三話
その夜、夢を見た。
多分小学生か中学生か、少なくとも十代前半の頃の夢。
いつかの夕暮れ時。薄く黄金に染まった陽光と、哀愁漂う香ばしい秋の匂い。耳に残るメロディは蛍の光。皆が各々家路に就き、昼と夜の境目にふっと現れる秘された静謐な時間が、空間が、私達を包む。
そう、私『達』だ。
私は誰かに告白された。
相手の顔はもう思い出せない。声も、背格好も、何もかも。ただその事実だけが私の記憶の隅で埃を被っており、今私に色褪せたセピア色のビジョンを見せている。
あの頃私は親の都合で、三年に一度くらい引っ越ししていた。だから特段親しい友達なんて作れなかったし、誰かと付き合うだなんて夢のまた夢だった。あぁ、そうだ。確かその次の日に、父親がまた引っ越しするとか言い出したんだ。誰かから想いを打ち明けられることなんて人生で初めての体験だったので、その前後の記憶はそこまで薄れてはいないらしい。
結局私は告白の返事をしないまま、その土地を旅だった。つまり告られた時、私は二つ返事でOKしなかったということになる。理由までは記憶にない。大方ビビって回答を先送りにでもしたんだろう。ここぞというところでチキンなのは昔っからだ。
数年ぶりに昔日の面影に思いを馳せる。
もう会うこともないだろう顔も名も知らぬ誰か。
初めて私を好きになってくれた家族以外の誰か。
忘れてしまった筈なのに今尚忘れられない誰か。
今どこで何をしているのだろうか。
杞憂という言葉で済ますには楽観が過ぎるだろうが、次の日に集会で顔を合わせた時任陽菜に特筆するような変化はなかった。
まるで昨日のアレは記憶違いだったのかと思ってしまうくらいに、時任陽菜は至っていつも通りの態度だった。そんな彼女を見て、私は安心すると共に言いようもない不安と焦燥感を覚えた。
ぶっちゃけて言ってしまえば、まだ無視された方がマシだった。もしそうやって突き離してくれたならば、私も多分吹っ切れていたかもしれない。何だかんだでまだご破算に出来る関係だ。そう思ってる辺り保身に走る自分の意地汚さを感じるが、否定はしない。所詮私も必要以上に傷付きたくない自己中な女だ。
これは時任陽菜なりの、忘れてくれという意思表示なのか。だけど私にとって昨日の出来事は、会話はまた続いている。
きっと私の方から切り出さなければならないのだろう。それが私の責任であり、この蟠った気持ちを払拭させる唯一の方法だ。だけど――
(分かんないものは分かんないっつーの……)
時任陽菜の本気で悲しげな顔を見たのは、あの時が初めてだ。だからこそ私はあそこまで言われなければならない原因を、記憶の箱をひっくり返して探してみたものの成果は得られなかった。
再び時任陽菜がそのことについて話題を振ってくれればいいのに、いくら待てどもそんな気配が訪れることはなかった。まるで、私が自分自身で全部思い出せと言わんばかりに。
そもそも思い出すことなんてあるのかって話なんだけれど。
断っておくと、前述したように時任陽菜との関係が悪くなったというわけではない。だからと言って良くなったわけがない。まぁいつも通りの態度、ってところから察してほしい。
それでも私は当初の目的を前提に、時任陽菜へと適当な頻度で接していた。特に理由もなく何度か一緒に帰ったこともあるし、生徒会の仕事も偶然を装って時任陽菜と共にやらせてもらったこともある。生徒会長から「君ら仲良しだなぁ」と茶化された時、私は彼女が暫くずっと俯いていたのを見逃さなかった。……落ち込んでいたわけではないと願いたい。
たった一度だけだが、向こうから一緒に帰らないかと誘ってきたこともある。その時の私の心境は筆舌に尽くし難いのでここでは割愛する。ほんの少しだけ言及するなら、私ってもしかして単純なんじゃないだろうかと、その夜無駄に考え込んでしまったくらいには間抜けだったということだ。
梅雨が明け、ぬるま湯に浸かっているかのような、刺激も倦怠もない日々が淡々と流れた。
