?ウーリー。
嫁さんの為に苦労をするのは夫として当然だ。女が大変な生き物なのも分かってる。ロイズの我が儘なら俺は喜んで叶える。それに、惚れた女の為に頑張るのは夫だけの喜びだぞ。俺がロイズを幸せにするんだ。」
ああ、当然のように言っているが、ウーリーさんは困惑してるし、じじ様は黙っちゃってるし、私は真っ赤だよ!
リューイ!時々えげつない爆弾落とすよね!?
ダメだ。
ちょっと現実逃避しよう。
頭が破裂しそうだ。
じじ様は大きく、洞窟の中いっぱいの身体で、時を重ねてきたのが分かるような渋く深い味わいの鱗なのに対し
ウーリーと呼ばれたドラゴンは
じじ様より随分と小さく、光沢を放った鮮やかな緑色の鱗をしている。
ウーリーさんの事を観察している私にじじ様が気づいた。
「こら、やめんか、ウーリー。失礼なことを言いおって。すまんな。お嬢さん。ウーリーはまだ若くてな。」
と謝るじじ様。
じじ様はウーリーさんの保護者のようですな。
「いえ、大変なのは本当だと思います。私はオーガさん達についてほとんど知りませんから。それより、ドラゴンさんってこんなに個体差があるんですね?鱗とか、顔つきとか、角の辺りも違うみたいで。初めて拝見させていただいたので、驚きました。」
と思った事を返しておく。
初めて見たから観察してただけですよー。
睨んでませんよー。
怒ってませんよー。
とアピール!!
「ハッハッハ!そうか。そうか。うむ。初めて見れば分からぬだろうな。ワシとウーリーは別種じゃ。同じドラゴンではあるがな。年をとれば違いももっとはっきりするぞ。ウーリーはワシが散歩の途中で拾ってのう。それから育てておる。まだまだ教える事が多い、ひよっ子じゃ。」
と孫を見るお爺さんのように語るじじ様。
それに対し、照れ隠しに怒ってる様な表情のウーリーさんが
「ひよっ子じゃねえよ!もう110年生きてんだぞ!そりゃ、知恵はじじ様には敵わねーけどさ。
おい!リューイの嫁さん!俺はウーリーっつーんだ!宜しくな!それとよ、空に関して何かあれば俺に相談しろよ?空は俺の管轄だかんな!」
と、本当に若い感じ。
110年生きていて、若いなんて、寿命を聞いてみたい様な、知りたくない様な。
うん。
ご挨拶だけはちゃんとしとこう。
「ご挨拶ありがとうございます。ウーリーさん。私はロイズと申します。
今後、この森の一員として、リューイの妻として、お世話になっていきますので、よろしくお願いします。」
リューイに抱えられたままだが、頭を下げた。
ウーリーさんもじじ様も
『ああ、よろしくな』
と言ってくださった。
ドラゴンさん達に認めてもらえて良かったぁ。
山の頭脳さん達に祝福してもらえるなら、これ以上のことはないよね。
「じじ様もウーリーも認めたな!早速、今から婚姻の儀だ!早く行くぞ!熊を獲ってきてある!山の奴等も待ってるからな!」
そう告げると同時に、来た道を走り出したリューイ。
だから、速いって。
あ、これ、無理だわ。
そして、私は再び気絶した。