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今、そこに忍び寄る危機

作者: 桐央琴巳

 結婚式の準備って、やることぎょうさんあるんやで。

 日取りを決めて、式場決めて、プランを決めて、時間を決めて、呼ぶ人決めて、招待状刷ったら。

 ほんなら次は、料理と衣装と花と引き出物と写真と席次とそれから、新郎新婦の入退場の曲とか、披露宴会場のテーブルセンターの色とか、高砂に金屏風置くんかそれともどけるんかとか、ケーキカットのケーキは生にするんかプラスチックのでっかいつくりもんにするんかとか、それとも奇をてらって鏡開きに変えようかとか、洋装やったらシャンパンタワーの方が似合うんとちゃうかとか……。ああそうや、結婚指輪を発注しとかなあかんし、ウエルカムボードとリングピローは彼女が手作りするて張り切ってるし、席次表とプロフィールは俺がパソコンで作ることになったし、上司にスピーチ、親戚のおっちゃんに乾杯の音頭、友達に余興と受付と二次会の幹事を頼んどかんとあかんし、おとんはモーニング持ってへんし、おかんも留め袖レンタルしたいて言うてるし、新居の用意もせなあかんし、新婚旅行は未定やし、そもそも入籍の仕方を知らへんし……! とにかくまあ、次から次へと、色々色々考えて、調べてこなして片付けていかなあかんねや。



*****



 サチが目の中に星を飛ばして、

「ウエディングドレスでバージンロード歩きたい!」

 て言うたから、チャペルの立派なホテルを探してキリスト教式をすることにした。最初は楽しんどったけど、あれもこれもとこだわり過ぎて、サチはこの頃ピリピリしてる。もうちょっとどっかで手え抜こうやて思うけど、結婚式は一世一代の晴れ舞台。おまけの花婿と比べたら、花嫁の気合いは桁違いなんやろな。しょーもないことで喧嘩すんのんは嫌やから、お姫様には逆らいません。



*****



「人気があるのはフラワーシャワー、それからお薦めのライスシャワー、両方合わせますとこちらのお値段で」

 ほんまかいなというような、ゼロが並ぶカタログを睨み付けるようにして、サチは隣でさっきから、うーんと眉を捻ってる。今サチを悩ませてるんは、挙式後チャペルを後にする時の、ロマンチックな演出っちゅーやつや。

「ライスシャワーもフラワーシャワーもいいんやけど、なんかちょっとありきたりやと思わへん? この前先輩の結婚式でもやったとこやしなあ……」

 負けず嫌いのサチは、二番煎じ三番煎じの真似っこをするんは嫌らしい。それは俺も思うから、うんうんうんと相槌打ってしたり顔で頷いた。

「そやなあ、知り合いが誰もやってへんような、オリジナリティが欲しいとこやな」

 二人そろって却下すると、名刺肩書き『結婚プランナー』の兄ちゃんは、眼鏡奥から細目をきらりと輝かせ、極上の営業スマイルで、カタログのページをぱらりと捲った。

「それでは、このように風船でも、飛ばしてみられたらいかがでしょう?」


 風船飛ばし――。

 それはなんて、俺の心をくすぐる、魅惑的な言葉やったやろ。


 ぱあっと瞼に浮かんだんは、甲子園のラッキーセブン。

 観客の期待を高めて、鳴り響くファンファーレ。ピューと陽気な笛の音を上げながら、空に乱舞する色とりどりのジェット風船。球場はその日最高潮の盛り上がり――。

「よっしゃ! それ採用しようや!」

 興奮しながら肩を叩くと、サチはぱちぱちと目をしばたいた。

「なんや、どうしたん? えらい乗り気やないの」

「楽しそうやし、派手でええと思わんか? サチんとこの親父さんかて喜ばはるやろ」

「なんでうちのお父さんが喜ぶん?」

「なんでて、阪神ファンにはたまらんやないか! BGMに『六甲おろし』も流してもろて――」

 俺がそこまで言うたとこで、結婚プランナーの兄ちゃんはぷぷーっと噴き出した。サチは血相を変えて勢いよく立ち上がり、広げたカタログをわしっと掴むと、俺の目の前にずずずいっと突き出した。

「結婚式なんやでっ! 七回裏の甲子園ちゃうねんでっ! あんたほんま真剣に考えてくれてんのん!?」

「え?」


 ――あなたと私の幸せ乗せて、今、大空へ、飛び立つバルーン。


 澄み渡ったイメージ写真の青空に、白々と流れる気恥ずかしいキャッチコピー。ふわふわと宙を漂う風船は、可愛らしゅうてお上品な天使の羽とハート型。

「風船って、こんなんかあ……」

「当たり前やん、もおおおっ!!」

 結婚プランナーの兄ちゃんは、両手で詫びを入れながら、机に突っ伏して笑ってる。俺に赤っ恥をかかされたサチは、真っ赤な顔して仁王立ち。うおっ、これはヤバイでっ!!

「もーほんま信じられへんわっ、このトラキチー!!」

「よくあるボケやないかっ、許してくれー!」


 結婚前から離婚危機は、こうして度々訪れる。

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