進展もなければ後退もない。その関係が心地良くなかったわけではないが、結局のところ私はまだあの雨の日に囚われていた。
このままじゃいけない、といった漠然とした思いだけが何となく心に引っかかっている。そうありながらも、今更地雷を踏むのが怖くて二の足を踏みだせなかった私は責められるべきなのだろうか。
六月が去り、七月が来る。
立ち止まっていても、何もしなくても、時間だけは刻々と進んでいく。
気付けば、あっという間に一学期が終わろうとしていた。
「旅行どこ行くー?」
「三泊くらいしたいよねー折角だしめっちゃ遠いところ行ってみたいなぁ」
「だねー高校生になったから、親もそれなりに遠出許してくれそうだし」
「やっぱ海でしょ海。ちょうどウチの別荘、海水浴場の近くにあるから」
「えー別荘とか金持ちー」
「そう言うアンタも豪邸みたいな家住んでんでしょうが」
「その別荘ってどこあんの?」
「ん? タヒチ」
「タヒ……え? 国外?」
終業式前のクラスの様子は、もう完全に夏休みムードだった。まぁ期末テストが終わった辺りからこんな感じだったけれど。
私はと言うと、夏休みの予定は悲しいかな真っ白だ。別にハブられているわけではないのだが、単にプライベートでも付き合いのある友人が殆どいないだけだ。……言ってて虚しさが増してきた。
去年は何してたっけ、夏休み。あさぎが結構グループの中心になって何やかんや集まりかけてたから、私もそれに適当に乗っかってた気がする。プール行ったり、地元の夏祭り行ったり、それこそ繁華街ぶらついたり。
今年もそんな感じで終わるのかなぁ。……始まる前からこんな気分でいる生徒は自分くらいなもんだろう。あまりに暗すぎる。
でも来年の夏は三年ってこともあって、悠々と遊んでる暇なんてないだろうし……
「……誘ったら、乗ってくれるのかな……」
ぼんやりと時任陽菜の顔が頭に浮かぶ。わりと魅力的な過ごし方だが、まだ彼女とは学校外で会ったことがないのでわりとハードルが高い気がしないでもない。
それ以上に、一ヶ月以上続いている雨の日の蟠り(私が一方的に感じているだけかもしれないが)が一番の障害だ。あれを境に、私は彼女の本当の素顔を見てはいない。そりゃ適度に顔を赤くしたり、あからさまに拗ねたりと可愛らしい面を見せてくれる時もあったが、それでも素の感情をぶつけてくることはなかった。
多分だけど、あの時の彼女の真意を知らないことには、私と時任陽菜の関係はどうあってもこれっきりなのだと思う。
だからってそれをどう進展させるかが問題であって……
「つーきの。ほら、もう皆移動してるよ。何ぼーっとしてんの」
「ふぇ?」
気付くと既に朝のホームルームは終わっており、クラスメイトはぞろぞろと講堂へと移動していた。座っているのは私だけだ。
って、ちょっと待て。どんだけ呆けてたんだ私は。先生が教室に入って来たことすら記憶にないぞ。
「ね、ねぇあさぎ。私何か変なことしてなかった?」
「はい? いや、まぁずっと頬杖ついて俯いてたから、どっか具合悪いのかなーって思ってたけど、その顔色じゃ心配なさそうだね」
「……わけ分からないこととか呟いてなかった?」
時任陽菜について知らぬ内に口走っていたりでもしたら、クラスメイトが私を見る機会は今日が最後になるだろう。
幸いにもあさぎは首を横に振って、
「いーや別に? どったの? 変なものでも食べた?」
「ううん……ならいいの。ゴメンね、何か変になっちゃってて」
「そんなことより早く行こーよ。副会長さんが遅れちゃったら示しつかないんじゃないのー?」
「ん。そうね」
教室を出ると、廊下はすっかり人がまばらになっていた。どちらともなく私達は駆け足になり、廊下端の階段に差し掛かった――
その時だった。
「え?」
それは一瞬ではあるが、確かに私の視線がハッキリと捉えた。
上の階へ続く階段の踊り場で、誰かがこちらを見ていた
勘違いなんかじゃない。見間違いなんかじゃない。だって確かに、彼女との目が合った。
いつかの雨の日に見た、あの瞳と。
「…………」
階段を数段下りたところで、私は歩を止める。あさぎは踊り場で私の異変に気が付き、眉根を寄せて唇を尖らせる。
「ちょっとー月乃ったらまたぼーっとして! 置いてっちゃうよー」
「――うん。そうして」
私が行くべき場所は、そっちではない。
「は? いや、本気で言ったつもりじゃなかったんだけど――」
予想外の返答に、あさぎは虚をつかれたような表情を浮かべる。
逡巡はなかった。自分でもびっくりする位に、私は即座に決断を下す。既に私の頭の中には終業式だとか生徒会だとか学校だとか、そんなことはすっぽりと抜け落ちていた。
私は踵を返し、階段を一気に駆け上がる。
「ゴメン、ちょっと先行ってて。忘れ物取りに行ってくる」
「ちょ、月乃!?」
困惑混じりの大声を背に、しかし私は振り返ることなく上へ上へと向かう。
一階上は一年生のフロアだ。当然だがもう人っ子一人いない。
――ここじゃない。直感で更に上へ。
屋上へと続く扉の前へと辿り着くと、普段はキッチリと閉じられている南京錠が下に落ちていた。
開いている。どうして、なんて疑問はこの場においてはどうでもよかった。
私は誘われるようにして把手に手を伸ばし、扉を開けた。
「……何、してるの、こんな所で」
「それは、こっちの台詞ですよ、先輩」
私と同じく走ってきたのだろうか、少しばかり荒い息を整えながら時任陽菜はそう返した。
日光を遮るものは何もない、だだっぴろい屋上。その中心にいる彼女の元へ、私はゆっくりと歩み寄る。
「もう終業式始まるわよ? 生徒会役員が行事サボってどうするの」
「先輩こそ、何私についてきてるんですか」
「私は貴女を連れ戻しにきたの。ほら、行くわよ。もう予鈴鳴っちゃうから」
腕時計に目を遣りつつ、時任陽菜に背を向けた。
「――本当に、それだけですか?」
その声に、心臓を鷲掴みにされたような緊張が私を支配した。
恐る恐る振り返る。
そこには、一ヶ月ぶりに見る時任陽菜の本当の姿があった。
「ど、どういう意味?」
ちゃんと伝わったかどうか疑問に思えるくらいの、酷く掠れた声。
時任陽菜は一度目を伏せ、三度深く息を吐いた。私の頬に、汗が一筋伝う。今日も朝から三十度近い猛暑らしいが、恐らくその汗は暑さのせいなんかではない。
「……いえ、何か言いたいのはこっちの方です」
「貴女の……?」
ごくりと唾を飲み込む。さっきから胸の辺りから叩きつけるような鼓動がうるさい。
時任陽菜の方から、私に話……?
待て、早とちりは危険だ。冷静になれ自分。まだそうと決まったわけではない。
いやいや、そう、って何だ。何を期待しているんだ私は。
だけどこのタイミングは、そういうことも十分あり得るのでは――
「私、好き」――来た!「って言われたんです、同じクラスの子に」
「……………………え?」
え?
あれ? そっち?
何か、色々と思ってたのと違うんだけど……?
「あー……そう、なの。まぁ女子高だし? たまーに私もそういう話聞くわね。で? それがどうかしたの?」
「相談、というかどうか分からないですけど……ここではそういうのを受け入れてくれるのかな、と。こんなこと訊けるの、先輩しかいないので」
……何だこの展開。しかもその口ぶりじゃ、まるで既に心を決めたみたいじゃないか。
そう思うのと同時、私は当たり前の現実に直面して思いっきり頭を殴られたような衝撃を受けた。
(私、時任陽菜のことについて何も知らない……)
好きな食べ物だとか、よく聴く音楽だとか、休みの日に何をしているのだとか。
それどころか誕生日も、血液型も、携帯電話の番号もメールアドレスすらも。
私はただ彼女に中途半端なアプローチをかけるだけで、そんなことを知ろうともしなかった。振り向いてほしい、なんて心の中で思っておきながら、肝心なことに――最も重要なことに、私は気付かなかったのだ。
一体この三ヶ月半、私は何をしていたんだ?
「……先輩?」
「え? あ、はいはい。聞いてる。聞いてます」
口ではそう言うものの、動揺はモロに出てしまっていた。いつしか喉はカラカラに渇いており、上手く言葉が紡ぎだせない。
思いっきり視線が泳ぎまくっている私を、時任陽菜はどのような目で見ているのだろうか。今となっては、彼女を直視するのが怖い自分がいた。
「まぁ……その、特に心配するようなことは無いと思うわ。お互いの気持ちがね、ほら、ちゃんと通い合ってたら大丈夫なんじゃない? 実際一年の時も、別のクラスでそういう形のカップルいたし」
「…………」
「だから時任さんも、何と言うか……頑張って、とでも言えばいいのかな? あはは……」
違う。そうじゃない。私が彼女に伝えたいことは、そんなことじゃないのに。
こんな結末、本当は認めれる筈がないのに。
意固地になっていた自分を恨むが、時間は元には戻らない。
やっぱり大事なことに気付くのは、いつだって失った後だ。
――ああ、そうか。
素直になっていなかったのは、自分の方だったのか。
「……分かりました。相談に乗ってくれてありがとうございます」
感情の一欠片も感じられない声でそう言うと、時任陽菜は最早こちらに一瞥もくれずに私の脇を素通りしていった。
これで、よかったんだ。自分の気持ちに嘘を吐いていた報いだ。そんな私に振り回されていた彼女もいい迷惑だっただろう。解放されてせいせいしている筈だ。
うん、きっとそうだ。そうに、違いない。
忘れよう。言ったじゃないか、これは一過性の微熱だ。それがやっと冷めたんだ。だから時任陽菜がそうであるように、私も彼女のことなんて、もう……
「うっ……うぅ……」
何で泣くんだ私。みっともないことこの上ない。泣くくらいなら最初からやらなきゃよかったんだ、こんなこと。
だけど、知ってしまった。感じてしまった。だったら忘れることなんて出来ない。他の人間はどうなのか知らないが、私の頭や肉体はそんな都合のいいように出来ていない。
だから私は叫ぶ。小難しいことを考える心を置き去りにして、ただこちらを見てほしい一心で。
「待って!」
時任陽菜が扉のノブに手をかけたところで、ピタリと動きを止める。
胸の奥底で燻っていた感情が弾けて、湧き出て、溢れ出してくる。だけど堰き止める必要はない。
改めて気付いた今、我慢する必要なんてどこにもない。
「好きって言った子には、まだ返事してないのよね」
「……そうですけど?」
「だったら――私にもまだチャンスはあるのよね?」
「…………」
さぁ言え。これが最後のチャンスだ。完全に横恋慕の泥棒猫の体裁だが、形振り構ってはいられない。こっちも死活問題なんだ。これ以上もたついていたら、本当に後悔しかなくなってしまう。
「私は、その、貴女のこと……好きだったん、だけど…………」
言った。決定的なことを言ってしまった。もう後戻りは出来ない。するつもりはないけれど、それでも目眩がするレベルで頭がクラクラしている。首から上に体中の血が全部上ってしまったんじゃないかと思うくらいだ。あり得ないほど恥ずかしい。たったこれだけの気持ちを伝えるだけで、こんなにも精神的に疲弊するとは思わなかった。
すると時任陽菜はもう一度私に向き直り、踏みしめるようにしてその間合いを詰めてきた。
一歩も動かない、というか動けない私との距離が一メートルを切る。
……フラれるのかな。そんな弱気な思いが鎌首をもたげる。でも、それでもいい。自分に嘘を吐いてこの先煩悶とするよりマシだ。
永遠とも思える数秒が過ぎた。静寂は時任陽菜の短い一言で破られた。
見たこともないような、穏やかな笑みと共に。
見たこともないような?
いや、そんなことない。
私はこの笑顔に、見覚えがある。
「やっとあの時の返事、くれましたね。先輩」
「? 何を――」
瞬間、色褪せていたその記憶が一気に色彩を取り戻した。
一度紐解かれた思い出は、連鎖式に次から次へとパズルのピースが当てはまるようにして形作られていく。忘れかけていたことも、完全に忘れていたことも。
そうだ。私はいつかの夕暮れ時に告白された――女の子に。
嫌いではなかった。多分好きの部類に入っていた。同性なのにそう思ってしまうくらいには仲は良かった。でも当時の自分はまだ幼くて、周囲の同じような子は皆異性に好意を寄せていて……だから同性から告白され、嬉しさよりも驚きの方が強かった。最終的にちゃんとした気持ちを伝えきれなかったくらいに。
今こそ彼女の名を呼ぶ。
フルネームなんかじゃない。もっとフランクな呼び方だ。
「陽菜、ちゃん?」
「そうやって呼ばれるのも、ずっと待ってましたよ」
止まっていた時間が動き出したのを、この時確かに感じた。
嬉しいことは嬉しい。だけどまだ混乱の方が強くて、思考がまとまってくれない。
まず最大の疑問として、引っ越して別れた筈の彼女がどうしてここに……?
一体何がどうなっているんだ?
「先輩を見つけたのは偶然だったんです。遠方の友人へと遊びに行った時、たまたまその子の姉が通ってる学校の文化祭に連れて行ってもらって……そこで先輩を見かけたわけで」
「はぁ……でもよく私って分かったわね」
「分かりますよ。あの頃と全然変わってない。勿論否定的な意味じゃないですけど」
学校からの帰り道、いつになく饒舌な陽菜と私は肩を並べて歩く。
終業式は結局完全にサボる形になってしまったが、どういうわけかお咎めなしだった。後から陽菜に訊くと、どうも会長も一枚噛んでいたようだ。私は具合を悪くした陽菜を保健室で看病してたということになっていたらしい。全くあの人も妙なところでお節介を焼いてくれる。
「それで引っ越してきたってわけ?」
「はい。一人暮らしするのでわりと親と揉めましたけど、ここの成績優秀者は入学費とか授業料とか免除してくれるじゃないですか。一応成績は良かったんで、年末の塾のテストで志望校判定A判出して黙らせました。生徒会に入ったのは運が良かったですね。勿論そのつもりではいましたけど」
「……確かに貴女、学校でいつもテストはトップだったわね」
何と凄まじい行動力だろうか。好きになった人を追い掛けてそこまでするなんて、申し訳ないが私には出来そうにない。ほんのちょっとだけ愛が重かった。
勿論悪い気はしない、んだけど……
そうだ。そんなことよりこれだけは確認しておきたい。
「あの、今更訊くまでもないのかもしれないけれど……最初から全部知ってた上で私と一緒にいたってことよね?」
「そうですけど」
ピクッと頬の筋肉が痙攣する。じゃあ何だ? 私が一人悶々としながら計画してた逆告白プランは、結局のところ陽菜の手の上で転がされていたわけ?
あぁ、だからこの子いつも機嫌悪かったのか。面と向かって再会しても、まるで他人のように私が接するもんだから。
もしかしたら、あのまま私と陽菜は別の関係を歩んでいたかもしれない。私が思い出さないだけで、両想いになっていたかもしれない。だけどそれは陽菜の望む形ではないだろう。時が経つほど私に対する本来の想いが薄れてゆき、過去が修復出来ないくらいに全てが変わってしまう怖さは推し量るに余りある。
だからって……この仕打ちはあんまりじゃないだろうか。
「……死にたい」
「そんなこと言わずに。いちいち私の気を引こうとしてた先輩、結構可愛かったですよ?」
「や! め! て! 大体何で私と会った時に昔のこと思い出させてくれないの!?」
「いや、悪いのは先輩でしょう。まさかここまで忘れられてるとは思いませんでしたよ。まぁまさか今度はそっちの方からアプローチかけてくれるとは想定外でしたけど」
「あああ……うああああ…………」
堪らずその場に蹲る。道行く人が好奇の目で見てくるが、その程度今感じている恥ずかしさに比べたら何ともない。羞恥で人は死ぬ。実際体感してよく分かった。
早く話題を転換させよう。でないとこの子に殺される。
「……そう言えばすっかり話題から消えてるけど、貴女告白されたのよね。もしかしてそれも私を引っ掛けるための嘘だったり……」
「まさか。そこまで狡いことしませんよ。告白されたのは事実です。まぁ断りますよ、当然」
「あ、そう……」
「でも、先輩があの時引き止めてくれずにいたら、その子と付き合ってたかもしれないですね」
そう言う陽菜の横顔はどこか寂しそうで、見つめている内に再び罪悪感が増してきた。
ともすれば、私達は一生交わることなく擦れ違いながら生きていくところだったのだ。私はいいかもしれないが、彼女の心境を斟酌すると胸が痛む。
「またネガティブなことでも考えてるんですか?」陽菜がぐっと私の腕を掴んで、私を立ち上がらせる。「似合わないから止めた方がいいですよ」
「あ、貴女ね……これでも結構落ち込んでるのよ。もうちょっとで取り返しのつかないことしでかしかけたんだから」
「それはそれでしょう? いいじゃないですか、こうやってまた逢えたんですから」
陽菜の手が、私の腕から手の方へと下りてくる。
今まで募ってきた何やかんやを発散したからだろうか、なかなかどうしてこの子大胆だな。
「夏休み、先輩は予定あります?」
握ってくる手の感触を確かめながら、私は正直に答える。
「ないわよ。真っ白」
「奇遇ですね。私もです」
「そ。……後で教えるわ。携帯の番号とアドレス」
「あぁ、それならもう知ってます。生徒会長がもしものためにって教えてくれました」
「ちょ、何してるのよあの人は全く……」
「とりあえず送っときますね。また連絡します」
「はいはい」
蝉の鳴き声、燦々と降り注ぐ暑苦しい太陽の光、青い空、入道雲。昨日まで何とも思っていなかったそれらが、今では全部キラキラ輝いて眩しく感じられる。
夏はこれからだ。
それに去年とは違い、今年は退屈しなさそうである。
了
終わりです。
なんか最後駆け足になった感は否めないですが、とりあえず完結出来てホッと一息。何だかんだで短編書くのこれが初めてなので……
でもまた書く予定です、百合短編。その時はまた読んでくれたらうれしいなって。
なので、と言うのもアレですが、感想よろしくお願いいたしますm(_ _)m
これからも精進精進。